「翔、私は・・・。」「『私は』何なんだよ。」「なんでもない。早く帰ろ。」
梨奈さんが引き戸を勢いよく開けた。
「へい!いらっしゃーい!20名で予約の佐和田さん?」
「はい!そうです。」
なんで俺の名前を使っているんだ。
「じゃあ、奥の席だ。さあ、行った行った。」
みんなが店の奥へ行ってる間に俺は思い出した。
「もしかして伊坂 洋介か?」
「おおー!翔か!相変わらず冴えねー顔してるな。」
「余計なお節介だわ。それより本当に店を開いてたなんてな。しかも、持ち店か・・・。」
「まあまあ、今はそんなことはどーでもいいんだよ。お前たちをもてなさきゃいけねーんだからお前も奥に行けって。」
「はいはい。」
俺も店の奥にある座敷に行った。そこは、ちょうど20人が入れる大きさの座敷だった。
「翔!こっちこっち!」
凪颯が俺を隣に誘った。
「佐和田、隣に座ってやれよ。ていうか、そこしか席が残ってないしな。」
まあ、飯くらいいいか。俺は凪颯の隣に座った。
「お待たせしました。」
そう言って、突き出しが出てきた。見た目だけで洋介の料理の上手さが分かる。
「これはすごいな。梨奈ちゃん、ここって高級店じゃないよね?」
鹿野先輩が聞いた。
「大丈夫です。大体、5000円くらいです。」
「安いとは言えないな。」
「でも、今ならみんな払える金額ですよね。」
その時、料理を持ったたくさんの人が来た。
「失礼します。お料理をお持ちしました。」
これはヤベェ。もしかしたら、普通の料亭より豪華なのかもしれない。
「じゃあ、佐和田さん。乾杯の音頭をお願いします。」
「そういうのって企画した梨奈さんがやるんじゃないんですか?」
「それもそうですね。じゃあ、私が・・・カンパーイ!!!」
「「乾杯!」」
なんか新鮮で気持ちがいいな。神田の時には想像もつかなかった。
「いいね~。こんな感じの飲み会が今までなかったことが不思議だわ。」
「だから、私が企画したんですよ。折角の世代交代ですし。」
「これからもよろしくお願いしますー!」
諒が大声を出した。まあ、新人だからってかしこまっているよりかはマシかな・・・
「ここ最近は色々とあったけどいい感じに進んでるな。」
鹿野先輩が俺に話しかけてきた。
「まあ、無理せずに行きましょう。」
隣で凪颯は黙々とご飯を食べている。みんなもずっと盛り上がっていた。
その最中に諒が凪颯に話しかけた。
「凪颯先輩は好きな人いないんですか?」
「好きな人?いるよ。」
「付き合っていないんですか?」
「まあ、付き合えるなら付き合いたいけどね。諒くんは?」
「僕も好きな人はいます。」
「告白はしないの?」
「したいんですけど・・・。佐和田先輩は好きな人いないんですか?」
「気にしたことないね。逆に俺が好きな人っているのかって思うよ。」
「確かに、佐和田先輩って仕事の場所だと静かですから話しかけづらいかもしれませんね。」
「だから、俺に恋愛の話を振るな。全くついていけない。」
「はぁー!俺も彼女が欲しー!」
「諒くん、どうしたの?」
梨紗さんが俺たちの会話に参加してきた。
「梨紗先輩は彼氏いないんですか?」
「えっ?まあ、いないけど?」
「欲しいと思ったことはないんですか?」
「そりゃ、欲しいよ。彼氏がいればきっと楽しい生活できるだろうし・・・。」
俺だけが特殊なのか?
「聞いてくださいよ。佐和田先輩は彼女が欲しいと思ったことがないらしんですよ。おかしくありません?」
仮にも俺って支店長だよな?
「佐和田さん、そうなんですか?それはとても珍しいですよ。」
「そうですか…。」
「私と付き合いますか?」
「えっ?!」
「冗談です。佐和田さんを少しからかって見たかったんです。」
ん?もう一度確認するけど俺って支店長だよな?その質問に答えたのはアクアだった。
「そうですよ。貴方は支店長です。」
流石にからかわれ過ぎじゃないか?
