ロバーニア王国沖海戦 弐
12月25日 ロバーニア王国北西部の海上
侵略者を待ち構える8隻の護衛艦の横に、小さな木造帆船の群れが並んでいる。「極東海洋諸国連合」28カ国の内、盟主の召集に応じて12カ国の連合国から集まった水軍の連合軍である。各水軍の武官たちはそれぞれ自国の軍船の甲板から、あまりにも巨大な護衛艦をただ見上げていた。
「これらが此度ロバーニアの請願に応じ、我ら極東連合に手を貸したというニホン国の軍艦・・・」
「鉄でできているし、帆もついていない。一体どのようにして海の上に浮かび、進んでいるというのか・・・」
余りにも自分たちの常識からかけ離れたサイズの艦を見て、彼らは驚きを隠しきれない。そして程なくして、各巨大艦の後方から巨大な羽虫が、けたたましい羽音と凄まじい風を発しながら飛び立って行った。
「たかなみ」「てるづき」「おおなみ」「いかづち」の飛行甲板から、シーホーク4機が飛び立ち、アルティーア帝国艦隊の方へ飛行する。そして各機に取り付けられた拡声器から帝国の兵士たちに対して警告を行った。
『こちらは日本国軍である。此度ロバーニア国王の請願を受け、集団的自衛権に基づいて極東海洋諸国連合の支援を行っている。貴殿らの船はロバーニア王国の領海を侵犯している! 直ちに立ち退きなさい! 繰り返す、直ちに立ち退きなさい!』
突如現れた鉄の甲虫から聞こえる、ニホンという国の軍隊を名乗る集団による大音量の警告に帝国の兵士は恐れおののいていた。「極東洋侵攻軍」の旗艦である「アカイメネス」の甲板に立つ兵士たちにも動揺が走っており、巨大な羽虫が発する羽音が彼らの腹の底に響き、それが益々彼らの不安を煽っていた。
「なんだろう、あれは?」
「龍でもないぞ! まさか敵の新兵器か!?」
兵士たちは哨戒ヘリコプターを指差しながら、口々に不安を口にする。だが、極東洋侵攻軍の指揮官である将軍サトラフ=アペンディクスは、警告に聞く耳を持たなかった。
「・・・ニホン? 聞いたことのない国だが・・・、ふざけたことをぬかす。領海を侵犯しているから帰れだと?」
彼は吐き捨てるようにそう言うと、動揺している兵士たちに向かって叫び、彼らを鼓舞する。
「みな恐れるな! 所詮極東の未開国の兵器の力などたかが知れている。いずれこの『東方世界』の覇者となるアルティーア帝国が、この極東洋で負けることなどありはしないのだ!」
「・・・オォッ!!」
指揮官から与えられた鼓舞に、兵士たちは動揺を断ち切るように呼応する。将軍サトラフ率いる極東洋侵攻軍は、シーホークの警告に耳を貸すこと無く、ロバーニアへ足を進めていた。シーホークの各機はこれ以上の警告は無駄だと判断し、それぞれの母艦へと戻って行く。
そしてその数十分後、サトラフを含めた旗艦「アカイメネス」の兵士たちは、水平線の向こうに敵の姿を捉えた。
「・・・な、何だあれは!?」
兵士たちの間に再び動揺が走る。まだ自分たちからは10kmは離れているであろう水平線の上に、距離感を見誤る程の“巨大な灰色の艦”が8隻も鎮座していたのだ。敵の姿を目の当たりにしたサトラフは、魔法を使った通信機である“信念貝”を通じて、各艦に指示を出した。
「全艦に告ぐ、竜騎を飛翔させよ! 狼狽えるな、ただの見かけ倒しだ。まずはあの目立つ灰色の艦に炎を浴びせてやれ! また各艦の“風使い”たちは風力全開!」
指揮官の命令を受けて、竜が格納されていた各艦の飛行口が次々と開かれていく。各艦の中には、背に騎士を乗せた4〜5匹の竜が姿を見せていた。格納庫の縁に立った竜は、その大きな翼を広げて次々と空へ飛び立って行く。その総数は110騎に及んでいた。
さらに各艦に1人ずつ乗船している「風使い」と呼ばれる魔術師たちが、呪文を唱えながら自らの魔力を風へ変換し、それを軍艦の帆に向けて飛ばしている。魔法によって生み出された風の力を得た帆走軍艦の群れは、10ノットを超える速度でロバーニアへと近づく。
敵に向かう雄大な竜騎士たちを眺めていた将軍サトラフは、甲板に並んで揚陸の時を待つ兵士たちの方を向き、彼らの士気を更に上げる為にある許可を下した。
