表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/44

世界の反応

12月27日 ウィレニア大陸 アルティーア帝国 首都クステファイ


 70万の民が住まう首都の中心に位置する皇城「ニネヴァ城」の一画に、この国の皇帝が臣下たちに姿を見せる為のスペースである「玉座の間」がある。

 その玉座に座る皇帝ウヴァーリト4世に向かって、片膝を付きながら謁見している1人の役人が居た。軍事局の若き大臣であるシトス=スフィーノイドは冷や汗を流しながら、皇帝の言葉を待っていた。


「・・・シトスよ」


「ひゃっ!! はいっ!!」


 シトスは緊張の余り声が裏返ってしまう。彼がこれほど緊張し、そして恐怖している理由は、2日前に勃発した「極東海洋諸国連合」との海戦の為であった。

 帝国の要請を突っぱねた挙げ句、特使を追放したロバーニア王国に対して、アルティーア帝国は懲罰の為に300隻を超える艦隊と100騎を超える竜を彼の国に派遣した。ロバーニア王国側も抵抗の為、彼の国が盟主を勤める連合国の軍勢をかき集めていた様だが、所詮は竜騎すら持たない未開国同士の寄せ集めなど恐るるに足らず、ロバーニア王国は簡単に手中に落ちるというのが開戦前の大方の予想だった。


「私は怒っているのでは無い、悲しいのだ。私の聞き間違いであるのなら言ってくれ・・・我が帝国軍は、極東洋でどうなったと言った?」


「あ、あ・・・そ、その、ゴ、ゴルタ=カーティリッジ佐官の報告によ、依りますと・・・彼ら3隻の軍艦を残して全滅したと・・・!」


 シトスは声を震わせながら、海戦の生存者から届けられていた報告内容を再び告げる。彼の言葉を聞いていた皇帝は小さなため息をつくと、その顔を一気に般若の様な表情へと変化させて目を見開いた。


「・・・フザけるなァッ!!」


「も、申し訳ありません!!」


 鼓膜が破れんばかりの剣幕が玉座の間に響き渡り、部屋の中に居る近衛兵たちは思わず身体をびくつかせる。怒りを湛える皇帝の威圧感に気圧されながら、シトスは極東洋での敗北を詫び続けた。

 その後、今後の方針を協議するため、政府の大臣たちまでもかき集めた「元老院議会」が急遽開かれることとなった。


・・・


元老院 大議事堂


 国の上層を支配する貴族や皇族から成る元老院議員たちが、首都の中心部にある「元老院」に集まっている。この建物は皇城とは渡り廊下で直接繋がっており、議事堂の一画に置かれている玉座には皇帝の姿もあった。


「軍事大臣、これは大失態ですぞ。帝国が極東の後進国に敗戦したなど、他の七龍国家の笑いものだ。それに属領・属国に知れ渡るのも時間の問題、奴らを焚きつけることになる。さらにこの見出し!」


 議事堂の中央に位置する壇上に立つ宰相のイルタ=オービットは、議員席に座る軍事局大臣のシトスを見ながらそう叫ぶと、懐から「世界魔法逓信社」の号外紙を取り出した。


「『アルティーア帝国、極東海洋諸国連合相手に完敗! 東方世界の勢力図に大きな変化!』、これはすでに世界中に出回っています。全く恥さらしもいいところだ」


 彼が提示した紙面には、列強国の一角が極東の未開国に大敗したという事実がでかでかと載っていた。シトスを弾劾する宰相イルタ=オービットの発言に対して、海軍長であるクラウゼ=サイロイドが手を上げる。


「此方へ向かっている残存3隻の内、『ズサ』の艦長を務めているゴルタ=カーティリッジ佐官からの報告によりますと、極東海洋諸国連合には『ニホン』という国の援軍がついていたとか・・・。何でも、島の様に大きい船に空飛ぶ鉄の甲虫、そして龍・・・銀龍をも遙かに凌駕する速さを持った空飛ぶ巨大な剣を操り、圧倒的な力で我が帝国軍を殲滅したと・・・」


(・・・ニホン?)


