「未来予知はできますよ。だって・・・」「『悪魔』だからだろ?」
俺が会社に戻ると、鹿野先輩がまだ仕事をしていた。
「おー、帰ってくるの早かったな。少し待っててくれ。」
「あ、分かりました。」
5、6分してから鹿野先輩はノートパソコンを閉じた。
「わりぃ、わりぃ。やっと終わったわ」
「いえいえ、こっちは大丈夫です。」
「それと詳しいことは分からないけど、よくやったな。」
「なんのことですか?」
「お前ら二人を見れば大まかには分かるよ。事故未遂かなんかが起きたんじゃないの?」
俺はソファーに座っても梨紗さんがまだ手を繋いでいることに気づいた。梨紗さんも同じタイミングで気づいた。
「すっ、すみません!」
梨紗さんが慌てて俺から手を離した。
「ほら、佐和田もそんな格好じゃ外に出れないだろ?俺のロッカーに予備のスーツがあるからそれを着ちゃえ。梨紗ちゃんは怪我とかない?」
「私は大丈夫です。それより佐和田さんが・・・。」
「俺は少し肘を擦っただけなので・・・。」
「ダメですって。きちんと処置しないと・・・。」
そして、俺が鹿野先輩のスーツを着てロッカールームから出てくると、梨紗さんが救急箱を準備していた。
「本当に大丈夫です。気にしないでください。」
「でも・・・。」
「そんなことよりも鹿野先輩も仕事が終わったことですし、ご飯に行きましょう。」
俺は二人を連れて、駅の近くにある居酒屋に行った。
「いやー、なんだかんだ言って佐和田がおごってくれるのって初めてじゃない?」
「あー、確かにそうですね。」
アイツに言わされた食事を鹿野先輩にお金を出してもらうのは・・・
「それって僕のせいにしていませんか?」
いやいや、どう考えたってお前が言わせたんだろ。
「佐和田、どうした?」
「いや、少し考え事をしていたんです。ほら、鹿野先輩は今日奥さんには連絡はしたんですか?」
「そのことなら心配はないよ。それより梨紗ちゃんは大丈夫?梨奈ちゃんには連絡入れたの?」
「あっ!忘れてました。今から入れます。」
その時、ちょうど電話が鳴りだした。
「もしもし、・・・うん梨紗だよ。・・・今、佐和田さんと鹿野さんと一緒に駅の近くにある居酒屋。・・・・・・分かった。じゃあ切るね。」
「もしかして、梨奈さん?」
「はい。そうです。」
「さすが双子だな。やっぱり、テレパシーって存在するんだな。佐和田?」
「まさか、そんな非科学的なことがあるとは思いませんね。そもそm・・・」
「ストップ、ストップ。お前はすぐに論破したがる癖をどうにかしないとな。」
鹿野先輩が笑いながら言った。
「今のは鹿野先輩が振ってきたんじゃないですか。」
そう言いながら俺はビールを飲んだ。
「『非科学的』なんて言わないでくださいよ。現に貴方には悪魔が見えているのですから。」
はあ、今日はもう帰ってくれ。
「分かりました。もう失礼します。」
ん?今日はやけに素直だな。ありがたい限りだ。
「佐和田?どうした?」
「ああ、大したことじゃありません。」
「もしかして、日曜のオーディションのことか?それなら心配することはないだろう。」
「オーディションってなんのことですか?」
「あれ?梨紗さんは知らなかったっけ?佐和田はね・・・」
「Song starですか?」
「梨紗さんよく知っていますね。テレビで放送されないのに・・・」
「あのオーディションには毎年のように行ってるんです。梨奈の友達がチケットをもらってくるんです。」
「そうなんですか。」
「佐和田さんはそこに出るんですか?」
「そうそう、しかも、佐和田は一次を・・・」
