「面倒なのが来ましたね。」「(お前よりは面倒でない)」「聞こえてますからね?」
8時30分を過ぎると次から次へと社員が来る。
「佐和田先輩、おはようございます。」
「おはよう。今日もよろしくお願いします。」
その時、梨紗さんが出勤した。
「おはようございます。昨日は色々とすみませんでした。」
「こっちは大丈夫ですよ。よろしくお願いします。梨紗さん。」
「はい!」
そう言っていつものデスクに行った。
最近はみんなの仕事が早くなり、教える機会も減ったのでさらにスピードは早くなった。あくまで俺は『八時間労働』は守る。勿論、自分の仕事は自分がやって、決して神田みたいにはならない。その時、俺のデスクにある電話が鳴った。
「もしもし、第5支店長の佐和田です。」
「もしもし、瀬戸だ。」
えっ?瀬戸って瀬戸社長じゃん。
「今日、君には伝えていなかったが今日は各支店長が集まる定例会なんだ。しかも、今回は各支店のトップたちが君の体制をみたいって言うから場所は第5支店にしたんだ。ということで今そっちに向かってるからよろしく。」
「分かりました。いつ来られますか?」
その時、扉が開いた。えぇぇぇぇぇぇ!?瀬戸社長!?
「もう着いた。」
見れば分かります。そして、何度見てもヤクザだ。この格好でよく逮捕されないな。その後ろから、7,8人入ってきた。
「ここが、第5支店か。」
「思ったより社員が少ないぞ。」
「パソコンもさして新しい訳じゃあ無さそうだ。」
見た感じほとんどが俺より年配の方だ。そりゃそうか。俺が異常なんだから。
「悪いな。少し連絡を入れるのが遅かったかな?」
「いえいえ、ビックリはしましたけど大丈夫です。」
瀬戸社長がドッキリを仕掛けてくるとは思はなかった。
「もしかして翔?」
俺はその時に女性が一人いることに気づいた。
「やっぱり翔じゃん!覚えてる?凪颯だよ。潮海 凪颯!」
「凪颯!?なんでお前がこんな所にいるんだよ!」
「なんでって・・・、そりゃこの会社に入社して支店の部長になって、支店の代表になったからでしょ。」
「それはそうだけど・・・。同じ職場に就いたのなら連絡くらいしろよ。」
「入社の時に新入社員の一覧を配られたからいいかなーって思った。」
はあ、迂闊だった。よりによって、凪颯が同じ会社だったなんて・・・
「君たちは知り合いか?」
「はい!昔からの幼馴染なんです。」
「勝手にペラペラ喋るな!」
「別にいいじゃん。仕事はしっかりやっている訳だし。」
「そう言う問題じゃなくてな。そもそもお前は昔かr・・・」
「ストップ!翔はいつも論破しようとするんだから。今日は支店長同士。」
凪颯は微笑みながら言った。
「佐和田君。いつも通りの業務で構わないからな。」
「はい。」
その時、アクアが不意に俺の後ろから出てきた。
「なんか面倒くさいのが来ちゃいましたね。」
そうだな。でも、俺はいつも通りの仕事をするだけだからいいんだよ。
「今日はいたって冷静ですね。いつもなら、汚い言葉を連発したり、すぐに僕を疑ったりするのに・・・。」
そう言うってことは何か隠していることでもあるのか?
