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四話 成宮家

お久しぶりです。年内最後だと思います。

 コウキは成宮家――もっというなら成宮家の大黒柱である成宮剛さんに助けられた。


 成宮家は三人家族で主人の剛さん、妻の舞さん、娘さんのひよりさんという構成だ。


 普段のコウキなら誰かに助けられたからって、下向いてぼそっとお礼を言ってそそくさと立ち去るところだが、まさか命の危機とは言わないが、それに近い状態から手助けしてくれた人に対して、損な仕打ちをするほど恥知らずだとは思っていない。思ってはいなくても、コウキはおどおどしているし、いるだけで不快感を与えるような人間だから、どうか成宮家に迷惑をかけたくないので、いますぐこの場から逃げ出して、体育館の隅っこで三角座りをしたい。切実に、したい。


 すっげー喋る、この人たち……。


「細い、細いなあ。もっと食え。たくさん飯持ってきたから。これ。おにぎり。うめぼし。好き? なにがいい? 何作ったっけ?」


 成宮さん――全員成宮だから見分けがつかない。今のは剛さんだ。旦那さんだ。コウキの腕やら何やらを触ってバシバシ叩く。痛い。やめてほしいけど、いえない。怖いし。怒らせたら怖そうだし。ちなみに剛さんは名前に違わず強そうというか、絶対に強い。最初見たときは太ってるのかと思ったが、違う。熊だ。コウキは剛さんに人睨みされたらそのままちびる自信がある。漏らさないけど。たぶん。


 舞さんがそんなタッパーどこに売ってるの? と思うほど大きな容器を出した。ぎっしりおにぎりが詰まっている。


「こっちからうめぼし、鮭、こんぶ。三つだけ。関谷くん、遠慮しないで食べていいのよ」


 関谷君というのはコウキのことだ。名字が関谷なのである。


「いや、あの、もうお腹いっぱい……」


 それにかぶせる様に娘さんのひよりさん――中学生らしい――が三種全部を紙皿に乗せてコウキの前に置いた。これで三回目だ。勘弁してほしい。


「……たべないの?」


 目つきが怖い。舞さんは柔和な目つきなのに、娘のひよりさん――むしろひより様と呼びたくなる――はとても眼光が鋭いお方なのです。そうです。怖いのです。いい年こいた野郎が中学生の眼光にびびりまくって、大きな声で「もうお腹いっぱいなので食べたくありません!」と言えない。なにしろ、半分はひよりさんがつくったものらしい。というか、そう言っていた。タッパーのおにぎりも若干不揃いなのと、綺麗に整っているおにぎりに分かれている。コウキは最初に見たとき「ほほう、ひより様がお作りになったのですね、これは最初に褒めておけばあとから怒られにくいかも」とか、まじでチキンな考えが浮かんだので、早速「おいしいですね」と言った。嘘だ。実際は「お、お、お、美味しいっすね……」とかかなりキモイことになっていた。言った瞬間ひよりさんがめっちゃ睨んできて、即座に土下座しようと思ったほどだった。


 いや、おにぎりは美味しいし――まずいおにぎりとか食った事ないけど。でも量ってものがあるじゃないですか。もう六個食ってるし。でも、とコウキはちらりと剛さんを見た。食ってる。めっちゃ食ってる。少なくともコウキの三倍は食べている。たぶんあの人のせいだ。剛さん(男性代表)はあれくらいは食べるものなので、コウキももっと食える。むしろ食べれる。むしろ食べたいはずだと、成宮家女性陣は思っている空気が流れている。