「鹿野先輩、しゃべりすぎです。オーディションなんてどこまで行こうと落ちたら終わりなんですから、受かるまでは周りに言わない方が気が楽です。」
「それもそうだな。あ、そうだ。梨紗ちゃん。俺にもそのチケットもらえないかな?」
「大丈夫ですよ。今回は三枚貰ったので。」
「まさか、来るんですか?」
「もちろんだ。折角だし、見に行けるのなら見に行きたいと思っていたしな。」
そう言いながら、鹿野先輩は枝豆をつまんだ。
「梨紗ちゃん、あまり食べないね。もしかして、遠慮してる?」
「いえ、そんなことはありませんけど・・・。」
「大丈夫、大丈夫。今日は佐和田のおごりだから気にしなくていいよ。」
「ちょ、鹿野先輩。自分が払わない時だけそんなことを言うのってズルいですよ。」
「いいじゃないか。総合したら、俺の方が絶対に多く払ってるんだから。元なんて取れやしないって。」
「そう言う意味ではなくてですね。大体、先輩は元から一言多いですって。今のだって、オーディションのことは言わなくてよかったのに。」
「どうせ、後になったら分かることだろ。バレるのが早いか遅いかの差だろ。」
その時、梨紗さんはクスクス笑っていた。
「梨紗ちゃん、どした?」
「いや、佐和田さんって鹿野さんとだとこんなに喋るんだなと思って・・・。仕事場だと仕事以外のことはほとんど話さないのでとても新鮮です。」
「今日はたまたまです。鹿野先輩がからかってくるからですよ。」
その時、一人の女性が入ってきた。なんと、鹿野先輩の奥さんだった。
「葉菜、こっちこっち。」
鹿野先輩は手を上げて呼んだ。
「あー、いたいた。翔くんも一緒なんだ。」
そう言って残っていた椅子に座った。あ、翔って俺のことです。
「いつも理がお世話になっています。」
「こっちは神野 梨紗さん。」
「もしかして、高校の時、部活が一緒だった長谷部 葉菜さんですよね?」
「あー!梨紗?髪の毛が長くなって雰囲気がとても変わったね~。」
「やっぱり、梨紗ちゃんと同じ高校だよね。前に葉菜が少しだけ言ってたことを思い出してひょっとするとって思ったんだよ。」
「それなら言ってくれれば良かったのに。いっつもドッキリみたいにするよね。」
「私も驚きました。葉菜先輩が結婚していたなんて・・・。」
「まあ、いいじゃん。俺だって確信は持てなかった訳だし、葉菜も今日は好きなだけ食べていいよ。今日は部長のおごりだからな。」
「それは助かるわ~。でも、お金は大丈夫?」
「それは大丈夫です。」
その時、葉菜さんが不意に頭を撫でてきた。
「ん~!やっぱり翔くんは可愛いね。」
「あー、はー・・・。」
て、抵抗出来ない。なんだろう、なぜか憎めない。裏表が無いんだよなぁ。
「それくらいにしとけ。佐和田が困ってるぞ。」
「あー、ゴメンゴメン。久々に会ったからつい・・・。」
「いえいえ、僕は大丈夫です。」
「葉菜先輩、相変わらずですね。」
「梨紗もそんなこと言うとこうするぞ!」
そう言って、葉菜さんは梨紗さんの頬を両手で挟んだ。
「佐和田、羨ましいだろ?」
「まあ、そうですね。」
「実は葉菜を呼んだのは理由があるんだ。」
「それはさすがの僕にもわかります。場の雰囲気がとても良くなりましたね。」
「そうそう、葉菜は人を和ませる力がある。言い方を変えれば天然なんだけどね。」
鹿野先輩は微笑みながら言った。
「それにしても本当に翔くんは可愛いね。理の紹介されてからそう思ってたよ。私と結婚する?」
「おいおい、俺のことはどうなってるんだよ。」
「もしかしてヤキモチ?勿論、冗談だよ。翔くんは弟みたいなものだもん。」
え?俺って今までそんな目で見られてたの。小馬鹿にされてる?
