「カマをかけているってことは・・・」「ありませんよ。もともと、霊感は強いほうなんです。」
9時くらいを回ると基本的には俺しかいないが、今日は時間を大幅に過ぎても諒は鹿野先輩の仕事を続けていた。
「諒、今日はもう終わろう。」
やっぱり、作業は早くなったとはいえ、鹿野先輩がやっている仕事を任せるのは少し早かったかもしれない。諒には明らかな程経験が足りていない。
「あともう少しだけやらせてください。」
そう言って諒はパソコンにかじりついていた。俺が止めようとまた声をかけると、帰る寸前の梨紗さんと梨奈さんに俺が止められた。
「もう少し諒くんにやらせてあげてください。折角あそこまでやる気もあるんですし。」
「そうですよ。それに諒君は『残業代が足りない!』なんて言わなそうですし大丈夫ですよ。」
冗談交じりに言った二人の言葉にそれもそうかと思い、俺は止めに入るのをやめた。
「二人共、ありがとうございます。」
「「いえいえ、お疲れ様でした。」」
そう言って、二人は帰って行った。その時、俺の隣にアクアが座っていた。
「貴方もまだまだですね。」
ウゼェェェ!
「でも僕はそれでいいと思いますよ。そうやって人間は成長していくんですから。」
悪魔は違うのかよ。
「それはもう全くと言ってもいいほど。ほぼ実力主義ですからね。」
苦笑いしながら話を続けた。
「なぜか鎌田さんは応援したくなりますしね・・・。」
なんでお前がそんなことを思うんだよ。
「まあ、そんなことはどうでもいいです。ほら、貴方はソフト制作に取り組んでください。」
「あっ」
その時、俺は思わず言葉が漏れた。
「佐和田先輩、どうかしましたか?」
「いや、大した事じゃないんだけど、ソフトが完成したから、明日はここを鹿野先輩にお願いして、俺は第4支店に行ってソフトのプレゼンをしようと思ったんだけど、どうしようかと思って・・・。」
「それなら僕に任せてください。」
「えっ?」
「僕が何とかします。」
いやー、諒に任せるのは少しばかし心配だな。しかも、今は作業に集中してるし・・・。
「大丈夫です。いざとなったら、誰かに助けてもらいます。」
「なら一応頼むわ。でも、鹿野先輩が来たらすぐに鹿野先輩に頼むんだぞ。」
「分かりました。」
「今日はもう帰ろう。流石にこれ以上やってると明日が辛くなっていくだろうし。」
「そうですね。今から、帰り支度をします。」
そう言って諒は帰り支度をして帰った。
「貴方は帰らないんですか?」
明日のことを少しでも書いておいた方が諒も多少なりとも楽にはなるだろ。
「そうですか。僕も手伝いましょうか?」
それはいいや。どうせ魔法とか使うんだろ?こういう事には責任をもって俺がしっかりやって確認するんだ。非科学的なことだしな。
「そんな事言わないでくださいよ。悪魔は元々そうなんですから。」
その時、電話の着信音が鳴った。急いで俺の携帯を見るが電話はおろか、メールも来ていない。涼に至ってはその音すら気づいていない様子だった。俺が不思議に思っている間にも電話が鳴り続けている。
「あっ、すみませんでした。この着信音、僕のです。」
そう言ってアクアは携帯電話を取り出した。
「もしもし・・・・はい、そうですけど・・・・・・えっ!?それって本当ですか?分かりました。至急そっちへ行きます。」
アクアは俺の疑問の視線にすぐさま気づいた。
「僕が携帯電話を持っていたらいけませんか?」
いや、そう言う訳ではないけど・・・
「って言っても、地上界と天界は魔法の威力が減ってしまうので、こんな感じの通信機器があるととても楽なんですよ。そんなことより、急用ができたので消えますね。あまり無理はしないように。」
俺の返答も聞かずに消えていった。その後、ある程度明日の仕事を書き留めたら、帰り支度をした。