「捕らえたロバーニアの民は各々の好きにするが良い!」
「うおおお!!」
将軍の言葉に、帝国兵士は下種な想像に身をゆだねてその士気が高まる。いよいよあと1時間もすれば戦闘だ。サトラフも軍人としての血が昂ぶっていた。
・・・
ロバーニア王国支援艦隊 旗艦「あかぎ」
艦隊を指揮する旗艦の艦橋にて、船員たちはその時を今か今かと待ち構えている。
飛行甲板の上では、すでに数機の艦載機が甲板下の格納庫から姿を現しており、白い蒸気が漏れている2基のカタパルトのシャトルには、発進の時を待つ艦載機の前輪がセットされていた。
「各機より通信、敵艦隊、反転する様子無しとのことです」
「『きりしま』より通信、SPYレーダーに感有り。此方へ接近する100近い飛行物体を捉えたとのこと。速度は時速60km程です」
各方面からの通信が、旗艦にいる司令の下へ集まって来る。それら全てを耳にしていた鈴木海将補は残念そうにつぶやいた。
「やっぱり帰ってはくれないか・・・当然と言えば当然だよねえ」
彼はそう言って海の向こうに目をやると、側に立っていた「あかぎ」艦長の安藤忠一等海佐/大佐に命令を下す。
「艦載機は発進! その全装備を以て敵航空戦力を殲滅せよ!」
「・・・了解!」
安藤一佐は敬礼を以て司令から下された命令を拝聴する。その後すぐに、彼は艦載機の運用を担当する「飛行科」へと発進命令を伝達した。
司令の命令を受け、「あかぎ」のカタパルトから艦上戦闘機であるライトニングⅡ・F−35Cが次々と飛び立った。作業は迅速に行われ、1機目と2機目が飛び立てば3機目と4機目、そして5機目6機目と、カタパルトの操作員と整備士たちは忙しなく動きながら機体を発進させ続ける。
並の航空機ならば損壊してしまうレベルの初速をカタパルトから与えられたF−35Cの群れは、飛び出した機から順次、敵が待つ北西の空へと機首を向ける。そして最後に、早期警戒機であるホークアイを発進させたところで、彼らの仕事は終了した。
各機の機体内部に内蔵されている胴体内兵器倉や、機外のハードポイントに装着されたパイロンには、短距離空対空ミサイル「サイドワインダー」が装填されている。
第4世代型のサイドワインダーであるこのミサイルは、終末航程に「赤外線画像誘導」を採用しており、この世界の航空戦力である竜騎に対応可能であることが、転移したばかりの頃に数度に渡って起こったイラマニア王国軍の竜騎隊との邂逅の際に、ちゃんと確認されていた。
『全機、その全武装を以て敵機全てを殲滅し、制空権を確保せよ!』
司令からの命令が、無線通信によって全33機のパイロットに送られる。彼らは操縦桿をしっかりと握りながら、久しぶりの戦闘に身震いをしていた。竜騎隊が護衛艦に迫る中、彼ら「第41航空群」の隊長機を操るパイロットである笹沼豪祐三等海尉/少尉は、無線でホークアイと連絡を取る。
『こちらシェパード1、迎撃開始します!』
『了解、攻撃開始せよ!』
機体上部に鎮座する巨大なレドームによって、敵航空戦力の様子を探る早期警戒機の指令を受けたパイロットたちは、ミサイルの発射装置に指をかける。程なくして各ミサイルのシーカーが目標を捉えた。
『目標補足・・・・シェパード1、発射!』
『シェパード3、発射!』
『シェパード7、発射!』
隊長機の翼から、1基の短距離空対空ミサイルが発射される。それに続き、各機の翼からも短距離空対空ミサイルが1基ずつ発射された。
・・・
ロバーニア王国北西部の海上 上空
竜騎兵を率いるカビュス=リーガメント佐官を先頭に、各竜騎兵は攻撃体勢をとりながら護衛艦に向かって接近する。そしてある程度の距離まで近づいたところで、隊長のカビュスや竜騎兵たちは初めて護衛艦の規格外な大きさに気付いた。
「・・・俺の目がおかしくなったのでは無いよな、何という大きさだ!」
海に浮かぶ要塞とでも評すべきその姿を見て、カビュスは堪らず言葉を漏らす。その時、前方の空から目にも留まらぬ速さで、“槍の様な飛行物”の群れが接近していることに気付いた。
ドドドドーン!!
