第4話 到着
僕たちは今、自然にあふれた森の中に作られた道を歩いていた。
「まさか、こんなところまで来ることになるとは思わなかったよ」
僕にとっての妹的なかわいい存在であるフェリア、ちょっとお嬢様気質でつんけんしているがなんだかんだやさしさがあるメイリス、そしていろいろと隠していることが多い男ライザー。
この三人と共にする旅は思った以上に長期的な旅だった。
「そうだよね……。まさか自国から出るなんて思わないよ」
もともと体力があるほうではない、むしろ体力がないといえるフェリアにとってここまでの長旅はきついものだっただろう。
その足取りは重そうで、すでに疲れが露わになっている。
「さらに言えばこんな森の中に来るなんて、思いもするわけないじゃない」
フェリアとは対照的に疲れを全く感じさせず、うんざりとした様子で森の中を歩くメイリス。彼女はさっきから少し歩けばチラチラとフェリアのことを見て気にかけている。
ちなみにこの二人、旅の途中で何かあったのか、初対面のときのあのとげとげしい関係から一転して、いつの間にか仲良しになっていた。
今も見れば、足取りが重いフェリアを心配した様子で振り返って「ここ、段差になってるわ。気をつけなさいね」とメイリスが言えば、「うん、ありがとう」と笑顔でフェリアが応えるくらいには仲良しだ。
てか、メイリスさん。仲良くなると途端に過保護になるんだね。
「うーん、百合百合しいねー」
先を歩きながら後ろの二人のやり取りを見ては、ニマニマとした顔になり、ついには危うい言葉をこぼす男、ライザー。
うん、相変わらずこの男は怪しさ満点だな。
だが、怪しさと反比例してこの男はしっかりとしていた。この旅ではその事実を思い知らされたような感じだった。
食事から宿泊、移動手段の手配、野宿時の見張り、魔物との対応。そういったところの対応はさすがの一言に尽きた。
やるときはやる男。
ライザーの最近の印象はそんな感じになってきている。
この変な怪しささえなきゃなと、残念な視線を向けることも増えてきていたりもする。
「それでどこまで中に入っていくんだ? もう少しで着くっていったのに」
「ああ、まあ、もう少しだ」
ちなみにこのやり取りはこれで三回目。
一体いつになったら着くんだか……。
もうすぐだとライザーに言われた時のフェリアのぱあっとした笑顔は、僕が二回目尋ねたころには消えてなくなり、気づいたころにはズーンとなっていた。
その表情の変わり様もあって、心配そうにメイリスが面倒を見ていたりもする。
そろそろ僕の足取りも重くなってきた時。ようやく木がほとんどない開けた場所に出た。
さっきまでは森ということもあり、日中だというのに日差しを浴びることもなかったが、そこには太陽光が降り注いでいた。
そしてその開けた場所の中心にはポツンと一軒の家が建っていた。
いや、ポツンと言う表現はあまり正しくないかもしれない。
「もしかしてあれか? 目的地って」
「どこかの貴族の豪邸ね」
そう、メイリスが言ったように、どこかの貴族が住んでいるかのような豪邸だった。
だからもし形容するならポツンではなく、ドーンといった感じだろう。
「ま、土地が余ってるからねー。多少無駄に大きく作っちゃったって迷惑かかんないし。ちょっと調子に乗ったことは反省してるけど、後悔はしてない」
きりっとした決め顔でライザーはそう言うが、僕は苛立ちよりも先に驚きが出てきた。
「ライザーさん、もしかして、あれ一人で作ったの?」
「楽しくて、つい。てへぺろ」
「うそ!?」
「すごい!!」
一言簡単に答えるが、あれを一人で作るって相当な労力だと思うんだが……。というか、一人で家をつくるということ自体、僕としてはおかしいと思うんだが。
「なんというかな、場所をつくるために木を伐採して、それをそのまま燃やして捨てるのももったいないなって思って、だったら住むところをつくろうってなって、こうなっちゃった。あっはっは」