 「日本」・・・海軍長が口にしたその国名に聞き覚えがあった外務局大臣のカブラム=クレニアと皇帝ウヴァーリト4世は、ぴくりと片眉を吊り上げた。


「ばかな! そんな兵器が常識としてある訳がない」

「そもそもそれはゴルタが寄越した報告内容だろう?」

「あの臆病者のことだ。気でもふれたか、少しでも言い逃れが出来るように考えた奴の妄想の産物だ!」


 ロバーニア沖海戦から逃げ出した佐官であるゴルタから送られた、その荒唐無稽な報告内容に会議が騒然とする。議員たちの怒号が飛び交う中、外務局大臣のカブラムが発言を求めて手を上げる。


「海軍長殿が口にしたニホンという国名・・・確か聞き覚えがあります。例の属国経由の交易路で“ノーザロイア島”から入って来ていた見事な織物や工芸品、その他見た事の無い様な機械仕掛けの品々をご記憶にある方もいらっしゃるでしょう・・・。我々がノーザロイアの商人たちからそれらの出所を吐かせたところ、彼らは皆一様に『ニホン国』という国の名を出したのです」


「何と・・・!」

「聞いたことの無い国名だ・・・」


 外務局大臣の発言を耳にした元老院議員たちは一様にどよめきを見せ始める。カブラムの言葉は、彼らにとって“ある関心事”に触れる発言だったのだ。

 それは今からちょうど1ヶ月ほど前、非正規の交易路で大陸に出入りしていたノーザロイアの商人たちが、貿易で手に入れた日本国の生産品を海上貿易都市のノスペディ市へ持ち込む様になっていたことが切っ掛けである。ウィレニア大陸文化圏のそれを凌ぐ技術と経験で作られたであろう、鮮やかな模様や情景が織り込まれた反物、細やかな彩飾が施された漆器や陶器、ガラス細工、丈夫な衣類、そして仕組みさえもわからない機械類等々、そんな“異物”を突如としてもたらされた社交界は大騒ぎになったのだ。


「確か、彼の国の特使を名乗る2人組がこのクステファイを訪れていた筈・・・彼らの弁によると、ニホン国とはノーザロイア島よりも東にある小さな島国であるとのことです。確かに・・・極東では少しばかり突出した技術を持っている様ですが、あくまで相手は辺境の蛮族、不覚を取ったのは軍人共の油断と慢心の所為という他ありません」


「・・・っ!」


 外務局大臣のカブラムは発言を続ける。他の議員や宰相のイルタと同じく、大敗の原因を軍の失態として弾劾する彼の言葉を聞いて、軍事局大臣のシトスは苦虫を噛みつぶしたかの様な顔で堪らず舌打ちをする。


「何!? 我が国は世界の果ての、名も知られていなかった様な辺境国に辛酸を舐めさせられたと言うのか!」

「とんだ恥晒しだ! ふざけた蛮族には相応の懲罰を与えねば、我が国の威信が揺らぎかねませんぞ!」


 彼らの常識の中における“辺境の蛮族”に敗れたという事実を知らされ、議員たちの怒りと興奮はますます深いものになっていた。会議が騒然とする中、今まで沈黙を保っていた皇帝が遂に口を開く。


「大敗の一報を聞いた市井の間にも、要らぬ動揺が蔓延していると聞く。彼の国の特使には、我が国の顔に泥を塗った事に対して、相応の責任を取って貰わねばなるまい」


 皇帝ウヴァーリト4世はそう言うと、議員席に座るカブラムの方へ視線を向けた。皇帝の意志を悟ったカブラムは、はっとした表情で頭を下げる。その後、ウヴァーリトは玉座から立ち上がると、会議場全体に響き渡る程の声量で議員たちに問いかけた。