「そういう雰囲気を作るのが飲み会ですから・・・。」
その時、座敷の扉を開けて洋介が入って来た。
「今日は汝恋に来ていただきありがとうございます。」
「洋介!今回は堅苦しい挨拶はいらないよ。それより、こっちへ来て話そうぜ。」
「はいはーい。あ、凪颯もいたんだ。翔に気を取られていたから気づかなかったわ。」
「相変わらず洋介は料理が上手だね。今日の料理も全部美味しかったよ!」
「そうじゃなきゃ持ち店なんて持てやしないよ。」
そう言って、洋介は凪颯の頭を撫でた。
「で、まだ翔と凪颯は付き合ってんの?」
その時、近くにいたみんなの視線は俺の方向に向いた。
「はあ?!洋介。その噂を信じているのお前だけだぞ?」
「そうだったの?でも、小学校の頃は常にと言ってもいいほど一緒に帰ってたし、中学校の時もかなり仲良かったろ?」
「なんでそれで付き合ってるって事になるんだ。」
「洋介は結婚したんでしょ?」
凪颯は話を遮るように喋った。
「ああ、結婚したよ。」
「しかも、人気のあったあゆみんとでしょ?」
あゆみんって確か旧姓 中居 愛実の高校時代のあだ名だったっな。
「俺も最初はダメかと思ってけど、告白したら『ありがとう。その言葉、待ってた。』って・・・。言ってくれたときは本当に嬉しかったー。」
「洋介さんはなんで告白しようと思ったんですか?」
「なんでって・・・、好きだったからかな?愛実を幸せにしたいと思ったし…。」
「洋介さん、マジかっこいいっす!尊敬します!」
諒が食らいつくように話してきた。
「今、あゆみんは何してるの?専業主婦?」
「んなことはしないよ。今も職場で働いてるよ。しかも、バリバリでね。」
「そーなんだ。あゆみん、昔からなんでもできたからね。」
「だから、子供はまだなんだけどね。」
え?確か洋介にも子供がいるはず…。俺としたことが今日複数回も勘違いするなんて…。
『――――コッチ――二―――コイヨ――。』
また、幻聴か。何度も聞くと怖くなるな。
「翔?どうかしたか?」
「ん?いやいや。別になんでもねーよ。」
「相変わらず、女性とは付き合おうと思ってないのか?」
「まあな。」
「でもお前ももうそろそろいい人を見つけるべきだよ。」
「俺は別に…。」
「いやいや、今のお前なら分かるよ。探せばいい人はきっといるから。」
「そうですよ、佐和田先輩ならきっといいパートナーが見つかりますって!」
「諒、それは勘か?」
「はい!でもそれは確かなような気がします。勘以上事実未満です。」
うーん、こう言う奴の勘って侮れないんだよなー。でも、俺が結婚するとも思えないしな。
「諒は俺みたいに思い切って告白すればきっと想いは叶うよ。」
「本当っすか!だとしたら自分頑張ります!」
「ただ、ほんの少しでいいから落ち着きがあった方がいい。完璧じゃなくていいよ。『ここだ!』って時にひと呼吸して周りを目渡せるくらいだね。」
「なるほど…。やっぱり恋の先輩ですね。参考になります。」
出来れば常に落ち着きくらいはあって欲しいけどなー。まあ、完璧じゃないのが人間かもな。
「他には何かしておくべきことはありますか?」
「あとは仲良くしておくことかな?って言っても機嫌を取るとかそういう事じゃなくて友達みたいな?なんか言いづらい感覚だけど…。」
「やっぱり難しいですね。結局最後は勢いなんですかね?」
「そうなるかもね。」
俺は全くついていけない。
「諒くんとても熱心だね。近いうちに告白するの?」
梨紗さんが諒に聞いた。
「えっ!?あ、まあ、チャンスがあれば…。」
諒は視線を変えずに言った。
「成功するといいね。」
梨紗さんは微笑みながら言った。
飲み会ってもの自体あまりやらないから良くは分からないけど意外と時間が経つのはとても早く、あっという間に終わりの時間が来た。
「じゃあ、もうそろそろお開きにしまーす!今度こそ佐和田さん、よろしくお願いします。」
「えーと…。今日は初の第5支店の飲み会とても楽しかったです。これからもこのメンバーで頑張っていきましょう!」