その後も葉菜さんを中心に話が盛り上がった。
「理、もう帰ろ~。眠くなってきた。」
「え、ああ。そうするか。佐和田、先に失礼するよ。葉菜、相変わらず夜は強くないんだ。」
ふと時計を見ると、12時を過ぎていた。てか、12時まで耐えられるなら夜には十分つよいだろ。
二人はもう席を立っていた。鹿野先輩が出たあとに葉菜さんが後ろを向いた。
「梨紗、翔くん。バイバイ。」
笑顔で小さく手を振りながら言った。あ、梨紗さんは帰らなくていいのか?
「あのー、梨紗さんは帰らなくても大丈夫ですか?」
「大丈夫です。梨奈にはしっかり連絡したので。」
「そうですか。」
「・・・あの、オーディション頑張って下さい。」
「ありがとうございます。ん?暖房が強いですか?」
「い、いえ、そんなことはありません。大丈夫です。」
その後も、俺は梨紗さんと居酒屋にいた。
「梨紗さん、お酒は飲まないですか?」
「お酒はめっぽう弱くて・・・。梨奈は強いんですけどね。」
「そうですか。今日はもう帰りますか。終電も近いですし。」
「はい。梨奈にも迷惑かけられませんから。」
俺は店員を呼んで勘定を済ませた。そして、店から出て駅のホームに着いた。
「梨紗さんも同じ方向ですか?意外ですね、出勤の時に一回も会いませんね。」
梨紗さんは微笑みながら言い、口を手で覆い隠した。
「今、おかしなこと言いました?」
「言いましたよ。だって、いつも佐和田さんは出勤早いし、退社は誰よりも遅いじゃないですか。」
「それもそうですね。」
その時、梨紗さんの長い黒髪が揺れ始めた。
「あ、電車が来ましたね。」
「そうですね。」
俺は先に電車に乗り込んだ。その後に梨紗さんが乗り込んできたが段差につまずき、体勢を崩した。
「あ!!」
梨紗さんは俺の肩を掴んできた。
「大丈夫ですか?」
「すみません。大丈夫です。」
「梨紗さんって意外とおっちょこちょいなんですね。」
俺は笑いながら言った。
「もう、夜も遅いですからしょうがないです。」
俺は席に座り、梨紗さんは反対側に座った。この時間になると人は全くいなかった。
発車してからすぐに梨紗さんは口を開いた。
「佐和田さん、居酒屋でテレパシーは非科学的って言ったじゃないですか?」
「そうですね。」
「実は私たちは少しですけどテレパシーはあるんです。」
「そうですか。」
「みんな信じてくれないんですけどね。」
俺は少し考えた。だって、俺の前に悪魔が現れたからなー。二駅、三駅と過ぎた時、また梨紗さんが口を開いた。
「私、次で降ります。」
「そうですか。」
「明日もよろしくお願いします。」
そう言って電車を降りる準備をした。電車が減速し始めた時、俺は言った。
「テレパシーを信じていない訳ではありません。ただ、証明ができないものは簡単には認めてはいけないと思ってるだけです。」
電車が停止して扉が開き梨紗さんが降りた後に、梨紗さんが振り返った。
「ありがとうございます。」
その時、満面の笑みだった。
「ふぅ、今日で四日分の生活をした気分だな。」
「何言ってるんですか。一日しか経ってないですよ。」
知ってるよ。
「今はもう人がいないんですから喋ったらどうですか?」
もういいよ。この感覚に慣れたから。
「そうですか。今日は頑張りましたね。僕からも褒めます。」
アクアは拍手をした。
「色々と忙しかったかと思いますが、オーディションのために頑張りましょう!」
ああ、そうだな。
「今日は本当に天界に帰りますね。上司にまとまった報告しないと怒られちゃいますから・・・。」
はあ、天界でもここでも社会の仕組みは同じか。お疲れなこった。
「まるで他人事みたいに言わないでくださいよ。貴方の事なんですから。」
はいはい、頑張ってくださいね。
「では、失礼します。」
そう言ってアクアは消えた。その後、俺はふと肘を見たが傷跡は無かった。
