第1話 出会い
才能。
それは努力などでは決して手に入れる事のできないモノ。
変な言い方をすれば、その人にはその人の才能が有り、その人にはない才能がある。
それを人は向き不向きとか相性が良いとか悪いとか、そんな感じで表現する。
この世界は残酷なもので、何か有用な才能がなければ、他にどんな才能を持っていようと、それはないと同様にとらえられ、使えない奴として認識される。
さらに言えば、使えそうな才能をたくさん持っているのにもかかわらず、ただ一つの才能が全くないせいで使えない奴として認識される。
魔法。
その力が現れてから、この国は一気に変わった。
努力をすれば何とかなる。そんな言葉は儚い夢のような物語の出来事でしかなく、そんなことを口にすれば戯言を言うなと言われる。
その力は努力などではどうしようもない才能という壁がいくつも存在し、そしてそれは生まれてすぐに行われる儀式によって判明する。
残酷という言葉がふさわしいほどの徹底された判別。
儀式の結果次第で自身の子供を捨てることも珍しいことではない。
★
俺はこの街が嫌いだ。
活発に見えるその光景の影で、犠牲という言い方が正しいのかは分からないが、そういう犠牲になっている奴らがいるからだ。
徹底されている、徹底されつくしている残酷なまでの実力主義。
いや、これは正しくないな。
この街は、いや国は才能主義だ。
それが悪いと決めつけるほど子供ではないが、仕方ないと割りきれるほど大人ではない。
だから俺はこの国を嫌いと表現する。
魔法という概念が現れてから数百年。
それはとある街のとある場所で偶然で必然的に訪れた。
それはまるで今まで発展させ証明してきた概念を嘲笑うかのように様々な法則を無視して起こる現象。
何もない場から火を付け、水を出現させ、風を起こし、雷を落とす。
始めはマジックショーのような扱いだった。
人を驚かし、注目を浴びる。
その程度の認識だった。
次は利便性を求めた。
この力を使えば世の中が良くなるのではないか。
そう思いたった人間は、良く分からないことが多すぎる魔法に対して無駄だと思いつつも研究を始める。
無駄だと思っていたはずが、段々と少しずつ、だが着実に進む研究。
魔法というものがあやふやなものから確かなものに変わっていく。
確かに便利な力だ。
が、そのような認識はすぐに崩れ落ちる。
便利な力。確かにその通りだった。
だが、魔法は便利という言葉では収まりきらなくなっていた。
結果、人間の暗い、そして黒い欲をかき立てる代物になっていた。
この力があれば、街を統一し、他の街を制圧できるはず。人間の性と言うべきなのか、そう思いたった権力を求めた人間の魔法の発展は早かった。
さらに便利になっていく生活。活発化していく街。
それとは裏腹に非道で非情な人体実験などは当たり前で、内容によっては命をも軽んじた実験も行われた。そうして研究が進み、魔法をモノにした。
魔法の力を使って戦争を起こし、領土を広げる。
気付いたころには街ではなく、そこは国となり、大国となっていた。
その大きさに比例して、その国は魔法を頼る生活から、依存する生活になっていた。
魔法大国、ユースフィア。
世界の国の中でも特に飛びぬけて発展している国。
そして魔法の才能による差別があると言われ、人によっては奴隷のような扱いを受ける。
「やっちゃえ、やっちゃえ!」
「人間的当てだ!」
「頭に当てたら百点だぞ!」
「尻は五十点な!」
一対多数で一人の子――見た目的に体格の違いはあれど全員七歳くらい――を囲んでいるその状況。
これもこの街では当たり前な光景の一つだ。
ただ魔法の才能がないだけでこういったことをされる。
才能のないものには抵抗することすらできないのだ。
「おら、喰らえー!!」
ここに来ればいつでも見ている光景。
だがちょっとだけ普段とは違うことがあった。
今までを思い返してみても囲まれている立場にいる子はみんな一律に諦観を含んだ目をし、恐怖を植え付けられているがごとく何もできないでいるのだ。
この状況は仕方がない。反抗したらさらにやられる。
そういう風に己を抑え込んで現状を諦めているのだ。
だが目の前の少年はそうでは無かった。
確かにこの状況になることを諦めている感じはある。が、その瞳には恐怖が全くないのだ。
「やばっ」
その違和感に呑みこまれたせいか、助けようと思ってたはずなのに、一歩動くのが遅れてしまう。
その一歩のせいで、俺は助けられたはずの少年を助けることができなかった。
「……っ!」
「くっそ、背中かよ!」
「それは十点だなー!」
耳に届くのは少年の叫び声と複数の笑い声。
見れば少年は倒れている。
「おら立てよ」
その声にフラフラとした感じを出しながら立ち上がる少年。
それを見て満足したように周りを囲む少年たちは意気揚々と次に移る。
「じゃあ、次は俺!」
「は? 俺だし」
「順番なんてなんでもいいじゃん」
「いっせいに撃っちゃえ!」
俺は声も出せなかった。
やめろよとそんな一言も言えなかった。
「……っ! ……っ!」
「くそ、また背中かよ!」
「げっ、外した」
「おれ頭にヒット! 百点!!」
次々に放たれる魔法が少年を襲う。
避けることもなくそれを受け、少年は地面に突っ伏した。