「もしかして私に鎌をかけたつもりですか?その手には乗りませんよ。そこの所は上司からしっかりと指導をして貰ったので分かります。」
いつもと変わらない笑顔でアクアは言った。最近、このウザさには慣れてきた。慣れって怖いな。
「そんなことはないですよ。僕に親近感が出てきた証拠です。」
うん。それはないから安心してくれ。
「そこの所は相変わらず冷たいですね。」
今はそんなことを言ってる場合じゃないんだ。
俺はいつものように業務に入った。
1,2時間して、瀬戸社長の秘書に声をかけられた。
「佐和田さん、社長がお呼びです。」
「あ、はい。分かりました。」
俺は席を立ち、会議室に向かった。
「今回、佐和田さんには自己紹介と業績が上がったことについての話を話して欲しいとのことです。」
「はい。あの~、ところでお名前は?以前の瀬戸社長の秘書の方は男性でご年配だったような気が・・・。」
「失礼しました。私は東野 恵梨香です。」
「もしかして、大介さんの娘さんですか?」
「良くご存知で。その通りです。」
「僕に対しては敬語じゃなくていいですよ。確か、同い年のはずですから。それに大介さんにはお世話になったし・・・。」
不思議そうな顔を恵梨香さんはしていたが、今回は深くまで話す必要はないだろう。
「緊張しますね。支店長の人たちばっかりだなんて・・・。」
そんなことはないだろ。俺だって支店長な訳だし。
「それもそうですね。」
アクアは微笑みながら言った。
そんな会話をしているうちに会議室に着いた。そこには支店長が8人、そして真ん中に瀬戸社長がいた。勿論、凪颯を含めて。見回した時に凪颯と目が合うと手を振ってきた。なんでアイツが支店長なんだ。俺は入口近くの椅子に座った。
「それでは始めます。まずは佐和田君から。」
「はい。第5支店長の佐和田です。よろしくお願いします。」
「いつものように第1支店長からお願いします。」
その時、70歳近いおじいちゃんが立った。うちって定年退職ってないんだよなー。まあ、殆どは60歳で辞めて行くけど。
「どうも、第1支店長、神田 邦明と申します。以後、お見知りおきを。わしの息子は前第5支店長の正明です。」
あ、これはヤバイ事態になってしまったかもしれない。絶対に怒ってるでしょ。
「佐和田さん、息子のことは気にしなくて大丈夫ですよ。今は私の監視下でしっかりやっていますから。それに支店長を解雇にしたのは、瀬戸さんと私の二人みたいなものですから。」
た、助かったー。もうマジで心臓が飛び出ると思った。この会社ではドッキリが当たり前なのか?
「私は第2支店長の宮之原 巧です。佐和田支店長の最近のご活躍はお聞きしています。」
「ありがとうございます。」
「しかし、我が第2支店も負けるわけには行きません。」
「はあ・・・。」
「これからもよろしく。」
その後にも支店長の自己紹介は続いた。そして、凪颯の番になった。
「えーと、第8支店長の潮海 凪颯です。よろしくお願いします!」
「瀬戸社長。以上8名、全員出席です。」
「ありがとう。では、今回の業績ランキングはみんなの知っている通りの第5支店だ。二位が第1支店、三位が第2支店だ。今回、第8支店は他とは期間が違って、短かったから除外したが、その調子なら、上位に食い込める勢いだったぞ。」
「ありがとうございます!」
その時、宮之原さんが口を開いた。
「また、神田のじいさんに負けたのかよ。今回こそ上回ったはずなのに・・・。」
「ホッホッホ。まだまだ若いのには負けんよ。」
ランキングの詳細を見ると第5支店と第1支店の差は僅差だった。あのじいさん何者なんだ?