 言っときますけど、コウキも人だからね? 男女とか関係なく人間なのだ。体格だってそりゃ舞さんやひよりさんと比べたら大きいけど、めちゃくちゃ大きいというほどじゃない。おにぎり六個は食い過ぎだって……。空気読んで。必要でしょ? そういうの? コミュニケーションとかいうやつ。大事でしょ。日本人は空気を読む民族だから悟ってください。「んん、ん」とか咳払いして、お腹をさすったり、おおげさに息を吐いたりして、お腹いっぱいですよアピールした。いける。ここで「ふいー」とかいいながら、体勢を崩せば終わりだ。御馳走様でしたとも言えば、完璧だ。付け入る隙が無い。あるけど。めっちゃあるけど。なにしろ、コウキは体育館の壁にすでに持たれているので、体勢を崩すも何もない。


「ねえ」


 コウキは女性の割に低い声のひよりさんに声をかけられた。内心めっちゃビビッて、体がビクッとなったかもしれない。だって、ねえ。何か知らんけど、めっちゃのぞかれてる。ひよりさんは体を曲げて、下を向いているコウキの顔を覗き込んでいる。中学生女子にしては短めの髪の毛の間から鋭いお目目が覗かれてまして、コウキはもう勘弁してくださいと泣きたくなった。完全に舐められてる。普通そんな事する……? 顔との距離なんてこぶし一つ分しかないよ? 恋愛小説ならクライマックス。甘酸っぱい空気が漂って、胸がドキドキして、キュンキュンしてしまう展開だ。いや? どきどきはしてますよ? 息遣いすら感じる距離で、呼びかけて以来、ひよりさんは声を発していない。それどころか動いてすらいない。怖い。怖すぎて、いっそのこと一思いにどうにかしてほしい。ひよりさんの目は確実にコウキの目を貫いていて、動かす事が出来ない。コウキはいつのまにかひよりさんの逆鱗に触れてしまって、こんな目に合っているのだ。助けてよ。だれか。というか、ご両親。おかしくない? ねえ。年頃の娘さんが男に近づいているよ? いいの? よくないよね。即刻排除するべきだ。離れなさい。こら。とか。ね? たすけて。ホント。おねがい。こわい。なきたい。やめて。なんで、中学生にこんな目にあわせられてるの……?


 何秒たったのか、むしろ何十秒、一分以上たったかもしれない。それくらいになって、ようやくひよりさんが「喰え」と言ったので、コウキは「……はい」と自分の両親が聞いたら泣けるくらい情けない声を出しながら、新たにおにぎりを掴んだ。梅だ。すっぱい。しょっぱすぎて、涙が出てしまった。いやあ、すっぱいなあ。すっぱいと、涙が出る。


「美味しい?」


 ひよりさんが訊いた。コウキは頷いた。


「うめ、好きらしいよ」

「ん! そうか。梅だ。関谷君に梅をどんどん供給してやってくれ」


 剛さんは舞さんにそういうが早いか、自分が確保していた梅のおにぎりもコウキの皿に置き始めた。


「あら、そんなに好きだったの? 言ってくれればよかったのに」


 気づいてよぉ……。いらないよ。腹いっぱいなんだ。

 舞さんもこれでもかとおにぎりを置く。


 コウキはゆっくり食べる事を決意して、体育館の中を見渡した。

 すでに体育館はぎゅうぎゅうになっていた。


 時刻もすでに午後の九時を経過していて、外は真っ暗だ。

 体育館の明かりは申し訳程度に、各家庭が持参したランプがそこら中で灯っていて、なかなか見たことのない光景が広がっている。その明かりが体育館の限界まで広がっているので、結構な人がここにいるのだろう。


 体育館の明かりをつけないのは、感染者を誘き寄せないようにするためで、この対策はどの国でも使っていた。最低限の電気しか使用せず、夜は完全に暗闇と化していた。


 ここについたのが六時くらいだったのだが、幸いコウキたちが感染者に襲われている所を決定的に見ていた人がおらず、混乱は少なかったが、外は危ないという認識だけは、ここにいる人たちの共通見解だった。