「セーレン王国を我がものとした今、極東に残すめぼしい敵はノーザロイアを残すのみと思っていた。だが・・・真に倒すべき敵が今、明らかになった! それは『ニホン国』だ! 私はこの国の皇帝として、ニホン国との開戦を決意する。異を唱える者は居るか!?」


「!!」


 彼は突如として未知の国との開戦を宣言する。その言葉に、議員たちの間には一瞬動揺が走るが、彼の決断に異を唱える者は居なかった。斯くして皇帝による勅命の下、ロバーニアへ助力し、自国の艦隊を蹴散らした日本国へ宣戦布告することが決定したのである。不遜な蛮族との開戦が決まり、議事堂は興奮の渦に包まれる。


 その一方で、議事堂の一席にてその他大勢とは異なる心情を抱いている者が居た。元老院議員の中で唯一の女性である彼女は、開戦に燃える男達とは違い、不安げな表情を浮かべている。


(ゴルタ・・・一体貴方に何があったの!?)


 日本軍に恐れを成し、ロバーニア沖海戦から逃げ出した軍艦「ズサ」の艦長であるゴルタ、わずかな生き残りとして此方へ帰って来る彼の名を心の中で呼ぶ彼女の名は「サヴィーア=イリアム」、市井の出自という経歴を持つアルティーア帝国第三皇女であり、軍の佐官であるゴルタ=カーティリッジの“恋人”であった。


〜〜〜〜〜


12月28日 ノーザロイア島 イラマニア王国 首都アリナー


 ロバーニア王国沖で勃発したアルティーア帝国と極東海洋諸国連合の戦いで、極東連合側に援軍を出した日本が列強アルティーア帝国を破ったというニュースは、この島のこの国でも一大事として大評判になっていた。


「聞いたか、ニホン軍があのアルティーア帝国軍を叩き潰したんだってよ!」

「ああ、聞いたよ。何でも帝国軍が手も足も出ないほど強かったらしいじゃねえか、良い気味だ!」

「そりゃ、ニホンがいれば“極東世界”はずっと安泰だな!」


 市民たちは未知の国である「日本国」の大勝を、まるで自国の勝利の様に喜んでいる。イラマニアと同じく辺境の島国である日本が、自分たちを蛮族と見下してきた連中を破ったという事実は、彼らの心に一種のカタルシスを生み出していた。




王の居城 会議場


 市民たちが歓喜に沸く一方で、政府の間には緊迫した空気が流れていた。王を迎えて行われている会議の場で、王国宰相のソマート=パンクレアは「ロバーニア王国沖海戦」の結果を説明する。


「ロバーニアに侵攻したアルティーア帝国軍はほぼ全滅し、生存者は1厘(1%)ほど。一方、極東海洋諸国連合軍の戦死者は0・・・以上がロバーニア沖海戦の結果となります」


「その報告は真か、お主が嘘をつくとは思わぬが・・・」


 国王であるギルガ=シュメリア5世は、ソマートに報告の真偽を尋ねた。他の首脳陣たちも、信じられないといった風な顔をしている。


「あの『世界魔法逓信社』が公式に発表したことです。欺瞞情報ということはまず無いでしょう。ニホン国の軍事力は、アルティーア帝国をもはるかに凌駕しているようです」


「そんな馬鹿な・・・」


 金融局長官のフェイ=ラテールは、眉間にしわを寄せながらため息をついた。


「いや、首都に現れた彼の国の軍艦の巨大さを思い出してください。彼の国へ訪れた者たちの報告を含めてよく鑑みれば、ニホン国がアルティーア帝国を・・・延いては列強を凌駕しているというのは、当然のことなのかも知れません」


 ソマートは客観的事実から日本国の軍事力について推察する。因みに日本の軍事力については、すでに外交局から政府へ報告書が上がっていたのだが、その余りにも突飛な内容の為に、信じる者の方が少なかったのだ。


