☆彼女の旅立ち・前日
「此処に、国賊及び国家裏切りの罪人達を裁く権利をローザ・カッツェに与える事を宣言する!」
厳かに告げられた言葉が終われば、建物に地面を振るわせるほどの歓声が響き渡る。
此処は、イデアーレ国 第一王宮の広間だ。
レンガと石により作られた冷たくもどこか温かみのあるこの場所は今、いまだかつて無いほどの興奮と熱気が包んでいる。
広間中に敷かれた真っ赤な絨毯は見えないほど人々が集まり、用意された椅子には誰も座っていない。
彼らはその広間の中心にいる人物を一秒でも多く見続けようと、ずっと立ち続けているのだ。
広間の中心に居るのは二人。
一人は子供のように背が低く全体的に丸い、まるで雪だるまを豪奢に飾ったような男。
もう一人は、逆に背が高く全体的に細い、まるで着せ替え人形に皮鎧を着せたような女だ。
しかし、女の身体はあらゆる所に包帯が巻かれ、どこか痛々しい。
男は「異論無いな?」と女を見た。
女は僅かに考える素振りを見せたが、すぐに小さく、しかしはっきりと頷いてみせる。
女が頷いたのを確認すると、更に人々は歓声を上げた。
その様子に、女は困ったような顔で口の端を上げる。
「お前の父達の無念。晴らしてくるといい」
「……お心遣い有難う御座います。しかし……」
女は雪だるまのような男をじっと見つめると、控えめに口を開いた。
それに気付いた人々は口を閉じ、女を見つめる。
「私はこの国に仕える剣士。父や母……家族達の無念を晴らすよりも、この国の憂いを払う為にこの剣を振るいたいと思います」
女は「我侭をお許し下さい」と男に頭を下げた。
その姿に、人々は再び歓声を上げる。
男も「気に病むことはない。すべては、お前の好きにせよ」とだけ告げた。
「……陛下……有難う御座います!」
女は先程よりも深く頭を下げる。
男はそんな女を見て、満足そうに頷くと、歓声を上げている人々に向き直り口を開いた。
「余、プパッツォ・ディ・ネーヴェは此処に願う! 我等が英雄! ローザ・カッツェに神と精霊の祝福があらんことを!!」
「「神と精霊の祝福があらんことを!!」」
雪だるまのような男――プパッツォ・ディ・ネーヴェ王がそう言うと、民も声を揃え、何度も繰り返す。
その光景に、女――ローザ・カッツェは小さく微笑み、胸元で手を組み、祈るような姿を見せた。
興奮は冷めず、そのまま王や民は酒を飲み、舞を舞い始める。それを合図に、国を上げての大宴会が始まった。
ローザは楽しげな人々を見ながら、静かに広間を後にする。
「……よく騒げるわね。私のこの旅は……」
ローザは口から出掛かった言葉を飲み込むと、そっと腰に下げていたレイピアの柄に触れる。
「私は……私は……もう誰にも負けませんわ」
ローザの青く切れ長の目に、鋭い光が宿っている事を、この国の人々は誰も知らない。
彼女は誰にも知られぬ目的を胸に……明日、この国を旅立つ。