“空飛ぶ槍”の群れは、攻撃態勢を整えつつあった竜騎隊の1騎1騎に余すことなく激突した。それらは猛烈な爆発音と閃光を放ったかと思うと、空を翔る騎士と評される竜騎兵たちを、1度に30騎近く海の藻屑へと変えてしまったのだ。
「なんだ、今のは!?」
カビュスは目を疑った。他の竜騎兵たちも動揺し、空中に立ち往生している。だが、彼らが狼狽している内に、謎の“空飛ぶ槍”の群れが再び現れ、それらは第2波攻撃として彼らに襲いかかった。
ドドドドーン!!
再び謎の爆音と共に、30騎を超える竜騎兵が海に落ちていく。その直後に第3の攻撃が彼らを襲い、竜騎兵たちは再び一斉に堕とされ、110騎居た筈の竜騎兵は残り20騎程まで減っていた。
兵士たちが恐怖に染まる中、カビュスは“空飛ぶ槍”と同様にとてつもない速さで近づいてくる物体に気づく。
「あれは竜騎か? いや、違う!」
未知の飛行物体が自分たちの竜騎を遙かに超える速度で接近する。それらはある程度こちらまで近づくと隊を成して急上昇し、その後も編隊が乱れることなく一列になって竜騎兵隊へ向かって急降下する。
カビュスはその曲芸ともいえる飛行に呆然としながら見入っていた。
「ああ・・・・何と! ・・・あの高速でこのような飛行が可能なのか・・!」
未知の飛行物体はその翼から火を吹く槍を発射した。仲間の竜騎兵を撃墜したものの正体だろうそれらは、まっすぐ超スピードでこちらへ飛んでくる。
「か・・・回避!」
カビュスの命令を受け、竜騎隊の各騎はとっさに逃げようとしたが、槍の群れは各個が各竜騎に向けて方向転換し、これらを追尾する。
「ば、ばかな!」
カビュスは叫ぶ。その直後、彼は爆音とともに海に消えた。残存の竜騎約20騎は短距離空対空ミサイルにより撃墜され、侵攻軍の竜騎は全滅した。
・・・
ロバーニア王国支援艦隊 旗艦「あかぎ」
鈴木海将補以下、旗艦に身を置いていた幹部たちは、F−35Cの戦闘を艦橋から眺めていた。実質的な戦闘時間は20分程だったが、敵は全て空から消えた様に見える。
「『きりしま』より報告、SPYレーダーより敵機の反応消失」
「ホークアイより通信、敵機全機の殲滅を確認。第41航空群帰投します」
各方面から届けられた報告から、制空権を無事確保したことを確認した鈴木海将補は、次なる攻撃に向けて動き始める。
「次の敵はガレオン船だな、17世紀の軍隊を相手にする様なものか・・・敵の数は?」
「各艦の対水上レーダーによる観測では、400隻程が確認されています」
司令の質問を受けた通信員は、間髪入れずに答える。
「護衛艦1隻あたり60隻弱か。主砲だと弾数は・・・まあ余裕だな」
敵の数を知った鈴木は、残る敵を排除する為に次なる指示を下す。
「全艦発進・・・艦砲の必中距離に入り次第攻撃開始せよ・・・」
「了解しました!」
「あかぎ」艦長の安藤一佐は、敬礼を以て指揮官の命令を受け取った。その命令はすぐに全艦へと通達され、各艦はゆっくりと敵艦隊に向かって進み出した。
『各艦、標的の振り分けが完了しました。敵艦隊との距離、10kmです!』