「まあまあ、お互いが切磋琢磨して向上できることはいいことだ。そのために、第8支店を作ったんだ。」
「そんな人材がいるのなら私の所にくださいよ。」
その時、第4支店の南戸 敏久さんが意見を言った。今回の業績で最下位だった所だった。
「第4支店では残業をみんなでやっても仕事が溜まっていく一方でみんな苦しんでいます。補強が欲しいです。」
「それは南戸支店長が悪いんだろ?我が第2支店ではその残業の一部を補填できるほど、仕事をやっている。第4支店の方針が悪いのでは?」
間髪を入れずに宮之原さんが顔の前で手を組みながら言った。
「第4支店の業績はノルマの90%でいつも最下位。少しは工夫して業績をあげることを考えたほうがいい。」
確かに宮之原さんが考えていることは正しい。しかし、宮之原さんが第4支店の仕事をすべてを見れていないこともその発言で分かった。俺がそのことを言おうとし立とうとしたその時に隣にいた凪颯が止めた。
「翔は座ってて。」
「はぁ?」
まだまだ、宮之原さんの発言は続いた。
「うちは第4支店よりも10人近く人が少ない。それでも、121%の業績を出したんだ。ノルマは一緒なんだからこれは支店長の交代が望ましいのでは?」
「そんなことないっ!」
そう言って凪颯が急に立ち上がった。
「宮之原さんは何も分かっていない!」
いやいや、何も分かっていないのはお前だろ!いつも正義感が先に出て、後先を考えずに行動する悪い癖を俺は知っている。
「潮海支店長、私は何を分かっていないのですか?」
俺は頭を抱えながら聞いていた。凪颯が俺と同じことを言えるとは思えない。
「第4支店の仕事は他の仕事よりデータ処理が多いんです。」
そう言いながら、凪颯は資料を配り始めた。
「その資料を見てもらえればわかるように、データ処理が多いので確認の作業の時間も多くなって、結果として他の支店よりも業績が伸びないんです。」
「確かにこのデータから見るとそれは分かるが、それは言い訳に過ぎないのでは?」
「っ!」
詰んだな。凪颯が黙り込んでしまった。
その時、アクアが俺の耳元で囁いた。これぞ本当の『悪魔の囁き』ってやつだな。
「うまいことを言ってないで助けてあげたらどうですか?」
言われなくてもわかってるよ!
「瀬戸社長。少しいいですか?」
「構わないよ。」
俺は立ち上がって、様々な資料を見せた。
「第5支店ではおそらく最近出来た第8支店以外の仕事を全て見ることができました。そして気づいたことがあります。それは、仕事の訂正率です。調べた所、、平均は8.2%で、第4支店は16.6%で一番多かったです。」
「むしろ第4支店がいかに杜撰なのかが分かるデータじゃないか?」
俺はその言葉に気を止めず、話を続けた。
「社長は業績を全仕事から訂正率を合算していると聞きました。つまり、それを考えずに全仕事を出すと第4支店がほぼ100%なんです。」
「佐和田支店長が言っていることは分かります。しかし、結局は第4支店が雑な仕事ってことですよね?」
「それは違います。宮之原さんが仕事を引き受けたとき、不思議な点はありませんでしたか?」
「いや、何もありませんでしたが?」
「きっと、そのせいですね。私もいくつかの仕事を第4支店から引き受けましたが、ある時データが引き継げませんでした。その原因を調べてみると、南戸さん、パソコンのバージョンを2つ前のまんまにして仕事をしていますね?」
「はい。うちの社員は昔からの仕事が多くてバージョンは2001年のやつです。」
「2001?!南戸支店長、そんなパソコンでは仕事にならないのでは?」
「そこなんですよ、宮之原さん!第4支店では『親しみのあるパートナー』がコンセプトでした。だから古くからの顧客が多く、その人たちのデータが受け取れなくなってしまうからバージョンアップできないんです。」
「正しく、佐和田さんの言う通りです。最新の2015でも需要が少ないせいかその部分は改正されないのです。」
「そうだったんですか。南戸支店長、勝手な推測での発言、申し訳ありませんでした。」
そう言って、宮之原さんは頭を下げた。意外と素直なんだな。
