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零の領域  作者: ziure
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第6話 修行の開始

「ほれ、次だ次。早く解けよ。俺だって暇じゃねえんだ」


 ここにやってきて二日目。

 僕らは今絶賛勉強中だった。

 目の前には足し算や引き算といった計算が載っている紙の束。それらをとにかく解いていく。

 強くなるために来たはずなのにこんなことをしていることに不満を漏らしたりもしたが、ライザーから強くなるために必要なことだと言われれば、それはもうやるしかないだろう。


「ほれ、やり方は教えてんだからこれくらい早く解いてみろ」


 とは思いつつも、こんな風に煽られながらやるのは何というか納得がいかない。のだが、教え方に関しては要領がいいというか、とにかくうまいのだ。そしてなにより、こいつ自身のスペックが無駄に高い。

 今こうして僕らが苦戦している問題も、聞けば考える時間も一瞬ですぐに答えが返ってくる。


「できました!」


 そうこうしているうちにフェリアが手を上げ、終わったと宣言する。ライザーはそれを聞いてフェリアの傍によって解いた紙の束をペラペラとめくっていく。


「ホイホイっと、どれどれ……うんおっけー。じゃあ次だな」

「えっ?」


 モノの十数秒で確認を終えそう言うと、どこから取り出したのかフェリアの目の前に紙がドンと置かれる。

 絶望顔で涙目のフェリア。満足気でニヤニヤ顔のライザー。

 二人は酷く対照的だった。


「一応やり方は紙に書いてあるから、簡単にだけ説明するぞー」


 朝食を食べてから、昼食を食べるまでの間、監獄のように拘束されたまま僕らは勉強をし続けた。





 昼食後、僕らは外に集まっていた。

 曰く、午後は体を動かすぞとのこと。

 僕ら三人の前には、いつも通りメイド服姿のティアさんがその姿には決して合わないモノ――木刀をもって僕らを見据えていた。

 はっきり言う。めちゃくちゃ怖い。


「あいつからはそれなりに戦えるように体をつくらせろって言われたからね。さてさて、どうしよっか……スパン的には長期的だから……まずは一個目の目標でも立てよっか」


 そう言ってティアさんは僕らの頭に帽子をかぶせる。


「とりあえず私から逃げてね。その帽子を取られたら終わり。私が十数えたらスタートだよ」


 そして、それじゃ逃げて逃げてと言ううティアさん

 これは遊びか何かか? まあ言われた通り逃げればいいのだろう。





「そうだね……最初の目標としては三人で三十秒逃げ切ることだね。それを目指して鍛えていくよ!」


 僕ら三人はというと、息も絶え絶えで、今にも力尽きてしまいそうだった。一方のティアさんはというと、少し頬が上気しているくらいで、平然としていて、全く息も乱れていない。

 

 遊び、そんな風に思っていた過去の自分を殴ってやりたい。

 これをやってみた回数十数回。

 最初の一回目は訳も分からないまま、気付いたら帽子がなくなってた。二から五回目は警戒してたにもかかわらず、これまたいつの間にか帽子が消えていた。正確には残像が見えたけどどうしようもなかった。

 十数えるその時間で懸命に距離を稼いだり、木の影に隠れたりといろいろとやってみたけど、どれもこれも上手く行った試しがない。

 正直言って三十秒逃げきれる未来が見えない。

 というか、人ってあんなに速く動けることに驚きを隠せなかった。

 こういう風になれるんだという希望を与えられたと同時に、これを相手に三十秒逃げられるようにならなければならないという目標の高さに気が遠くなる。


「とりあえずはそうだね……。基礎体力をつけよっか」


 そう言って課せられたメニューは僕らの年齢に果たして合っていたのかどうか僕には全く分からなかった。

 だけれども、木刀を持ったティアさんを目の前にしてはどうやっても無理だろうと思うメニューもこなさざるを得なかった。


 恐怖で縛る教育は良くないと思います!