敵との距離を詰める間、各艦で標的が重なって無駄弾を出さない様に、艦砲を持つ7隻の護衛艦が狙うべき標的が的確に振り分けられる。戦闘指揮所の船務長である飯島晃二等海佐/中佐から、艦内通信を介して報告を受けた鈴木海将補は、少し考えるそぶりを見せると各艦に向けて命令を発した。
「『きりしま』はハープーン発射! それに続けて各艦、速射砲及び単装砲によって艦砲射撃を開始せよ!」
司令から命令を下された「きりしま」の艦対艦ミサイル4連装発射筒から、1発のハープーンが発射される。それを皮切りにして、射撃指揮装置によって管制されている各艦の艦砲が動き出す。それらは寸分の狂い無く最初の目標となる敵艦に弾道を定め、そして一斉に砲弾を発射した。
・・・
極東洋侵攻軍 旗艦「アカイメネス」
瞬く間に海の藻屑と消えた竜騎部隊の無残な姿を目の当たりにした各艦の兵士たちは、まるで死んだ魚のように、締まりの無い表情を浮かべていた。
「俺たちは夢でも見ているのか・・・?」
1人の兵士がつぶやく。彼らが知っている「極東連合軍」は、この世界の戦では必須の航空戦力である“竜”すら保有していない遅れに遅れた軍隊であり、艦同士による水上戦闘など行わずとも、竜騎隊による火炎放射攻撃だけで片が付くと思っていた。
ところがどうだろうか、「日本国」を名乗る謎の敵が繰り出して来た“空飛ぶ剣”の群れは、アルティーア帝国軍が誇る竜騎隊を一方的に蹂躙し、殲滅したのである。将軍サトラフを含め、帝国軍の兵士たちは、目の前で繰り広げられた一方的な惨殺を、現実として受け止められないでいたのだ。
彼らが呆然と立ち尽くしていたその時、白煙を棚引かせながら高速で飛行する巨大な棒状の飛行物体が、巨大艦が見える前方より接近していた。それは艦隊の前で突然高度を上げると、ある帆走軍艦の甲板に突き刺さり、大爆発を起こした。
「・・・な、何!? 事故か!」
旗艦「アカイメネス」に乗る指揮官のサトラフは、いきなり爆発を起こした艦を見て、それが事故によるものであると誤解する、だがその直後、極東連合軍の巨大艦が一斉に閃光を放ったのだ。
彼ら極東洋侵攻艦隊と極東連合軍の巨大艦との距離は、彼らの単位で10リーグ(7km)以上離れており、砲の射程距離としては余りにも離れすぎている為、帝国軍の兵士たちは巨大艦の行動の意味が分からなかった。
「砲撃か? 奴らあんな所から何を・・・」
兵士の1人がそう言いかけた時、前方を進んでいた複数の軍艦が、突如として巨大な火柱を上げながらほぼ同時に轟沈した。
ドン! ドン! ドン! ドン・・・!
「なっ・・・!」
軍艦の轟沈に遅れて、敵艦の砲撃音が彼らの耳元に届いた。眼前で繰り広げられた想像を絶する光景に、将軍サトラフは声が出なくなる。呆気にとられている指揮官に、兵士の1人が被害状況を伝える。
「報告します! 前方の艦30隻近くがほぼ同時に撃沈されました!」
部下の言葉に、サトラフは思わず自分の耳を疑った。
「どういうことだ! また事故でも起こったのか!」
「いえ、極東連合軍のあの巨大艦より砲撃を受けたものと思われます!」
ドン! ドン! ドン! ドン・・・!
