☆英雄の旅立ち
ローザは目を覚ますと、自分の身体に合わせて作らせた皮鎧を身につけ、腰に天使の羽や十字架の飾りがあるレイピアを差した。
自室は貴族令嬢の部屋らしく、天蓋つきの大きなベッドや机、クローゼット等、全て白で統一された家具が置かれている。
窓辺に置かれた棚には薔薇の花が飾られ、芳しい香りを放っているがローザは気にも留めない。
「さて、行きましょうか」
ローザは一人そう呟き、ゆっくりと自室を後にする。
屋敷にローザ以外の人の気配はなく、広く美しい屋敷なのにどこか寂しさが漂っていた。
「ローザ様! お早う御座います!!」
「勇者様! とうとう出立の日ですね! 精霊のご加護を!」
「皆様、お早う御座います。私が留守の間、屋敷をお願い致します」
門の前で待っていたらしい人々にローザはそう答えると、深々と頭を下げた。
人々はそんなローザに「礼なんて良いんですよ」「留守中はお任せください!」などと口々に答える。
ローザは花のような笑顔を浮かべ、もう一度人々に礼を言うと、その場を後にした。
「聖女様! お早う御座います!」
「お気をつけて!」
「どうぞ、ご無事で!!」
城を目指して歩くローザに、人々はそう言って笑顔で彼女を見送る。
ローザ自身も一人一人に挨拶を交わし、時には足を止めて人々とのやり取りに応じた。
「ローザー!!」
遠くから聞こえる声に、ローザは今まで話していた老婆に一礼し、振り返る。
そこには、フリルが必要以上についたメイド服を着た女性が、スカートの裾を掴み走っている姿があった。
「どうしましたの?」
「今日、出立って聞いて!!」
はい! と女性が差し出したのは、ピンク色の包みだ。
ローザはすぐに手を伸ばさずに、包みと女性を交互に見る。
「お守りとお菓子よ。ローザは一人になると無理ばっかりするんだから、持って行きなさい!」
「ですが……」
「『ですが……』じゃ無いわよ! この国の英雄であり、聖女である貴女が、供もつけずに旅に出るって言うのよ? 皆心配してるんだから、安心させる為にも受け取りなさい!」
そういうと女性は、全く受け取ろうとしないローザの手に包みを強引に持たせた。
「あ……」
「『有難う』は?」
「……有難う……御座います……」
驚いた顔で何度も瞬きをするローザの顔を覗き込み、女性は首を傾げた。
ローザは一瞬何かを考えると、小さく微笑みながら礼を言う。
それに満足したのか、女性は「よし」と頷くと、「無理は駄目よ?」と今にも泣き出しそうな声と顔でローザに告げた。
「必ず、目的を達成して帰って参ります」
先程の微笑をしまい、キリッとした表情でローザは女性に告げる。
女性は「約束だからね!」と何度も告げ、ローザが頷くのを確認すると足早に去っていった。
その背中を見送ったローザは、小さく息を吐くと手に残った包みを持ち直し、街の外れへと向かう。
そこには、雪だるまのような王と見慣れた城の兵士、そして唯一旅の供となるローザの愛馬の姿があった。
真っ白なその馬はローザの姿を見かけると、嬉しそうに嘶く。
「来たか」
「遅れてしまい、申し訳ありません」
ローザは王に向かって謝罪の言葉を述べると、深々と頭を下げた。
王は「よい」とだけ告げ、ローザが馬に乗るのを見届ける。
「では……」
「うむ。よき知らせが届く事を期待しているぞ」
王はそう言うと、ローザににこりと微笑んだ。
ローザもそれに微笑を返すと、小さく返事をして馬を走らせた。
「彼女に神と精霊の加護を」
彼女の姿が小さくなるのを見送りながら、王はそう小さく呟いたのだった。