ありきたりなおはなし
歌歩が僕の前から居なくなったのは小学5年生の冬頃だったと思う。居なくなった、とは言えど、家出とかそういったものではない。引き取られたのだ。
親に捨てられた僕たちは孤児院で過ごした。僕は高校生になって一人暮らしを始めたが、歌歩は違った。新しい家族に出会ったのだ。
歌歩がいなくなる。そう言われてもあまり実感は沸かなかった。悲しいとすら思わなかった。思えなかった。
「陸玖くん」
彼女の新しい家族が施設に迎えに来る日。放課後に彼女は僕に声をかけた。
「最後なんだし、一緒に帰ってもいい?」
断る理由もなく、僕はそれを了承した。歌歩はおとなしい子だった。成績は良くもなく悪くもなく、かといって運動神経も良くも悪くもなく。そういった感じの子だった。そんな歌歩が、同じ施設に住んでいながら、僕が人付き合いを苦手としていると知っていながら、初めて声をかけてきたのだから断るのも悪い気がした。
帰り道、僕と歌歩は終始無言だった。一言も喋らないままとうとう孤児院についた所で、彼女は僕に言った。
「陸玖くん、あのね、君に頼みたいことがあるの」
「僕に?」僕は彼女に訊いた。「明日から遠いところへ行く君に、僕がしてやれることなんてないと思うけど」
「ううん、むしろ、陸玖くんじゃないと駄目なんだ」
彼女は珍しく瞳を輝かせながら言った。陸玖くんと手紙を交換したい、すなわち文通がしたいと。小説で文通を交わす男女の物語を読んだ彼女は、文通というものに憧れていたらしかった。
「僕なんかと文通をしたって楽しくないと思うけど。女子とかの方が、いいんじゃない?」
僕が言うのも無理はなかった。彼女とは施設でも喋ったことは少ない。今日が一番喋ったのではないかというほどなのだ。そんな僕と手紙を交わすなんて楽しみの一つも見いだせないだろうに。
「意味ないよ、それじゃあ。仲のいい子としたって楽しくないもの」
「そうかなぁ」
「そうだよ。ねぇ、駄目かな?」
最初は自分の飽きっぽい性格を考慮して断ったものの、最終的には折れてしまった。歌歩は自分の新しい住所の書いた紙を僕に押し付けると、それじゃあ、と言って孤児院へ入っていった。一緒に入るのもなんだか恥ずかしくて、僕はしばらくしてからようやく、施設の扉を開けた。