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零の領域  作者: ziure
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第12話 模擬戦

「それじゃあ、かかってきていいよ。いつでもどこでもどこからでも、好きなように向かってきていいからね」


 特に身構えることもなく、ユーキさんは僕たちに向かってそう告げる。

 隙だらけに見えるその様子は、まるで君たち三人相手なら全く問題ないとでも言いたげな雰囲気である。


「安い挑発ね。そんなんで向かっていく奴なんて三流もいいとこじゃない」

「いやー、一応こういうところから試さないと実力って分からないじゃん? だからそんなにムッとしないで」

 

 メイリスが言ったように、その隙だらけな姿はフェイクである。

 ここに入ったとき、すでに領域が展開されている以上、それは臨戦態勢ということであり、おそらくいつでも魔法を放つことができるはずである。


 魔法の領域は魔法を放つために必ず展開する必要があるものである。

 魔法を放つためには順序があり、まずは領域を展開する。次に魔法陣を領域内で展開、もしくは詠唱を行い準備をする。そして魔法を放つ。

 人によっては威力を犠牲にする代わりに、魔法陣を展開しなかったり、詠唱を省略したりして、魔法を放てる才能を持っている。

 つまりは領域を展開しているということは、魔法をすぐに放つことができる可能性がある。

 その可能性がある以上、何も情報がない相手に、何の準備もなしに突っ込むことは、相当腕に自信がある場合か、ただの馬鹿もしくは阿呆である場合かのどちらかである。


 そして今、目の前にいる相手が強者であるのは、間違いない。

 それに入った瞬間、つまりは展開された領域内に入った瞬間、全力戦闘時のティアさんの領域に入った時と同じ感覚――背筋に寒気を与えるようなもの――があったのだから。  


「やっぱりちゃんとその感覚は身に付いてるみたいだね。意外にうちの学園でもそれが身に付いてない子って多いんだよねー。またはわかってても無鉄砲に先手を打とうとして突っ込んじゃう子とか。全く今まで何を学んでいたのかっていうね」


 戦闘中によくしゃべる人だな……。

 こちらの様子をいくらでも見る余裕があるとしても、これ以上無駄口を叩ける余裕くらいはなくしてやりたい。

 

 それに実力を見る以上相手はこちらに先手を譲ってくれるはずだ。

 それを活かさない手はない。


 相手は迎撃する準備、もしくはこちらの攻撃を防ぐ用意がすぐにできる態勢と考えるのが妥当だ。


 こういう時こそフェリアの出番である。視線を送ると、既にその準備に入っていた。

 魔力を集め始めるフェリアを見て、ユーキさんもフェリアに注意がいく。その想像以上の高まり方におかしさを覚え始めたのか、焦りの色が少し出ている。

 そして、完成した彼女の魔法。両手をユーキさんに向け、魔法陣の構築と共にそれを唱える。


「全部燃えちゃえ! 『ファイヤーボール』」


 ファイヤーボール。

 それは自分の手元から真っ直ぐに火の球を飛ばす下級の魔法である。

 魔法には階級があり最下級、下級、中級、上級、最上級と階級が上がるごとに威力は桁違いなほど上がっていく。

 最下級は水を出す、火を点けるなど生活魔法とも言われる魔法にあたるので、下級の魔法は攻撃系の中で威力が一番低い。

 にもかかわらず、それを見たユーキさんの反応は口をへの形にし、そして叫ぶ。


「こんなん下級の魔法じゃなーい!!」


 そうなるのも無理もないことだろう。 

 通常のファイアボールは手のひらサイズで、大きくとも人の頭より一回り大きいくらいである。


 だが今ユーキさんに迫っているフェリアの放ったファイヤーボールは人を飲み込むに十分な大きさがあるのだから。

 それも、そんなものが五発も目の前から迫っているのだから。

 魔法の名称自体は下級の魔法かもしれないが、その威力は見た目の通り異常で、中級をゆうに超えているだろう。


 フェリアの放った魔法に思わず悪態をついたユーキさんだったが、さすがというべきか、いつの間にか創っていた水の刀を、向かってきた火の玉に対して一回ずつ振るっていき、易々と切り裂いて対処してみせる。