「ふはぁあ……生き返る……」


 午前に勉強、午後に運動。

 勉強に関しては、才能がないと自覚した時に努力をしてきた自負があるから、そこまではつらくなかったけど、午後の運動はさすがにきついの一言に尽きた。


 後々の方では、さすがについていけなくなったフェリアとメイリスを傍目に、ティアさんは「男の子だし彼女らの分もやろうか」とか言って、僕に対してさらに追加で運動をさせたのだ。果たしてあれをただ単に運動と表現するのが正しいのかどうか、僕にはわからない。


 おかげで一日目にして逃げ出したい気持ちになってしまった。

 きっと強くなりたいという意思の強さが半端であったのなら、すぐに諦めてしまっていただろう。

 だけど自分自身の力は全くない。他の人よりも努力しなければならない。ずっと前から抱えていた気持ちが今日の僕を支えていたように思う。


 そういうわけで何とか一日目を乗り越えた。

 きつすぎた訓練の後のこの温泉。ありがたみを身をもって感じているように思う。心身ともにほんとうに癒される。


「ふうー……」


 思わず息を吐く。そうすることで今日の疲労がその呼気と共に少しばかり抜けていく。

 が、ガラガラという扉がスライドする音を聞いて一瞬にして体が強張る。


 訓練が終わった後の疲れた体に鞭を打って、一応、念のため、万が一に備えて、男女のマークはきっちりと確認したし、風呂に行く前にティアさんにライザーが変なことをしないように声もかけた。

 だからこそ安心しきっていたのかもしれない。


「あっはっはっはっは、ビビってやんの」


 そうして恐る恐る後ろを向けば、腹を抱えて笑うライザーがそこにはいた。その反応にむかつきはするが反応してしまえば負けである。

 僕の反応でひと笑いし、それで満足したのか、ライザーは僕の隣で風呂につかる。

 なぜかあまりに近くて気持ち悪かったので、さすがに少しだけ距離を取る。

 それに関しては気にした様子もなくライザーは僕に声をかけてきた。


「どうだ、今日は疲れたか?」


 その内容があまりにも普通すぎて、返事が少し詰まってしまう。

 それも仕方のないことだろう。

 ライザーが僕の隣にきて話しかけた時は、大抵くだらないことばかりを聞いてくる、もしくは言ってくるのだから。例えば、フェリアとメイリスどっちが可愛いと思うとか、フェリアたん可愛いよねとか、お前って女装したら超かわいくなりそうだよなとか。……思い出したら殴りたくなってきたよ。

 

「まあ、さすがに疲れたよ」

「だよな。傍から見てて、ティアの奴、鬼だなって思ったし」


 そう言ってゲラゲラと笑うライザーだが、すぐにまじめな顔になる。その顔の表情が僕の中では意外過ぎて、思わずごくりとつばを飲み込んでしまう。


「一日目にしてあんな風にスパルタみたいな指導してるけど、あいつはあいつなりにお前らのことを考えてやってるから……それだけは忘れないでくれ。なんつーか、嫌わないでやってくれると俺も嬉しい……なーんてガラじゃなかったか?」


 確かにそういったことに意識を向けるのはこいつのガラではないように思う。

 というかこいつがあんな綺麗な女性と一緒にいること自体意外で仕方ないんだけどな。逆にティアさんがライザーといることも意外である。


「その心配に関しては大丈夫だよ。訓練中は鬼かもしんないけど、ティアさんが優しいというか気配りができるのはちゃんとわかってるつもりだし」

「そうか。ならよかった」

 

 そう言ってほっと息を吐くライザー。


 だけどその様子も一瞬のこと。切り替えの早さはさすがなもので、普段の飄々とした雰囲気に戻り、ニヤニヤとした表情になる。


「で、話は変わるけど……昨日の感想を教えてくれよ」

「は?」

「いや、だって見ただろ。二人のあられもない姿を。あんなご褒美なかなかありつけないんだから、お礼としてお兄さんに二人の姿を見た感想を言ってみ」


 せっかくの真面目な空気を一瞬にして崩してしまうのはさすがだと思うが、その話題のチョイスは最悪にもほどがあると思う。そもそもすさまじく一瞬で意識を飛ばされ、さらに言うと湯煙がすごかったので、見てないに等しいんだけどね。


「……ティアさんに言ってやる。今さっきの話全部」

「ちょっと待て、それはずるい! てか、感想言うくらいいいじゃねえかよ」

「いやだね。それじゃ、もうあがるから」

「おい、逃げんなよ!」


 ライザーの叫びを後ろに聞きながら、僕は風呂場から逃げるように出ていった。

 一応ライザーがティアさんに対してあんな風に心配していたことは言わないでおいた。

 でも何も言わないのは癪なので、食事の時にライザーがまた悪だくみをしていたと伝え、ティアさんにお灸をすえさせるということをさせてもらった。




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