駅までの道を歩き、今朝、疑問に思った横断歩道まで来た。
「やっぱり曲がり角なんてないよな。」
『ホラ―――イ――コウヨ。』
俺は慌てて声がした方向、後ろを振り返るも誰もいなかった。最近、謎の声が近づいて来てるのをよく感じる。その後はいつもどおりに帰った。
俺は早朝になって鹿野先輩にSNSで連絡を取った
『おはようございます。今、起きてますか?』
『今、大丈夫だよ。どした?』
『大した事じゃないんですけど、今日、第4支店に行ってくるので鹿野先輩に第5支店をお願いしようと思いまして・・・。』
『ああ、そのことなら諒から聞いてるよ。「僕がやるから気にしないでください!」って言ったよ。』
『えっ?本当ですか?鹿野先輩は今日も来ないんですか?』
『行くことは行くけど、諒に任せてもいいかな?って思ってる。折角の機会だし、勿論、補助はするから安心して。』
『そうですか。よろしくお願いします。』
『OK!』
まじか~、鹿野先輩に頼もうと思ったらまさかの諒が一足先に連絡をしていたなんて、予想外だったな。
俺は電車内で朝食を済まして、ソフトのことに関してパソコンを見ていた。
「久々にソフトを作ったけど中々の出来だと思う。」
ボソッとつぶやくと、いつもの憎たらしい声がした。
「自画自賛ですか。」
自画自賛しちゃいけねーのかよ。それに少しでも自信を持ってないと持っていこうなんて思わねーし・・・
そのとき、俺の携帯が鳴り始めた。
「もしもし?佐和田先輩ですか?」
「そうだけど、こんな朝早くからどうした?」
「いや、朝早く会社に来たのはいいんですけど、会社の鍵がどこにあるのかがわからなくて入れないんですよ。」
しまった。諒には鍵の場所を教えてなかったな。
「一階に戻って管理人さんに鍵を借りて開けてもらって。多分鹿野先輩ももうじき来るだろうから。」
「分かりました。失礼します。」
それからしばらくして、第4支店に着いた。
俺は第4支店の妙な空気を感じながら第4支店の南戸支店長に出迎えられた。
「佐和田さん、待っていました。」
「南戸支店長。わざわざ待ってらっしゃらなくても良かったのに・・・。」
「いやいや、第4支店のためにソフトを作って頂いた上にこうやってプレゼンをしてくださるんですから自分にもこれくらいはさせてください。」
南戸支店長は俺を会社の中に連れて行った。会社内は確かに真新しい物はこれと言って無く、資料であるファイルは第5支店よりも全然多かった。
「この資料の管理はさぞかし大変ですよね?」
「周りからはよくそう言われます。しかし、我々はそっちの方が楽ですから。それに、私は佐和田さんみたいにうまく打てないんですよ。」
南戸さんはキーボードを打つジェスチャーをしながら言った。そんなことを話しながら職場に近づいていった。そうすると徐々に言い合いの声が聞こえてきた。
「ちょっと待っててくれますか?」
そう言って南戸さんは俺より一足先に入って行った。すると、その声は止まり南戸さんが俺を呼んだ。
「すみません。どうぞ入ってください。」
俺が部屋に入ると多くの社員が仕事をしていた。しかし、その頭には『賛成』や『断固反対』などが書いてあるハチマキをしていた。俺が社内を見渡している間、南戸さんが第4支店の役職のある人たちに声をかけた。
「佐和田さん、15分後にお願いします。」
「分かりました。」
俺はプレゼンの準備のために会議室に行った。
会議の時間になったが明らかに俺の左右で雰囲気が違う。何なんだよ『賛成』『反対』ってなんだか知らないけど俺を巻き込まないで欲しい。
「え~今日は第5支店から佐和田さんに来ていただきました。今日はソフトについて説明をいただきます。」
すると、反対のハチマキをしたグループのひとりが
「そんなもの俺たちには要らん!」