俺の挨拶が終わると、みんなは帰り支度を始めた。
「今日は久々に翔に会えて良かったよ。俺も楽しかった。これからも頑張れよ。」
「お前もな、店を潰すなよ。」
「当たり前だろ!次も待ってるよ。」
「翔、みんな行っちゃうよ?」
凪颯が俺の手を引っ張った。その時、裏口から『ただいま』と聞こえた。
「洋介~、ご飯今からでも作ってくれる?ん?もしかしてナギちゃん?」
「あゆみん!久しぶり~、元気?」
「元気元気、そっちも元気そうで良かった。ナギちゃんって佐和田くんと同じ職場なの?」
「うーん、会社は同じなんだけど場所は少し違うの。たまたま、ここ二日は用があったから来ただけ。」
「そっか、・・・」
その時、洋介がジェスチャーで俺を呼んで、ヒソヒソ声で俺に言った。
「お前は知らないかもしれないけど、こう言うときの会話はとっても長いんだ。だから、俺たちもあっちで駄弁ろう。」
洋介は店を閉めて、料理を作り始めた。その間、俺はカウンターでビールを飲んだ。
「ナギちゃんは今何をやっているの?」
「今はデータ処理の仕事だよ。しかも、今は支店長なんだ。」
そう言って凪颯はピースサインをした。
「えー!ナギちゃんが支店長やってんの!?意外だわ~。」
「私だってやるときはやるんだから!」
俺はその話を料理を作っている洋介と隣で聞いていた。
「全く…、昨日はあんなに落ち込んでいたのに、一日でケロッと元気になるのが考えられねーよ。」
「まあまあ、学生時代に対して女子と関わりを持とうとしなかったお前には分からないだろうな。」
「なんだよ。まるで洋介は分かっているような言い方だな。」
「あたり前だろ。俺は翔と違って女子ともよく話したし、結婚前には愛実と何回かデートしたからな。」
「そんなで分かるもんか?」
「大体だよ。それに、お前だって意外にモテてたぞ。お前は知らないだろうけど、月に一回くらいは俺にお前のことを聞きに来る奴がいたよ。」
「その時、何て答えたんだよ。」
「聞きたい?」
「どうせ洋介のことだから『凪颯と付き合ってる』みたいなことを言ったんだろ?」
「なんだ、知ってんじゃん。」
洋介は俺と話している間に料理を作り終え、凪颯と愛実の所に持っていった。
「洋介、ありがとう。」
そう言って、愛実は洋介にキスをした。洋介の顔がみるみる赤くなっていく。
「洋介ってキスするだけで、赤くなっちゃうんだよ。」
愛実が少し笑いながら言った。
「それは人前でキスされたら誰だって恥ずかしくなるだろ?」
「本当に告白してくれた事が奇跡に感じるよ。」
そう言って愛実は料理を食べ始め、再び凪颯と会話の花が咲いた。
「こりゃー、止めねーと朝までかかりそうだな。洋介は大丈夫なのか?」
「俺は大丈夫だよ。開店は昼の少し前からだし、準備も基本この時間には終わってるから。」
「手際の良さは相変わらずだな。そうでもないと店なんてやっていく事出来ないんだろうけど。」
その後も時間は楽しい会話と共に過ぎていった。
「もう帰ったほうがいいんじゃね?12時過ぎてるぞ。」
「ああ、そうするよ。」
俺はカバンを持って凪颯に言った。
「凪颯、帰るぞ。」
「あっ!うん、分かった。じゃあまたね、あゆみん」
「いつでも、待ってるよ、ナギちゃん。」
凪颯も帰り支度を始めた。その準備が終わると俺と凪颯は店を出た。
「二日間、飲むと流石に疲れるだろ?」
「そんなことないよ。第5支店の人たちはとても明るいかったから楽しかったよ。」
「それならそれでいいよ。今日もこの時間だから俺ん家に止まるんだろ?」
「うん!」
そう言って凪颯は俺の手を掴んだ。俺はそのことに関しては何も言う気は無かった。
いつも通りの電車や帰り道のハズなのにとても懐かしい感覚に襲われる。でも、それは今日だけでは無く、ここ数日間のこと全部に…。まあ、デジャブか何かだろう。
『タノ――シ――――カッタ―ヨ。』
この謎の声を除けばだけどな。ここまではっきり聞こえると病院に行っても解決するとは思えないな。
「翔?」