俺はあの日から寝坊の心配がない。というか、寝坊をするはずがない。だって寝ないんだもん。
「あ、七時だ。仕事に行くか。」
おかげで時間通りに生活ができる。俺がいつも通り電車に乗り、出勤した。
2,3駅進むと珍しく人が入ってくる気配があった。この時間は滅多に乗ってこないのに・・・
「佐和田さんですよね?」
俺が振り向くと梨沙さん・・・じゃなくて梨奈さんがいた。
「どうも、今日はとても早いんですね。」
「少し用事があるので・・・。私がどっちだか分かりますか?」
「分かりますよ。梨奈さんですよね。」
「本当に分かるんですか。私たちの親でもよく間違えるのに・・・、どうやって見分けてるんですか?」
確かに。昨日は鹿野先輩に『見れば分かります。』みたいなことを言ったし、記憶力はいいけど、この二人は記憶しているっていう感覚ではないんだよな~。
「僕にもよく分かりませんね。でも、分かります。」
「そうですか。」
「昨日、梨紗が迷惑かけませんでしたか?」
「いえいえ、特にありませんでしたよ。」
「ふぅ、良かった。昔から私のことは梨紗に伝わってしまうらしくて、今日朝早く起きたら少し顔が赤かったのでもしかしてと思って・・・。」
「昨日、どうかしたんですか?」
「少し飲みすぎてしまって・・・。」
「梨奈さんは妹思いなんですね。」
「いえ、私は妹です。と言っても、二人の間では気にしたことはないんですけどね。」
「そうなんですか。」
その時、電車の扉が開いた。
「本当に出社するの早いですね。」
降りながら梨奈さんが言った。
「朝は早く起きるんですよ。それに、独り身だから暇ですし・・・。」
「そうなんですか。じゃあ、明日の木曜日に会社の人で飲み会しませんか?」
「僕は構いませんけど、他には誰を呼ぶんですか?」
「もう、全員には声をかけたので後は返事待ちですね。」
「そうですか。コンビニに寄るんですが、梨奈さんはどうしますか?」
「私は先に会社に行ってます。」
「じゃあ、鍵を渡しておきますね。」
俺は鍵を梨奈さんに渡した。俺はコンビニに入って、弁当を選んでいた。
「今日はおにぎりですか?」
なんでもいいだろ。俺の好みだろ。
「冷たいですねー。少しは僕を労って下さい。」
はいはい、お疲れ様です。それと、結局何を買うかはわかってるんだろ?
「どうしてそう思うのですか?」
そうじゃないと昨日の事に説明がつかないだろう?
そうアクアに言いながら?俺はおにぎりを持ってレジに行った。
店員が会計している間に返事が来ると思ったが、アクアから返事は無かった。
「・・・お客さん?」
「あ、はい。なんですか?」
「こちらは温めますか?」
「いいえ、しなくて大丈夫です。」
そう言って店員からおにぎりを受け取りコンビニから出た。
おーい、アクアくーん?
「あ、すみません。少し疲れがあるようで・・・。」
で、さっきの質問は?
「まあ、確かに僕は未来予知はできます。だって・・・」
『悪魔だから』とかなんとかって言うんだろ?
「・・・その通りです。」
アクアは微笑みながら言った。
俺が会社に着くと、梨奈さんと鹿野先輩がいた。
「おー、佐和田珍しいな。俺より遅いなんて。」
「そういう日もありますよ。僕はサイボーグじゃありませんから。」
「それもそうだな。そんなことより昨日はありがとな。葉菜からも改めてお礼を言っといてって言われたから。」
「こちらこそ、突然ですみませんでした。」
その時、梨奈さんが鹿野先輩に話しかけた。
「鹿野さんは金曜日来れますか?」
「飲み会なら行けるよ。梨・・・?」
「奈です。今日はまだ、名前プレートをつけていないのでわからないですよね。」
ドッキリが成功したかのように梨奈さんは笑った。
「そうするとやっぱり佐和田さんすごいですね。」
「佐和田が分かる理由が分からん。」
「鹿野先輩、僕も分からないです。」
その言葉は二人に大ウケした。今日も忙しくなるとも知らずに・・・