その言葉に続けて反対側からは次々と声が飛んだ。俺はその声の主の顔を見たとき驚いた。なぜなら南戸さんと顔が瓜二つだった。
「いーや、今の自分たちには新しい改革が必要だ。久兄だってそう思ったからそうしたんだろ?」
俺はその言葉の主にまた驚くことになる。『瓜二つ』ではなかった。まさかの『瓜三つ』だったから・・・。
勿論、この二人の言葉で俺のプレゼンは中止になり、言い合いになった。
「佐和田支店長。すみません。」
と、横から入ってきたのは第4支店には実に珍しい若い男性だった。
「『はじめまして』ですよね?自分は針山 拓司です。」
「どうも。」
針山は手帳を取り出した。
「何をやってるんですか?」
「人間観察です。僕の趣味なんですよね。」
そう言って満面の笑みで手帳に凄まじい勢いで書き留めている。
「実は第5支店に行きたかったんですけどね。ってそんなことを話すために佐和田さんを呼んだんじゃありません。実はですね。この大騒ぎの原因はソフトの導入の話なんです。」
いやいや、見れば誰でも分かるわ。言い合いはどんどん強くなっていき南戸支店長はそれを止めに入っている。
「針山くんは・・・」
「『拓司』でいいですよ。針山なんて仰々しいですから。」
「拓司はどっちサイドなの?」
「僕はどっちにもついていません。人間観察をするには中立が一番のポジションですから。」
その後は拓司が俺にここまでの経緯を教えてくれた。始まりは俺がソフトを作っていることを明言した三日前がすべての始まりだったらしい。
「左側にいる反対グループの南戸さんは長男の南戸 敏彦さんです。仕事はとってもきっちりやっていて目視での確認はコンピューターばりの正確さです。仲間内からの信頼は厚いんですが、少しばかし伝統にこだわる所があってそこが玉に瑕ですね。まあ、今の時代に合わせなかったからあのクオリティなんですよ。一方で賛成グループの南戸さんは三男の南戸 敏正さんですね。正さんはとても気さくな方でまるで同い年のようにここの人達と接しています。僕もびっくりしました。僕のことをいきなり『ハリタク!』って呼ぶんですから。仕事面ではタイピングか一番早いですね。タイピング検定の結構高いランクを持っていますから・・・。」
「二人のことはよく分かったけどそれが一体どうだって言うんだよ。今回の騒動とはあまり関係がないように感じるが。」
「問題なのは次男の南戸 敏久さんなんですよ。二人を差し置いて支店長になれたのは総括力があったからなんですけど兄弟の事となると急に小さくなっちゃうんですよ。二人の意見をまとめる為に自分の意見は言わず、なんとか収束を図ろうとしているんです。でも、今回ばかしはそうはいきませんでした。二日でここまでの派閥ができるとは僕は思いませんでした。きっと家で何かあったんでしょうね。」
「家で何かあったって全員独身なのか?」
「いえ、全員既婚者ですよ。ただ、元々の家がとてつもなく大きいので4世帯プラスアルファも入っちゃんです。4世帯って言うのは三人の下にとしの離れた妹さんがいるんです。」
「・・・お前の情報量ストーカー級だな。」
「そんなこと言わないでくださいよ。佐和田さんの情報だってノート2ページ分くらいあるんですから・・・。」
そんな会話の間も南戸3兄弟の口論は止まることは無かったが、一方で拓司はとても楽しそうに人間観察をしていた。俺は一旦会議室を退室した。
「なんか面倒なことになってきましたね。」
はあ、お前からしたら他人事だからいいよな。そのいつものニコニコしてる顔が今日は一段とうざく見えるぞ。
「そんな~、僕はいつも通りですよ。あっでもいいことはありまして、次のランク戦でもしかしたら昇格があるかもしれないんですね。」
もしかして昨日の電話はその事か?
