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零の領域  作者: ziure
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第5話 紹介

 自分の部屋も決まったので、各自荷物の整理をすることになった。

 長旅ということもあり、スタートの時点でこういう部屋に置くようなものはあまり持ち出すことはできなかったが、ここに向かう際に寄る最後の町に入った時に、最低限の服とか必要なものとかを買わされたため、案外荷物は多かったりする。


「ふぅ……とりあえず終わったな……」


 一通り荷物の整理も終わったので、ゆっくりするために風呂に向かうことにする。

 そうと決まればさっそく行こう。

 この部屋もそうだが、質も大きさもこの屋敷はどこもかしこもクオリティーが高い。

 だから風呂があるということを聞いて、僕はとてもそれが楽しみだった。

 まず第一に『風呂がある家』というのは、それだけである種の財力の誇示になる。

 貴族でもそれなりお金がなければ作ることもままならないし、維持するのにもお金がかかる。さらに水をあれだけ貯め、そして温めること自体なかなかに厳しかったりするのだ。

 要は風呂というのは珍しいもので、普通は濡らしたタオルとかで体を拭くのが一般的なのだ。

 きっと風呂があるという事実を聞いたあの時、フェリアとメイリスの二人も心の中では歓喜していただろう。


「うお、まさか二つもあるのか?」


 風呂があると言われた場所に行ってみれば、目の前には二つの掛け軸があり、それぞれ赤い文字で『女』と青い文字で『男』と書かれていて、その奥に扉があった。

 とりあえず男と書かれたほうの扉に手を掛け開けると、まだ風呂の外だというのにむわっとした湿気の強い空気が全身を包んだ。その湿気にちょっとした感動を感じながら、服をすべて脱ぎ、いっぱいある入れ物ののうちの一つに入れ込み、風呂場へと向かう。


「これは……すごいな……」


 思わず感嘆の声が漏れてしまう。

 その空間の広さも言わずもがな、風呂の大きさはさすがの一言に尽きる。どこかの湖なのではないかと思うほどの広さを感じさせる。

 そしてなにより風呂を感じさせる湯気が立ち込めていて、入る前から想像の心地よさにやられてしまいそうだった。


 とりあえず、手短にあった水が入りそうな入れ物を使い、ジャバジャバと全身に湯をかける。

 熱すぎず、かといって温くもない最高の湯加減だった。


「ふうぅ……気持ちいい……」


 全身を隈なく温めてくれそうな風呂に身を入れると、それは想像以上の気持ちよさだった。

 森の中を歩いてきた疲労も相まって最高に心地が良い。

 思わず息が漏れてしまう。


「わかるわ。このお風呂、ホント最高よね」

 

 その瞬間、ほぐれていくはずだった筋肉が硬直する。つまり思わず固まってしまった。

 返答のように帰ってきたこともそうだが、その声が女性のものとしか思えなかったからだ。


「ね、|貴女≪・・≫もそう思うでしょ?」

 

 湯気で人影が見えなかったなんて言い訳はできないだろう。

 いつの間にかこちらに歩み寄ってきた女性は、その大きな胸のふくらみを隠すことなくこちらに微笑みかけてくる。その頬は風呂に入っていることもあり、ほんのりと赤みを帯びていて、すごく色っぽく感じる。さらに言えば濡れた髪もまた艶めかしい。


「あの、僕は……!」

「あら、慌てちゃって。可愛い」


 弁解しようと思い声を懸けようとするが、さらに近づいて僕のことをじっと観察してくる女性。

 いや、観察するのはいいとして、とりあえずいろいろと隠してほしいんですけど!

 そして何よりも、言いたい。ちょっと心が傷ついたのでいってやりたい。


「……僕、男なんですけど」

「え? うそ?」


 女性は僕の発言に驚いたように口をポカンと開けて呆然とする。

 そして顔に向けていた視線をゆっくりと下に向けてくる……ってちょっと!?