「なんだよ。」
「いや、なんか怖そうな顔してたから…。大丈夫?」
「大丈夫だよ。お前に心配されるほどやわじゃねーよ。」
「そっか…。」
俺と凪颯は心地よい風が吹く中、歩き続けた。
「ねえ、翔?」
いつもより何かを抑えたような口調で凪颯が口を開いた。
「なんだよ。」
「翔は…、私のこと嫌い?」
「それを聞いてどうするんだよ。」
「聞くくらいいいじゃん。」
その時、俺の手を強く握り締めた。
「まあ、嫌いじゃないかな。」
「・・・」
「凪颯?」
俺が凪颯の顔色を伺うために顔を横にすると、凪颯が急接近してきた。そして、俺にキスをした。
「なっ、何すんだよっ!」
「私のファーストキスは翔にあげる!」
凪颯は俺から顔を逸らしてに言った。
「はぁ!?まさか、また酔ってるのか?」
「今日は酔ってないよ。」
その言葉の勢いとは裏腹に顔が徐々に赤くなっていく。
「翔、私は・・・。」
「『私は』何なんだよ。」
「ううん、なんでもない。早く帰ろ!」
そう言って俺の手を引っ張って走り出した。
「走ったら疲れるだろ。」
「それでもいいの!早く早く!」
隣から聞き覚えのある声がした。
「貴方も大変ですね。頑張って走ってください。」
久々に聞くとウゼェな。今日は何しに来たんだよ。また、茶化しに来たのか?
「まさか、そんなことはありませんよ。僕にだって良心くらいはありますよ。悪魔ですから。」
はいはい、それにしても、走りながらの会話は少し辛いからまた後でな。
「そうですか。家まで後500メートルなので頑張ってください。」
アクアはいつもの笑顔で言った。
家に着くと俺も凪颯も息が上がっていた。
「久しぶりに走ると楽しいね。」
『俺は久々ではないし、さして、楽しい訳ではない』と言いたかったがそんなことを言う元気も無かった。
「翔、カギ開けて。」
凪颯は俺の手を引っ張って催促した。俺から鍵を貰って開けようという考えはなかったのかと思いつつも俺は荒い呼吸のせいで震える手で扉を開けた。
「ふぅ~、今日はしっかり寝れそうだね。」
「まあ、そうだろうな。俺も・・・」
「貴方は寝なくても大丈夫ですよ」
アクアが話に割り込む形で言った。
「『俺も』何?」
凪颯が不思議そうな顔をして俺に聞いた。
「いや、俺もグッスリと眠れるだろうな~って思っただけだよ。」
「じゃあ、今日も服貸して。」
「お前はなんで他のものは持ってきたのに、服だけ持ってこないんだ。」
「だって、荷物になっちゃうでしょ。」
「大体、そういう事って前々から俺に連絡することだっただろ。」
「いいじゃん。減るものでもないんだし。」
俺は納得はいかなったが、凪颯に取り敢えずパジャマを出した。
「ほら、昨日と同じところで着替えろ。」
「はーい!」
凪颯は笑顔で昨日と同じ部屋に入った。
「はぁ~、まるで子供だな。」
「僕から見たら人間は全て子供みたいなものですよ。」
またお前かよ。てか、俺はこどもじゃねーよ。
「でも、人間は生きていく意味を教わらずに年をとっていきますよね。そのことが人間を子供のままにさせている様に感じます。」
悪魔はそういうの学ぶのかよ。
「もちもん。悪魔は、『万人に平等な好機と危機を与え、万人を平等にするためには手段は選ばない』ってみんな習いますよ。」
それってどうなんだよ。生きる意味を知るって逆につまらない生活じゃないか?
「まあ、人間とは根本的に違いますからね。僕からしたら意味が明確な方がこっちも迷わずに済むってものです。」
その時、凪颯が勢いよく引き戸を開けた。
「お待たせー!」
「強いて言うなら待ってねーよ。ほら、さっさと寝ろ。」
「翔はどうするの?」
「今日もそこr・・・」
「駄目だよ!ベッドで寝なきゃ!」
「だから、客を床に寝さs・・・」
「私は翔の幼馴染でしょ?気にしない、気にしない。」
「じゃあ、俺がベッドに寝ていいのか?」
「それはずるいよ。私だってベッドで寝たいもん。」
「ならどうしたいんだよ。」
「一緒に床で寝よ。」
「はぁぁぁぁぁぁぁ?!」