普通に考えれば、頭に魔法――今回は水の球だった――が直撃したのだがら、起き上がれなくなるのも当然だろう。
「今日はこれくらいにしておくかー」
「的がこんな状態じゃしょうがないな」
「また明日だな」
そうして倒れている少年をつまらなそうな顔で見やりながら、去っていく子供たち。
それを咎める大人は誰もいない。危ないじゃないか、何をやっているんだ、と注意の声さえかけない。倒れている少年に声をかける者ももちろんいない。
それは全く変なことではなく、この国では当たり前のことなのだ。
「おい」
だからこそ俺は声をかけることにした。
だが、当たり前のように無視をされる。
「おいって」
まるで聞く耳さえ持たない。そんな感じの態度である。
さすがにちょっとカチンときてしまったので、俺はそいつに近づき、肩を叩き言ってやる。
「いつまで死んだふりしてんだよ、小僧」
さすがにそれは聞き流せない言葉だったのか、それとも小僧と言われたことが気に食わなかったのか、倒れていた少年はそのまま一つため息をつくと、上半身だけ起こし足をのばしながら後ろ手で体を支えて、俺のことを見てくる。
俺も少年のことを見ているので必然と見つめ合う、もとい睨みあうような形になる。
何か用があるんじゃないのか? そんな視線で俺のことを見てくるのでその言葉(視線)に甘えて質問させてもらうことにした。
「なぜ反撃しない?」
あれは傍から何も知らない奴が見れば、ただ一方的にやられているように見えただろう。
だが実際は違う。
どういう原理でやったのかまでは分からないが、この少年は相手の魔法を無効化し、やられたふりをしていたのだ。
だから俺はつい唖然としてしまい、声をかけ損ねたのだ。
彼らと彼にはあまりにも実力の差がありすぎたから。
「反撃する手がないからだよ。僕には魔法であいつらを攻撃できない」
俺の質問に、まるで自己嫌悪に陥っているかのように少年は吐き捨てるように言う。
「どういう意味だ?」
「そのまんまの意味さ。僕の魔法は奴らには届かない」
そこまで言われて、ようやくこいつが言うところの意味が少しだけわかった。
「領域が狭いのか」
領域。
正式的に言えば魔法構築可能領域。通称『ゾーン』
魔法の三大才能の一つ。
それらの才能がないとき、もしくは著しく低いとき、この国の奴らからああいう扱いを受ける。
人として認められていないかのごとく、奴隷のように肉体労働で働かせられたり、無意味な暴力を受けたりする。
「狭い?」
まるで鼻で笑い飛ばすように、少年は俺の言った予想をぶった切る。
「違うのか?」
「ああ、全然違うね。……全然違う」
正直俺にはこれ以外だと思いつかないんだが。
どうしたものかと、どう声をかけるべきかと頭を悩ませていると少年は自身を嘲笑するかのように衝撃的な事実を言って見せる。
「だって僕の領域はゼロなんだから」
狭いんじゃない、だからどうしようもないんだよ。
言外にそう言っているように思えた。
「同情すんなよ。惨めになるだけだし。それにこれはこの国では当たり前だ。おじさんもそこあたり解ってるでしょ。いくら他の国から来たとしても」
少年は俺の腰にあるモノ――剣を指さしながらそう言って見せる。
確かにこの国の奴らは剣とか持つ奴は極限に少ないが、それだけで判断するのはな。
そう言ってやりたかったが、実際他の国から来たのは事実なので何も言えない。
「ま、同情はしねえよ。俺もそういうの嫌いだしな」
すぅっと目を細めて俺は少年を視る。
「な、なんだよ?」
やっぱりこいつは面白そうだな。
それにいろいろと丁度いいし。
これで用事は済みそうだ。
「お前さ、俺のところに来ないか?」
「はあ? 何言ってんの?」
「何って、意味としてはそのまんま捉えてくれていいぞ」
「同じょ――」
「同情はやめてくれって思うならそれを理由に断っても構わないさ。そうなったら他を当たるしな。探すのは面倒だけど」
俺はそこで蔑むような視線をつくり少年に言ってやる。
「ま、また惨めにいじめられて、無効化してるか何なのかはわからんけど、あいつらより俺の方が上だって勝手に思い込んで、日々を生活するのがいいんだったらそうしてればいいさ」
「なっ!?」
面白いくらいに反応してくれて正直助かるな。
きっとその自身のちょろさをいつかちょっとだけ後悔するんだろうなぁ。
「ただ、本当にあいつらより上に立ちたいなら俺のところに来い。そしたらお前は確実に強くなれる。お前なら鍛え方次第だが、この国なら余裕でトップに立てるぞ?」
さっきまで言い返す気満々だった少年はいつの間にかごくりと生唾を飲み込んでどうするか悩んでいた。
「すぐに選択しろ、と言いたいが猶予をやるよ。俺はもう数日間くらい用事でここにいる。もし俺のところに来るようならコレに念じろ。強くなりたいってな。別に来る気も何もないなら何もしなければいい」
ピッとメモ帳のような紙を切って少年に渡す。
「それじゃ、またな」
そう言って俺は踵を返し、その場を後にした。
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これが後に『零の領域』と怖れられる男――レイ=フォルスが自身の一番のターンングポイントだったと語るとある人物との最初の出会いだった。