☆忘れていた可能性
馬に速度変換魔法をかけ、道を駆け抜けるローザ。
一人だからこそ出来る強引な手段だが、ローザはソレを気にも止めない。
馬が段々と呼吸を荒くするなか、ローザはそれでもスピードを緩める事はせず、先へ先へと急ぐ。
「一番近い街に情報が無いなんて……」
ローザは一人呟きながら、周囲を見る。
畑や雑木林その中で作業する人々……延々と続くのどかな風景。
ローザはそれを見ながら、馬の手綱を引く。
少しの間を置き、スピードを落とした馬を近くに流れる川に連れて行き、水を飲ませる。
その様子を見ながら、ローザは此処までの道のりを思い出す。
(付近の街や村には怪しい人物も最近引っ越してきた人物も居ない。なら、もっと遠くに潜んでいるという事? でも、そんなことがありえるの? あの家族に生き残りが居て、魔法で……? でも、確かに……)
一人悶々と考えるローザ。
馬はそんな主の隣で草を食み始めた。
その時――
「お兄ちゃん、待って!」
「早く来いよ!! 魚が逃げちゃうだろう!!」
ローザの目の前を幼い兄弟が釣竿と桶を持って走り去っていく。
城下では見られないその光景に、ローザは思わず目を細め、そのまま二つの背を見送る。
名も知らぬ兄弟が走り去るのを見届けたローザが、視線を元の位置に戻そうとしたその時、ふとあることを思い出した。
「(あの方には、兄弟が居た。私は……確認した……? 彼ら一族を……全員が死んでいる事を……)……していませんわ」
はっきりと口に出す事で、ローザは理解する。
仲間ではなく、生き残りがいるという可能性があることに。
「私としたことが、何という事を……」
悔しそうに唇を噛んだローザは、草を食むことをやめた馬に視線を向けた。
そのまま、先程よりも強い速度変換魔法を馬につけると、ローザはひらりと馬に跨り走り出す。
馬は速度変換魔法とローザが流し込む魔力によって強制的に回復させられ、延々と走り続ける。
身体に負荷が掛かることなどお構い無しに魔力を高め、流し込み続けるローザ。
その表情に、慈悲深き聖女の面影は無い。
「はっ……」
森に入ってすぐ、ローザは手綱を握り、馬を再びとめる。
魔力を高めすぎたせいで、ローザの息はすっかりあがり、肩が大きく上下する。
馬は強制的に回復させられていたせいか、そんなに疲れた様子は無い。
「まだ……走れ……ます……わね……?」
途切れ途切れのローザの言葉に、馬は嘶く。
それを了承ととったローザは、今度はゆっくりと馬を走らせた。
呼吸も髪も乱れ、余裕の無い姿を人前に晒す事をしたく無いローザは、森の中をゆっくり進む事で息を整えようと必死だ。
汗で張り付いた髪をなんとか片手で梳かしながら、周囲の気配に気を配る。
太陽が沈みかけ、ただでさえ薄暗い森に闇が落ちていく。
「せめて、近くの村に……」
ローザはそう呟きながらも、身形を整える。
その間にも陽は容赦なく落ちていく。
だんだんと呼吸が落ち着いてきたことを感じたローザは、深く深呼吸すると、馬のスピードを上げた。
魔力を流していないため、スピードは落ちたが森を抜けるには問題ないと判断し、そのまま走らせる。
ローザの頭は、一刻も早くこの森を抜けることと、近くの村へ移動する事で埋まっていた。