「彼らが侵略戦争を自ら禁止しているというのは本当なのだな?」


「はい。それは彼の国の条文に明記されているのを確認済みです。彼らから他国に宣戦することは無いとのことです」


 国王の問いかけに答えたのは、外交局長官のミヒラ=スケレタルだった。彼ら外交局は既に「日本国憲法」について調査済みだったのである。


「それならば安心だが・・・彼らが友好国で良かったな」


 ギルガ5世は日本が平和主義であることに安堵する。彼は日本国との友好関係を末永く続けていくことを再度決意していた。


・・・


同日 ウィレニア大陸西部 ショーテーリア=サン帝国 首都ヨーク=アーデン


 東方世界の中枢である「ウィレニア大陸」、この大陸は中央を南北に走る“ウィニレノン山脈”を境に、2つの列強によって東西に2分されている。東半分を支配しているのがアルティーア帝国、そして西半分を統治しているのが「ショーテーリア=サン帝国」だ。

 日本人が見れば古代ローマ帝国を想起するであろう文化を持つこの国は、150年前に2つの大きな王国が合併して誕生したという起源を持つ。それ以降はアルティーア帝国と同様に他国を属領・属国として従えて行き、今や列強“七龍”の1つに数えられるまでになっている。

 その首都であるヨーク=アーデンは大理石製の建造物が林立する姿から“白色の都”と呼ばれており、60万人の人口が暮らしているとされる。さらに各都市の市民は、一部の属領から富を収奪することによって成り立つ厚い社会保障に護られ、飢えることは無い。

 そんな享楽の街の中心部に、国を治める皇帝の居城がある。その一画にある皇帝の一室に、1人の男が入室していた。


「何? それは真か!?」


 皇帝セルティウス=ミサル=アントニスは、帝国宰相のコンティス=アルヴェオリスの報告に驚きの声を上げた。


「はい。極東洋に侵攻したアルティーア帝国軍は、ニホン国が軍事支援を行った極東海洋諸国連合軍に大敗しました」


 宰相のコンティスは皇帝の問いかけに深く頷いた。彼が報告していたのは、世界魔法逓信社の手によって世界を駆け巡った事件、即ちロバーニア王国沖海戦についてだった。


「うーむ、ニホン国よりノーザロイアを経て我が国に入って来る未知の品々、それらを見て彼の国には何かあるとは思っていたが、まさかアルティーア帝国を蹴散らすほどの軍事力まで持ち合わせていようとは・・・」


 皇帝セルティウスは予想外の結果に唸る。彼らショーテーリア=サン帝国政府の一部の者たちは、日本国という国の名についてロバーニア王国沖海戦が勃発する前から把握していたのである。

 それはアルティーア帝国と同様に、日本国の製品を大陸で売りさばいていたノーザロイアの商人たちの所為であった。東の果てにある未知の国の存在を知った皇帝と一部の政府首脳は、その国の力量を計る為に、“長距離用信念貝”を持たせた密偵をノーザロイアの貿易船に乗せて日本へ派遣していたのである。


「やはり我々の目に間違いはなかったようですね。ニホン国に忍び込ませた密偵の報告内容、また今回のことも含め彼の国の国力、軍事力、技術力は確かなもののようです。またこの海戦を端として、ニホンとアルティーア帝国は間違いなく正式に開戦するでしょう」


 宰相のコンティスは日本とアルティーア帝国の開戦を確実視していた。


「この戦争の結末次第か・・・。我が国が如何にしてニホンと付き合うべきか、アルティーア帝国にはそれを測る為の試金石となって貰おう・・・」


 皇帝セルティウスは日本とアルティーア帝国の闘争の結末、そして自国が取るべき未来を見据えるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 誤字報告 「此方へ向かっている残存3隻の内、『ズサ』の艦長を勤めているゴルタ=カーティリッジ佐官からの報告によりますと、極東海洋諸国連合には『ニホン』という国の援軍がついていたとか・・・。…
[一言] どうやって密偵を入国させる事が出来たんだ………? 高度科学社会を理解している状態で行ったという訳ではなさそうだし、日本側は敢えて泳がせているという事なのだろうか……。 ばれずに船や飛行機で…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