「佐和田くんの言うとおりだ。うちの会社に仕事が出来ないやつはいない。ただ、第4支店には面倒な仕事ばっかを任せている。だから南戸君。そんなことを気にすることはない。」
瀬戸社長が満面の笑みで言った。いいことは言ってるんだけど、やっぱり見た目がなー。
「佐和田くんが言っていたが、第5支店の業績は見てもらった通りパソコンをフルに活用している。とても前回の業績が下から三番目とは思えない上がりようだ。」
えっ?!前回、下から三番目なの?やっぱり神田が悪すぎた。
「まあ、新人の支店長が二人も出てきて、いい議論が出来た。以上で会議は終了だ。」
会議が終わったあと、会議室から退室しようとしている南戸さんのところへ行った。
「南戸さん。」
「佐和田君、さっきはありがとう。」
「いえいえ、それよりも今回の話を受けて、それ専用のソフトを作っています。」
「本当ですか?!」
「完成までにはもう少しかかりますけど・・・。」
「いやいや、作ってくれるだけでも、十分助かります。」
「勿論、使い方は追って伝えます。」
さっきまで少し暗かった南戸さんの顔が少しだけ明るくなった。
「では失礼します。」
そう言って南戸さんが会議室から出て行った。俺が会議室の扉からふと振り返ると、凪颯が自分の準備した資料を見つめていた。
「何やってんだよ。みんな出て行ったぞ。お前も早く帰れ。」
「うん・・・。」
はあ、一回一回落ち込まれたらこっちの身が保たねー。
「翔、このあと時間ある?」
「仕事が終わってからならあるけど。」
「じゃあ、今日ご飯行かない?」
「別にいいけど。でも、お前はどうするんだよ?」
「ここを借りてもいいかな?パソコンはあるから、ここで今日の仕事は済ませようと思う。」
「そう言うことならこんな広い所じゃなくて、もっと別のことがあるからそこにしてくれないか?一応、責任者は俺だから近い所の方が楽だから。」
「分かった。」
そう言って、凪颯は自分のパソコンを持って、社員のいる部屋の隣の部屋に連れて行った。
「佐和田、今回の会議はどうだった?」
「どうだったって・・・、始めてですからねー。何とも言えないです。」
「だろうな。」
「鹿野先輩、会議に出たことあるんですか?」
「まあな、なんて言ったって副支店長だからな。一回だけ神田さんが休んだ時に行ったよ。その時は邦明さんに助けられたわー。」
「やっぱり邦明さんってすごい人なんですか?」
「うーん、正直俺もよく分かんない。でも、社長と仲がいいよな。」
「そうですね。」
その時、鹿野先輩が社員に呼ばれた。
「じゃあ、頑張って。」
「はい。」
俺はデスクに着いた。
「佐和田さん。この仕事ができたので確認お願いします。」
梨紗さんが資料を渡してきた。
「確認をするので少し待ってて下さい。」
「分かりました。」
梨紗さんは席に戻った。
「貴方もお仕事が大変ですね。」
またお前か、とアクアに言いつつも俺は資料を確認した。
「しかも、人間界では『八時間労働』って言うらしいじゃないですか。」
一体、それがどうしたんだよ。
「いやー、私たち悪魔は『四時間労働』なので・・・ね?」
ね?じゃねーよ。しっかり俺の観察でもしたらどうなんだ?
「今は休憩中です。っていうか、貴方と会話をしているときは、ほとんど休憩中ですよ。」
そうだったのか。まあ、俺には必要のないことだな。
「そうです、そうです。あっ!そこの文字を間違えていますね。」
本当だ。サンキュー。
「梨紗さん。少しいいですか?」
「はい。もしかして間違いがありましたか?」
「と言っても、大きな所ではありません。ここの文字を訂正してもらうだけです。」
「分かりました。」
そう言って梨紗さんに資料を返し、席に帰って行った。
そのあとの仕事は順調に進み、無事に全員帰った。
「翔、仕事終わった?」
隣の部屋から凪颯が出てきた。
「ん?あともう少しだから待ってろ。」
俺はブラインドタッチをしながら、凪颯を確認した。
「ずっと立っているのもなんだろ。そこに座っていろよ。」
凪颯は近くにあったソファーに座った。それからは俺が話すことがあっても凪颯から話すとこは無かった。