「あ、ほんとだ。ってことは、またか……あの人は……」

「……? また? あの人?」

「いいから、早く上がったほうがいいわよ、って遅かったわね……」

「え?」


 正直言っている意味がよくわからなかったが、それはすぐに理解させられた。


「わー!! 広いね!!」


 まず、フェリアの声がそこから聞こえてきたからだ。


「うん、そうね。ここまで広いお風呂は滅多に見れないわ」


 そしてさらに、メイリスの声も聞こえてくる。

 その事実に愕然としながらも、とりあえず一つだけ聞きたい。


 ……ここって男湯のはずだよね?


「あれ?」

「どうしたの、メイリス?」

「いや、私の見間違いじゃなかったらなんだけど……レイが、そこにいる」

「ええ!?」

「そして近くに、女性が」

「「…………」」


 あれ、もしかしなくても、僕、やばい?


「「「あ」」」


 振り向いたその瞬間。

 ばっちり二人と目が合った。

 視線を少し下げれば、身に纏うものが何もない彼女らの、幼いながらも女性を感じさせ始める穏やかな膨らみが見え――


「「きゃあああああああ!!」」

「ちょ、まっ――」


 ――そうになった瞬間には、既に僕の意識はどこかへとんでった。





 目が覚めると、そこは知らない天井だった。

 ていうか僕風呂に入っていたはずだよな?

 確か一人で入ってると思ったらなぜか目の前から女性が来て、と思ったらメイリスとフェリアが男湯にやってきて。

 うん、そこで記憶がなくなっている。

 とにかく今言えることといえば、おでこのあたりがものすごく痛いということだけだ。


「やっと目ぇ覚ましたか。飯だから早く来いよ」


 ライザーはそれだけ言うと部屋から出ていった。

 どうやら僕が気がつくまで見ていたらしい。

 なんだかんだ面倒見が良いよな……。


 そんなことを思いながら体を起こし、自分の部屋から出る。


 食事をする部屋にやってくると、そこにはすでにフェリアとメイリス、ライザーがいた。

 ここもまた豪勢な感じで、長方形型の長いテーブルに人がいない席にも椅子がきっちりと並べられていて、各自の目の前には食事が並べられている。

 とりあえずその食事が並べられている中の、あいている席に座る。

 僕の目の前にはフェリアが座っていて、ジトーッとした視線を向けてきてるのを感じる。

 原因はわかりきっているので、何とかしようと思いフェリアの方に顔を向けるとふいっと顔を逸らされる。ならばと思いメイリスの方に視線を移せば、かーっと顔を赤くしてうつむいてしまう。

 なんというか、心が痛いです。そして、どうすればいいか教えてください。


 そんな僕らの様子の何が可笑しいのか、くっくっくと堪えきれなくなってしまったような笑い声が耳につく。


「全く本当に人が悪いわね」

「「「うわぁっ」」」


 いつの間にそこにいたのか、メイド服を着た女性がライザーの後ろに立っていた。

 そして、それはもう無駄のない所作で、音も立てずにナイフやフォークといった食事に使う道具を置いていく。

  

「あんがとよ、ってどうしたお前ら?」


 ライザーはその女性にお礼を言うと、驚いた反応を見せた僕らに対し、ドッキリ成功と言わんばかりにニヤリと笑いながらそう言ってくる。


 ていうかあの人の容姿……腰まで伸ばされた黒い髪に、女性らしさを際立たせる大きな胸。

 間違いなく、風呂場であったあの女性だ。 

 女性も僕の方に気づいたのか、にこりと笑みを見せる。

 やばい、思い出したら顔が赤くなってしまいそうだ。


「ああ、そういえば紹介してなかったな。この屋敷のメイドのティアだ。容姿端麗、家事全般から戦闘までなんでもできるから困ったら何でも聞け」

「どうもー! ここのメイドをしてるティアでーす。気軽にティアってよんでね。これからよろしく!」


 僕らに対して陽気にあいさつをするティアさん。


「そんでもって性格がこんなんだから、メイドという感じは全くない」

「余計な一言よ、それは!」


 ティアさんはライザーの脳天に手刀をかます。


「いてっ。とまあ、このようにすぐ手が出る」

「うるさいっ」

「おっと」


 ライザーの挑発に、ティアさんはもう一度攻撃を仕掛けるが、今度はライザーが見事によける。

 