 

 ――パシャッ。

「ぐっ」


 が、その切り裂いた玉の間から現れた、小さな水の球にすぐには気づけず、顔面を捉えられてしまう。正確には顔の目の部分。

 それはメイリスが放っていた魔法である。

 威力があり目立つ魔法を放った陰で、メイリスはそんな繊細な魔法を放っていたのである。

 

「くっ、大きな魔法の裏で詠唱と魔法陣破棄の魔法か!」


 だが、ぶつけたとしても全く威力のない魔法。

 当然決め手には欠けるし、威力はなく。目眩し程度にしかならない。


「もらった!」


 だが、逆に目眩し程度でも、一瞬の隙さえあれば、これくらいの距離ならば相手の懐に入る時間はできる。


「手紙で君たちの能力は見たって言ったよね?」


 一撃を与えに行った僕に対して向けられる、背筋がゾッとするような冷たい声。

 ユーキさんの背後で攻撃態勢に入っている僕の姿を目では捉えていないのに、こっちに向かって正確に水の刀が向かってきている。

 

 スローモーションに見えるその一撃。それは走馬灯とかそういうのではなく、自分が落ち着いていると把握できているときの現象。

 目でしっかりと刀を捉え、自分の近接戦闘の技術を使って、手の甲ですべらすようにして、その水の刀を逸らす。

 

「なっ!? まずい!」


 その行動に驚いたのか、声を上げるユーキさん。

 ようやく見えた決定的な隙を逃すことなく、ユーキさんの脇腹に掌を添え、


「なーんちゃって」

「ガッ……!?」


 ようとしたときには、ユーキさんの陽気な声と共に与えられた頭への衝撃で地面に倒され、刀を首筋に当てられる。

 正直何が起こったのかよくわからなかったが、自分が倒されていることだけはわかる。

 

「まだやる?」

「いえ、私たちの負けですね」


 ユーキさんからの問いかけにメイリスが代表して負けを受け入れる。

 メイリスとフェリアの背後にはいつの間にか大きな魔法陣が展開していた。


 その正しい状況判断にユーキさんは嬉しそうに笑みを浮かべ、魔法陣を解き、刀を首筋から外す。

 そして、大きく息を吐いた後、ユーキさんは天を見上げる。


「……まさか固有スキルを使わされるとはね」


 ボソリとつぶやかれた言葉は僕にはよく聞こえなかった。



☆ ☆ ☆



 戦いの後さっきまでいた学園長室に戻ってくると、座るように促される。


「さすがに三対一とはいえ、ライザーに鍛えられたと言っても君たちにまだ(・・)負けるわけにはいかないね」


 いつの間にか用意されていたお茶を僕たちの目の前に置きながら、軽い調子で僕たちに向かって言うユーキさんに対して、特に苛立つことはない。

 なにせ彼からは、ティアさんと同じように底知れない感覚を僕らに与えていたからだ。

 ちなみに言うと、何百何千とティアさんと模擬戦をこなしてきたが、こっちが全力(・・)でやっても一度も勝てたことがない。あっても少しダメージを与えることくらいである。

 そんな人と同レベルの圧迫感を与えてきているのだ。悔しさはあれど苛立つことはない。 


「とりあえず、入学は当然問題ないとして、どこのクラスに居れようか?」


 ユーキさんはテーブルをはさんだ逆側に座ると、そう言って頭を悩ませはじめる。

 

「優秀っちゃ優秀だから上位クラスに入れる方が僕的にはいいんだけど……んー、注文通り下位クラスに入れるべきなのか……?」


 ぼそぼそと独りごとを呟くその姿はちょっと不気味でもある。

 

「……あの人には借りがあるから言われた通りにするか……」


 最後に少しだけ聞こえた『あの人』という単語は誰を指すのか、なんとなく予測がついて嫌な予感がする。  


「とりあえず、君たち三人は全員一緒に一番下のFクラスに入れさせてもらうね」




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