その間にも敵艦の砲撃音は絶え間なく続いており、音の数だけ此方の軍艦が水しぶきを上げながら轟沈されていく。そして600隻以上あった筈の艦は、気付けば3分の2まで数を減らしていた。
「ええい、何をしている! こちらからも早く砲撃せんか!」
「無理です! とても届きません! 奴ら、完全に我々の砲の射程外から攻撃しています! しかも驚くべき正確さです!」
「・・・くそ! 一体どうなっているんだ!?」
巨大艦7隻による容赦無き正確無比な連続射撃に遭い、味方の軍艦が一方的に次々とゲームのように沈められていく。兵士たちはパニックを起こし、艦隊は瞬く間に統率が取れなくなっていた。それは指揮官のサトラフも同様であった。魂が抜け落ちたかのように唖然としていた彼に、兵士の1人が報告を入れる。
「報告! 軍艦ズサ、戦線を離脱して行きます!」
「・・・なに!?」
部下の言葉で我を取り戻したサトラフは、その報告内容に愕然とした。竜騎も全て失い、護衛艦の主砲による正確無比な砲撃が帝国軍艦隊を次々と沈めていく一方的な殺戮ゲームとも言える惨状を前に、軍艦が一隻逃げ出したのだ。
軍艦「ズサ」 甲板
旗艦の指揮下を勝手に離れ、北西方向へ向けて進路を取る軍艦「ズサ」の甲板では、艦長を勤める若き佐官のゴルタ=カーティリッジを含め、兵士たちが縮れ毛の様に震え上がっていた。戦場から逃げ出す「ズサ」の動きを見て、他の2隻も彼らに付いて行く様にして戦場から離脱していく。
「冗談じゃない! 俺たちが相手しているのは悪魔か何かだ! このまま犬死になんてごめんだ!」
艦長のゴルタは吐き捨てるようにつぶやく。彼の脳裏には故郷に残してきた“恋人”の姿が浮かんでいた。再会の約束をした彼女に会う為にも、彼はこんな所で死ぬ訳にはいかなかったのである。
旗艦「アカイメネス」
背中を見せて逃げる3隻の軍艦を見て、サトラフは怒りに充ち満ちた表情を浮かべる。誇り高き列強国の軍人として、敵前逃走など到底許されることでは無かった。
「あいつら・・・! それでもアルティーア帝国の軍人か!」
誇りも意地も無く、一目散に逃げていく部下たちに向かって、彼は吐き捨てる様に言った。最早冷静さを欠いている様子の指揮官に、見かねた部下が注進する。
「我々も撤退すべきです! このままでは全滅です!」
「馬鹿! そんなみっともないまねができるか!」
サトラフは撤退を進言した部下を怒鳴りつける。だが、傍目に見れば誰がどう考えても、この状況では撤退が正しいだろう。
しかし、他の“列強国”を相手にしているならともかく、今相手にしているのはあくまで”極東の未開国”なのだ。もしここで逃げ延びても、皇帝の怒りに触れるのは間違い無い。さすれば敗軍の将に与えられるものは一族郎党を含めた”死”だ。
(そんなはずは無い! 我々がこの極東洋で負けるなどあってはならない!)