呆れた顔をしていた僕に弁解をしようとしたつもりだったのか、言い訳がましく事の発端を述べるライザーだが、結局のところ呆れ方はむしろ増したような気がする。
最終的には笑ってごまかそうとするが、そんなんでごまかすなんて無理だからな。
「とまあ、そんなことはどうでもいいんだ。とりあえず中に入ろうぜ。オレ疲れたよ」
そう言ってすぐに歩き出すライザー。
「ま、着いたってことでいいのよね?」
「そういうことだろうな」
「やったー、やっと休める……」
確認したように問うメイリスに、僕はとりあえず頷いておく。だって目的地って言ってたしな。
フェリアは僕の言葉を聞いて、疲れ切った様子で、だけど本当にうれしそうにしていた。
「入って驚け、見て驚け」
ライザーは僕たちに向かってにやりと笑いそういった後、目の前の扉に手をかける。
そして、重厚そうなその扉をギィッという音を立てて開け、自分は脇によけると僕らを誘うように手で入れよと指示する。
「うわっ」
「ほわぁ……」
「すごいわね……」
遠慮なく言われた通りに入ってみると、そこはすごいとしか言いようがなかった。
僕も、フェリアも、メイリスも、驚きのあまり皆そろって口をポカンと開けてしまう。
まず最初に気づくその空間の広さ。どこのパーティー会場だよと思ってしまう。きっとそこらへんの貴族なら余裕で招待することができるレベルだろう。
天井は一体何メートルあるんだと問いただしたくなるくらい高く、その天井にはシャンデリアのようなものがぶら下がっている。
そして見渡せばいくつもある部屋と部屋と部屋。
まさしく豪邸と言うに相応しいものがそこにはあった。
「しばらくの間ここに住むつもりだから、部屋とか適当に決めとけよ。ちなみに飯食うところはあそこの奥の部屋。飯だーって言ったらそこに集まれよ。時間厳守。後は、風呂とかも作ってあるからな。結構でかいぞ。自信作。二時間後ぐらいに飯にするつもりだから入りたきゃすぐにでも入っていいぞ。後は……なんか伝え忘れたことがあったような気がするんだが……まあいいや。後は適当に自分たちの眼で見てくれ」
俺は一旦自分の部屋でごろごろしてるから。そう言い残してライザーはそのままそこら辺にある部屋の一つに入っていった。
良く見れば『俺の部屋』と書かれた看板が掛かっている。
てか俺の部屋って、適当にもほどがあるだろ……。
「それでどうする?」
「あいつの言うとおりにするのもちょっと癪だけど、部屋割でも決めましょう」
「それもそうだな。なんか無駄に部屋があるから、とりあえず一個一個見てみるか。気に入るのがあったらそれを自分の部屋にすればいい」
「うん。私はそれで異論はないわ」
メイリスとの対話で今この場でやることがおおよそ決まったので、フェリアにそれでいいかを聞くために視線を向ける。
「私はレイと同じ部屋がいい。部屋はレイが適当に決めて良いよ……」
疲労がピークに達しているのか、眠そうな瞳をなんとか開きながらフェリアは応えるが、返答はさすがにまずいものだった。
「フェリア、何言ってんのよ!? さすがにそれはダメよ!!」
それにすかさず反応したのはメイリスだった。
「ふぇ、どうして?」
「いや、どうしてって……女の子として! ほら、寝顔とか隙のある姿とか、男に見られるのって嫌でしょ?」
「うーん、レイなら私は別にいいよ」
これはちょっと面倒くさい事態になりそうだ……。
「フェリア、せっかく多くの部屋があるんだから、一人一部屋でちゃんと別れよう。僕としてもたまには一人で居たいことがあるし、それに同じ家に住んでいるんだから、いつでも僕の部屋に遊びに来ればいいだろ? だから自分の部屋は自分で決めてくれ」
「分かったよ……レイがそこまで言うなら」
何とか納得してくれたようでなによりである。
そういうわけで、一つ一つの部屋を確認した後、自分の部屋を決めて、その場を後にした。