 メイドってもっときっちりしたイメージがあったんだけどなぁ。

 それはどうでもいいとして、ああいうやり取りを見てる限り、二人はどう見てもメイドと主の関係ではなさそうだ。


 そうした二人のやり取りが終わったのを見計らって、僕ら三人の自己紹介を簡単に済ませると、ライザーが取り仕切るようにパンと手を鳴らす。


「というわけで、しばらくの間この五人で暮らすことになる。ま、いろいろ(・・・・)とあると思うがみんなで仲良く暮らしてくれ」


 いろいろの部分に無駄な強調が入ったような気がするが、気のせいではないんだろう。

 だって僕らの様子を伺うように視てるし、なによりニヤニヤとした表情がそれを物語っている。

 だが、そのニヤニヤも一瞬のうちに凍りつく。


「何がいろいろとあると思うがー、よ。そんな風にいろいろ起こす原因はいつも貴方でしょう? 今日だって風呂場の男女の看板逆にしてたよね?」

「「「え?」」」


 自分の分の食事があるところに座りながら、ため息交じりに指摘をするティアさんに、ライザーはすーすーすーっと口笛を吹こうとして全く出ていないという何とも悲しいごまかし方をする。

  

「まあ、これっきりにしろって言ったところで治るものじゃないだろうし、とりあえず後で痛い目でも見てもらいますか、ね?」

「はい!」


 ごまかしは許さないよ? と訴えかけるように圧力を与え、さしものライザーも思わず背筋を伸ばし返事をしていた。その圧力を目の前で受け止めてしまったら恐怖で縛られてしまいそうだ。目の前でダラダラと冷や汗を滝のようにながすライザーのように。

 

 そのライザーの様子を見て、まあいいかとでも言う様に一息つくと、申し訳なさそうな様子でこちらを見る。さっきまでのオーラが嘘のように霧散していて怖さは全く感じられなくなっているが、その切り替えが逆に怖いと感じてしまう。


「ああいった悪戯は出来るだけ監視をして未然に防いでいくつもりだけど、見落としたりもすると思うから、皆も気をつけてね」


 僕はその言葉にただただ頷きを返すことしかできなかった。


「それじゃ、おいしい料理が冷めないうちに食べましょ? 今回は私の自信作ばっかりだから絶対おいしいわよ!」

 

 ほら、食べて食べてと勧めてくれるティアさんに甘えて、遠慮なく目の前に広がる料理の一つを口に入れる。

 自信作というだけあって、それはもう感激するくらいおいしい。

 噛めば噛むほど、飲み込むのがもったいないと思ってしまうほど、おいしさが広がってくる。

 手が止まらないとはこのことを言うのだろう。僕は次々と料理を口に運んでいく。それは僕だけではなく、フェリアとメイリスも同様だった。あのライザーですら、無駄口を叩かず、一心不乱に食べている。

 皆がおいしそうに食べているその様子を、ティアさんは嬉しそうに見ている。


 この料理が毎日食べれるという喜びを感じると同時に、気付けば綺麗に平らげてしまっていたこの料理に慣れてしまうことが怖いなと思う。


「ほんとに美味しかったです」

「そう? 喜んでくれてよかったわ」


 食べ終わって素直に感想を言うと、ティアさんは嬉しそうに微笑む。

 フェリアもメイリスも口々に美味しかったと伝えると、その笑みも深さを増す。 


「俺はもうちょい濃い方が好き」

「今度は味なし――」

「――ごめんなさい」


 わがままなライザーに対しては、それ相応の対応をしていた。

 ていうかライザー完全に胃袋握られてるし……。

 自分も気づいたときにはああなっているんだろうなと、ちょっとした恐怖を感じながら、ライザー邸での一日目は終わりを告げた。

 


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