 また、ここの学校に派遣された警官は三人。

 五十代とおぼしき大平、その部下だと思われる新米警官二人組の諏訪、古見の計三人だけだ。


 とても少ない人数だが警察も忙しいらしく、配置できるぎりぎりの人数のようだ。


 コウキたちがここに着いた時点で人は少なく、まだ警官もいなかったのだが、午後七時あたり。すでに真っ暗になってからようやく三人の警官が現れ、色々指示を下した。


 曰く、人員がとても少ないため、申し訳ないが全員の力でこの避難施設を運営していく。今日はもう暗いので、本格的な作業は明日からとなるが、感染者から身を守るために学校内に人員を配置・警邏するというものだ。


 この話が出た時点でコウキは帰ろうかと思ったが、外はとても暗いし、もう一回感染者に襲われたら無事でいる自信が無い。人がたくさんいれば助かるかもしれないと思ってここに来たので、今更帰るのもおかしいかと思い、こうやって流れで成宮家と一緒に時間を過ごしている次第だ。


 徳島は人口の多くが60歳以上で、避難してきた人たちの半分くらいはそのように思えた。なので、若い男性に区分されるコウキが警備の要因にならないはずがなく、この後剛さんと一緒に巡回する予定だ。もちろん、二人だけじゃなくて、もっと大人数で巡回する。第一陣は午後八時に校内を巡回しており、三時間半交代で、全ての男性を使い切って警戒に当たるようだ。コウキたちは第二陣のグループであり、午後十一時あたりに仕事が待っている。


 ということで、ご飯を食べようとなって、こうやって無理やり食べているのである。


 コウキが必死こいて食べている中、舞さんが心配そうな声を出した。


「外の人たち大丈夫かしら」


 大丈夫なわけ、なくね……? とか言えないので、黙っておにぎりを噛む。


 冬も間近で、結構寒い。そんな中、学校の警備にあたるって、何……? 疲れるし。怖いし。なにそれ。いやだ。やりたくない。お腹痛い。コウキなんて役に立たない。というかむしろ邪魔をする予感すらあるので、連れて行かない方が良いです、よ……?


 コウキがネガティブな思考に陥っても、剛さんはそうではないようだ。


 ガハハッと笑って、大丈夫だと豪語する。どこからそんな自信が湧いて出るのか聞きたい。訊いたところによると剛さんは柔道有段者らしいので、とっても強い。だから? 経験? を積んだし、次は行けるっしょ、的な……? そんなもんなの……? よくわかんない。まあ? コウキが気張ろうが、どうせ大した働きは出来ないから、隅っこの方で応援係でもするのが関の山だ。邪魔かな。邪魔だな。うっせーよ、ボケ、みたいな……? 野郎に応援されても仕方ねーよ。みたいな。たぶん。そんな感じ? むしろ男同士ならカッケー! ツエー! とか言っておだてた方が良い? そんなことねーか。うっせーし。お前に何がわかんの? みたいになるか。雑魚に言われてもうれしかねーよ、的な。うん。そうだ。黙ってよ。


 その時、かなり強め、というか人生最大級レベルで思い切り肩の辺りを殴られた。誰だボケ、ぶち殺すぞ、今俺がせっかくネガティブシンキングをしまくって、一周回ってポジティブになるという逆転的発想の精神統一法を実践しているというのに邪魔をする薄ら禿げには倍返しだと思って、殴られた方向を見たらひよりさんが「喰え」とおっしゃられたので、はい、そうですね、私が全面的に悪いし、ここで何言っても悪いのはコウキだし。女子中学生を怒鳴るとかしたら、なんか、ヤバくない……? ヤバいのは怒鳴った後か。殺されそうだし。怖いし。殺されはしないけど。たぶんね。コウキは止まっていた手を再度動かして、おにぎりを食べる事にした。コエーよ。中学生。そのうちガツンと言ってやって上下関係というのを教えてやらねばなるまいて。


 もちろん、コウキが下である。


 ……情けね。

感想あればよろしくお願いします。


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