敵艦の一方的な攻撃に晒され、すでに5分の4の軍艦を失っているのにも関わらず、サトラフは目の前の現実を受け入れられないでいた。もしかしたら、すでに彼の精神は侵されていたのかも知れない。
そして各護衛艦の砲から最後の砲撃が放たれたその時、旗艦「アカイメネス」は、艦砲の弾丸を受けて爆発を起こした。
「こ・・・こんなことがありえる訳が・・・・!」
サトラフを含め、旗艦に乗る数多の兵士たちは爆炎に飲み込まれた。砲撃を受けた残存の軍艦はゆっくりと海に沈んで行く。アルティーア帝国の艦隊は、逃走した3隻を残し、文字通りこの海上から姿を消したのだった。
・・・
旗艦「あかぎ」 艦橋
洋上から全ての軍艦が姿を消したことを確認した「てるづき」から、旗艦「あかぎ」に通信が入る。
「『てるづき』より連絡、敵戦力の殲滅を確認したようです」
7隻の護衛艦による1時間にも満たない艦砲攻撃の結果、敵艦の姿は各艦の対水上レーダーから綺麗さっぱり消えていた。通信士の報告を受けた鈴木は、全部隊に対して最後の命令を下す。
「艦対艦ミサイルも問題無く命中したな・・・。よーし、全艦戦闘終了。生存者の救出作業に入って」
無線通信を介して司令の命令を受け取った各艦は、居るかどうか分からない敵の生存者を救出する為、艦隊の残骸が浮かぶ海へと進み始める。
「ご命令通り、逃走の動きを見せた3隻の敵艦を逃がしましたが、宜しかったので?」
「あかぎ」の艦長である安藤一佐は、敵を全滅させずにわずかだけ逃がしたことについて、指揮官である鈴木海将補に尋ねた。
「彼らには生き証人になって貰う。この極東洋で何を見て、どんな事があったのか、それを彼らの国に報告させるんだ」
鈴木はロバーニア王国へ攻め込んできたアルティーア帝国軍の一部をわざと逃がすことで、彼らが日本国の力を列強国へ知らしめる“生き証人”になることを期待していた。
・・・
極東連合軍 各艦
極東連合軍の武官たちは、盟主ロバーニアが助力を求めた未知の国、日本のあまりに強大な軍事力を目にして放心状態となっていた。兵士たちも帝国軍艦隊の残骸が浮かぶ水平線をただ呆然と眺めている。
「何・・・という・・!」
「これがニホン軍の強さか・・。なんて強大な力なのだ!」
「ロバーニア王は彼のような者たちを味方に引き入れていたのか・・・。」
本来ならば、被害ゼロに終わったことを祝うべきところなのだろうが、彼らの心には、列強国との戦に勝利した喜びよりも、未知の国が見せつけた脅威的な軍事力に対する畏怖と警戒心の方が色濃く刻みつけられていたのである。
・・・
同時刻 ロバーニア王国 首都オーバメン近郊
戦闘終了の一報は、島の南部にある首都オーバメンの近郊にて展開し、敵に備えていた陸上自衛隊員たちの耳にも届けられていた。
「戦闘終了だってよ」
「・・・俺たち出番無かったな」
「まあ、それで良いんだけどさ」
戦車と装甲車に乗り、最終防衛線としてアルティーア帝国軍の上陸と首都侵攻に備えていた陸上部隊の自衛官たちは口々につぶやいた。
・・・
ロバーニア北西部の漁村 アチュ村
王国沖で行われた一方的な戦闘の様子を、好奇心に満ちた目で見る人影がある。彼は双眼鏡を覗きながら、圧倒的な武力を見せつけた巨大艦の群れと、そのマストに翻る「紅い太陽から放射状に拡がる旭光が描かれた旗」を見つめていた。
「すごい・・・、こいつは特ダネだ!」
海岸にて今回の戦争の取材に来ていた「世界魔法逓信社」第43・ロバーニア支部所属の記者リヨード=サイロニンは、世界の常識を覆す目の前の光景に胸が躍っていた。
「早く号外を出さなくては!」
そう言うと彼は、すぐさまこの世界の通信機である「信念貝」に手をかける。この戦いの結果については、世界の最果てにあるロバーニア支部から、遠き「中央世界」の大陸にある「本社」へと、すぐさま届けられた。
日本国がこの世界に来て初めて、その軍事力を披露する場となった「ロバーニア王国沖海戦」の結果は、アルティーア帝国軍の帆走軍艦324隻を逃亡した3隻を除いて海中に沈め、彼らが引き連れて来た竜騎110体はF−35Cの餌食となり全滅し、帝国軍の生存者は派遣された兵力の1%ほどの700余名しか残らなかった。一方で極東連合軍の死傷者は0であり、この海戦は“極東海洋諸国連合の大勝”に終わったのである。
その後、無傷で帰還した兵士たちの報告を受けた極東海洋諸国連合の各国によって、それらの国々の大使がロバーニアの日本国大使館に押し寄せることとなる。また、“世界魔法逓信社”によって、この事件は世界中に広まっていくこととなった。