「大体、そんな感じです。」
その時隣から、これまた拓司と同様のここには似合わない女性が俺に話かけてきた。
「どうかしましたか?」
「まあ、会議室で大討論が起きてしまったので避難したところです。ところであなたは?」
「自己紹介もせずにすみません。私は・・・」
その言葉を遮るようにあの声がした。
『ササ――――ヤ―――シ―オン』
「「笹谷 織音」」
笹谷さんは俺の同調に驚いて言葉を止めた。対して俺は語尾にですよねとつけて確認をした。
「ご存知だったのですか。どこかでお会いしましたっけ?」
俺はその言葉の答えに戸惑った。俺には全く記憶にない。あったのならいつのことでも明確に覚えている。俺が答えを出せずにいると笹谷さんが話を切り出した。
「まあ、私も佐和田さんのことはよく知っています。ずっとハリタクが『あの人は天才すぎる。きっと神に違いない。』ってうるさいんですよ。」
そう言って笹谷さんは微笑んだ。俺は笹谷さんにもソフトについて聞いた。
「それはソフトのおかげで仕事が簡単になってはかどるのならいいですけど、仕事ってそれだけじゃないと思います。あまり言葉では表現できないんですけど、『温かみ』というか、『人間だからできたこと』って言うのを感じられる事が大事なんだと思います。」
「貴方より全然若いのにしっかりしていますね。とても感心しました。」
なんでお前が出てくるんだよ。っていうか俺だってまだ若いし。
「何言ってるんですか。来年で30歳じゃないですか。」
まだ若いだろ。
「相手は今年入って来たばっかの新人社員ですよ?つまり、22歳です。年の差は明らかじゃないですか。」
お前と話すのメンドクセー。
「そうですよ。佐和田さんだってまだまだ若いですよ。」
「そうですよね!笹谷さん?」
俺はアクアの顔を見た。勿論、アクアも俺の顔を見た。俺から見たアクアの顔はとてもキョトンとした顔だったがきっと俺もそうだったに違いない。そんなことをしていると笹谷さんは言葉を続けた。
「ところでその大きな鎌を背負った黒フードの方はどなたですか?」
珍しく、アクアが声を小さくして話した。
「僕ってあの方に見えているんでしょうか?」
まあ、聞くってことはそうなんじゃない?
「でも、カマをかけているってことは・・・」
「ないですよ。私昔からよくお化けとかよく見えるんです。」
はい、確定。まさかの霊感バリバリある人だったんですね。でも、アクアは『お化け』じゃなくて『悪魔』なんだよな。
「申し遅れました。私、死神のサタンと申します。」
「死神なんですか!初めて見ました。よろしくお願いします。」
その時、アクアが俺に話かけてきたがいつもとは違う感覚だった。
『どうやらこれなら大丈夫そうですね。』
さっきと何が違うんだよ。
『この会話は脳に直接送っていることですね。そんなことはどうでもいいんです。うまく話を合わせてくださいね。僕もここまでの霊感者がいると言うのは想定外でしたから。』
俺はなんとか会話を続けた。
「笹谷さんは俺の言葉も聞こえたんですか?」
「いえ全然聞こえませんでしたが、死神さんの言っていることから大体の事は分かりました。でも、死神って事は佐和田さんもうそろそろ死んでしまうんですか?」
確かに、設定上俺はそう言う位置づけになるんだよな。コイツに殺されるのは死んでもゴメンだぜ。
『死んだら殺せませんから安心してください』
はあ、わかったから早く説明して。
「う~ん。確かに貴女の言う通りなんですけど・・・」
「そんな『貴女』なんて仰々しいですよ。『織音』って呼んでください。死神さん。」
ニコニコしながら笹谷さんは言う一方アクアはいつもとは少し違う笑顔で話し始めた。
「私はまだ修行の身なので魂を取ることは禁止されているんですよ。まあ、その修行としてこの人に帰着したってところです。」
「そうだったんですか。」
ちょうど話がひと段落すると南戸支店長が会議室から出てきた。
「南戸さん、大丈夫ですか?」
「はい、すみません。一応、場を収めたので改めてプレゼンをお願いしてもいいですか?」
「僕は構いません。」
そう言って俺は会議室に入ろうとしたとき、後ろを少し振り返るとアクアと笹谷さんが話しているのが目に入った。