第9話 目指すべき方向性
次の日。
午前中は勉学がいつも通り行われ、ようやくの思いで午後の時間をむかえた。
そんな風に感じるのも、きっと次にやることに対して、自分自身ワクワクしていて、内心高ぶっていたからだろう。
妙にそわそわしていたせいか、ライザーもあきれた様子でもう少し落ち着けと言ってきたほどだ。
ちなみに言うと、他二人も例外ではなかった。
そうなるのもしょうがないと思ってほしい。
なにせここに来た理由が、強くなりたいからであるのだから。
ライザーから言われたあの言葉。それに向かっていける第一歩を踏み出せるのだから。
「それじゃ、今すぐやりますかって言いたいところだけど、その前にあなたたちが目指すべき方向性を個別に伝えておくね。個別に教えるのは、自分以外の二人がどんな感じに成長していくのかをあえて知らせないため。後々あなたたち同士で模擬戦をやる一戦目を面白くしたいしね。もちろんそのあとはちゃんと情報の共有はいていくつもりよ」
確かにそれは面白そうではあるが、そこまでするかと疑問を持ってしまう。
それに僕たち三人がこっそりとどういう風になっているかとか話し合う可能性だってあるというのに。
まあ、追及したところできっと教えてくれないのだろう。
「話を聞いたら、大まかにレイはあっち、フェリアはあっち、メイリスはあっちに行ってね。それぞれの場所にそれぞれの基準に合った道具があるから、間違えないようにしてね」
一気に話していったティアさんはふぅと一息つくと、タイミングを計ったように屋敷の中からライザーが現れる。
「大体話終わったか?」
「後は貴方が方向性を教えれば終わりよ」
「りょーかいした。んじゃメイリス、こっち来い」
「え、あ、はい!」
突然現れたライザーから呼ばれたメイリスは慌てたように返事をして、言われるがままにライザーの後ろについていく。
そのやり取りを見て思わずポカンとしてしまった。
「やっぱり意外だった? ライザーがこの時間に現れたのは」
「まあ……そうですね」
「そりゃそうだよね。いつもは惰眠を貪ってるように思われてるわけだし。ま、これから聞く話はちゃんと聞いてあげてね。嘘は言わないはずだから。たぶん、いろいろと面白いことが聞けるはずよ」
ティアさんが茶目っ気をだしながらライザーをかばうように言うときは、大体は真面目に言っている時だ。真面目に庇い立てするのが恥ずかしいのだろう。
だから僕は、その態度に見合うように小さく頷き、自分の名前が呼ばれるのを待った。
☆
メイリスが呼ばれた後、次にフェリアが呼ばれ、僕は最後まで待たされていた。
一体どんな話をしているのか、どんな話を僕にしているのか。そんなことを考えながら待っていると、ついに僕の番がやって来た。
「待たせたな、レイ」
どこかに移動するのかと思ったが、ライザーはここでいいとばかりに手で僕の移動を制する。
確かに二人がいない今、どこかに動く意味はない。
「動くなよ」
ライザーの指示は一言で短く簡潔なものだった。
その指示の意図を僕には読めなかったが、出された指示には従うしかない。
それにライザーは目を閉じて何か集中しているようにも見え、既に実行し始めているのが目に見えて分かった。
その瞬間ゾワッとしたものが、僕の背筋を襲った。
「動くなよ」
ライザーはもう一度僕に言った。
そう言われなきゃあまりの感覚に僕はここから一歩後ろに、ライザーから離れるように動いてしまってただろう。
ライザーのその瞳から。ライザーのその眼から。
あの時も少し感じた、何もかもを見透かされているような、そんな感覚。
「ふぅ……もういいぞ」
ライザーが一息つくと、息苦しささえ感じられていた空気は一瞬にして緩和し、そんなものは霧散していた。
「お前自身、自分の強みは何だと思う?」
突然の問い。その意図は僕自身にはわからなかったが、答えないわけにはいかないのだろう。
「弱い魔法だけだけど、相手の魔法を防ぐことができること?」
「まあ、確かにそうだな。それもある。じゃあ逆に弱みは何だ?」
それは僕の中で決まり切っていることだったために、それに関しての答えはすぐに出る。
「領域がないこと。だから魔法を攻撃として使えないこと」
その答えに、ライザーは一言返してくる。
「お前は自身の領域に関して少しだけ勘違いしている」
「なっ!?」
僕は思わず声を荒げそうになった。
勘違いなんてしようがないはずなのに、僕のことを解ったようなその言葉が腹立たしかったから。
「確かにお前は魔法での攻撃で遠距離攻撃はできないな。そして近距離も然り。要はお前と少しでも離れた敵に向けて魔法を打つことは不可能だ」
改めて突き付けられた自身の弱点。言葉にできない悔しさは、こぶしを握り締めることでしか抑えることができなかった。
「だが魔法を使うことは可能だ。お前がしている勘違いは一つ。お前自身にも領域は存在しているということだ。【鑑定】してみた結果、お前には体の表面に張り付くように領域が存在しているんだ。ただ本当に張り付くようにしか存在しないから、零と表示される」
領域が自分にもある。その事実を伝えられたが、領域は無いに等しいということでもある。
結局のところ、それだけではライザーが僕に何を伝えたいのか、僕の勘違いが何なのかは分からなかった。
「お前はさっき言ったな。自分は魔法で攻撃できないと」
「言ったけど……」
「そこが一番の勘違いだ」
僕の中にあった勘違いを一刀両断するかのような鋭さで、ライザーは口ごもった僕に事実をつきつける。
「いいか? お前の中には俺が今まで見てきた中でも希有なほど膨大な魔力が宿っている。そして、それを使うコントロールも、その年にしてほぼ完璧になっていると言ってもいい。きっとそれはお前がいろいろと魔力を使って模索していたからだろうな。何度も言うが確かにお前は遠くはもちろん、近くでも魔法で攻撃することはきつい」
スッとライザーは僕を見てくる。
その瞳の力強さは、普段のライザーを考えればありえないほどのものを感じた。
「だが、相手に接触さえしていれば、零距離ならお前は最強の攻撃魔法を使えるんだ。それだけの魔力とそれを扱うコントロールがお前の中には存在している。そして、防御の魔法も覚えさえすれば、今まで以上に存分に扱えるようになる」
あの時の言葉をもう一度言う。
ライザーはそう前置きをして、真剣な表情で、決して逸らすことができない瞳を僕にぶつけ、告げる。
「お前はあの国で、余裕でトップになれる」
次話は七年後の話になります。