「くじは気楽に引きますよ」「こういうものは気持ちが強い人が引くものよ」
『あほ抜かせ』はどっちの方だよ。大体、商業科からの人がIT関連の仕事で化けるなんて、ありえないだろ。それなのに、推薦状を書いて出したのか。俺が第2支店に推薦状を送ろうとすると、『推薦不可』とデバイスに表示された。
「もしかして、第2支店の人とも面接をしたのかな?」
「はい、以前にインターンシップでお世話になったので面接をしてもらいました。しかし、質問される前に推薦状の事を話したら、『後半で佐和田支店長に面接をしてもらいなさい』と言って、同じように推薦状を書かれました。」
なぜだ?俺は履歴書をくまなく確認したが、検討がつかない。
「どうやら、分からんようやな。」
俺と坂堂くんとの間に入るように、東條さんが会話に割り込んできた。
「せやから、給料ドロボーやねん。宮之原は分かったんや。お前と奴の力の差って事やな。」
その言葉に素早く、坂堂くんが質問をした。
「しかし、僕は商業の事なら学業でトップクラスだったので第2支店で活躍出来ると思います。」
「何も分かっとらんな。せやから、アイツにもここに推薦状を書かれるんや。」
確かに、この大学の商業科はトップクラスの偏差値を誇っている。それなのに、第6支店はおろか、第2支店からも良い返事が返ってこなかったのはおかしい。もしも、うちの後期の面接に来たら、高確率で落とされるような人材をわざわざ・・・。ん?『わざわざ』俺の支店に面接を受けるように仕向けたのか?第5支店に入れたら間違いなく『給料ドロボー』扱いのはずなのに、東條さんがこんな馬鹿げた事をするはずがない。
「君はここ以外でどんな会社の入社試験を受けてきましたか?」
坂堂くんはすらすらと会社名を数社言ったが、どこも商業系の会社だった。
「自分はこれまでに培ってきた知識を最大限活かしていきたいのです。」
「その熱意は十分に伝わりました。」
「それじゃあ、・・・」
「でも、第2支店には入社できないと考えた方が良いと思います。」
その言葉を聞いて、坂堂くんは机を叩き、勢いよく立ち上がった。
「な、何でですか!?商業系の事ならほとんど答えられるつもりです。」
「東條さんも宮之原さんも君がそういう人材だから、わざわざ第5支店に推薦状を送ったんだと思います。」
俺の言葉に目を点にする坂堂くんと、対照的に納得したような顔をする東條さん。それを確認した後に、俺は話を続けた。
「この大学は商業の中では一流と言っても過言ではないかもしれない。実際、この会社も君のような人を募集要項で求めている。」
「なら!」
「それでも君は、たったそれだけ。商業系の仕事以外では素人になってしまう。つまり、君は一つのことに特化しすぎている。それでは非常に惜しいこと。」
坂堂くんは俺の言葉を徐々に納得していくようだった。
「だから、こちら側としては第2支店に入れることは避け、君には視野を広げてほしい。勿論、坂堂君に取っては未知の世界に飛び込む訳だから、心配事や不安に駆られることを多々あると思う。それでも、うちが良いと言ってくれるのであれば、第4指名で君の名前を呼ぶことにするが、どうする?」
坂堂くんは少しだけ渋い顔をしたが、その後に笑顔になった。
「確かに佐和田さんの言う通りかもしれませんね。自分も『折角商業の勉強をしたから。』と自分で視野を狭めていたかもしれません。その方向でよろしくお願いします。」
そう言って一礼した後、坂堂くんは立ち去った。
「・・・給料ドロボーから道化師に昇格させたる。」
俺の話が終わると、ずっと黙っていた東條さんが口を開いた。
「・・・話に聞いたとおり、おもろい奴やな。これからは仲よ~しような。」
東條さんは手を差し出した。俺はその手を握ることに抵抗感を覚えた。
「あ~、分かるで。鹿野のことやろ?アイツも中々成長したと思うで。アイツ、みんなの仲を取り持とうとするやろ。俺はそれが嫌いでな。俺から言ったんや。『俺にはけんか腰で来んかい!』ってな。最初は、ぎこちなかったけど、今日の態度を見て安心したわ。それに、良い道化師にも恵まれたさかい、苦労は少なそうやな。」
俺はこの時、『この人には敵わない』と心のどこかで感じた。いや、この感情すら感じさせられたのかもしれない。
「どうして・・・」
「それ以上は聞くもんやないで。それにこの面接形式だと支店長が一番得意としてはるから出番なしってことや。道化師は人を笑かしてくれるさかい、ドロボーやないけど、この調子やと俺が給料ドロボーやな。」
そう言い終わった後に東條さんは大声で笑った。しかし、その笑い声は騒がしいこの会場では、数人にしか聞こえていなかっただろう。
「ほな、またな。道化師さん。」
東條さんが立ち去ると同時にアクアが出てきた。
「ドロボーと道化師って道化師の方が地位は高いのでしょうか?」
きっと、あの人の中だとそう言うことになってるんだろうな。
「うーん、言葉って難しいですね。」
その時、俺は重大なことに気づいた。柏原さんの事である。俺は運良く最初に見つけることが出来たが、この会場には多くの人がいる。この中から一人を見つけ出すのはかなりの困難を極めると思う。俺が落胆している最中、デバイスに一件のメールが送られてきた。
佐和田さんへ
無事に柏原さんを見つけることが出来ました。第8支店の事も話していたら、偶然にも潮海支店長がいらっしゃったので、今後の事も含めた内容でスカウト成功しました。内容は直接話したいと思います。
神野 梨紗
「良かったですね。結果オーライではありませんか?」
それもそうだな。その時の実力じゃなくて、今後の事もきちんと考えないといけないって事だな。
その後も、無事に予定していた二人に会うことができ、残りはドラフトをするだけとなった。
「まあ、東條さんと宮之原さんが同じ意見ならばしょうがないな。約束通り、その子を第4指名で呼ぶとするか。」
鹿野先輩は二人の意見が腑に落ちたようで、神野さんはまだ状況が読み込めていなかった。
「鹿野さんは東條さんと仲が悪いんじゃ・・・。」
「俺、そんな事言ったっけ?少なくとも俺は東條さんと仲良いと思ってるけど。」
「ええー!」
驚くのも無理はない。あんな会話を見せられたら、誰だって仲が悪いんじゃないかと推測するだろう。
「でも、鹿野先輩のそういう性格を東條さんは気にしていましたよ。」
「どうせ、『今日の姿を見て安心した。』とか、言ってたんでしょ?」
「鹿野先輩どっかで聞いてたんですか?」
「聞いてはないけど、東條さんならきっとそう言うと思っただけ。それに、東條さんも心の底からそんな事は思っていないと思うよ。第6支店の人たちはくせ者ばっかりだからね。特に・・・」
「私の事かな?」
三人で同時に後ろを向くと神薙さんが立っていた。
「びっくりした~。いつから聞いてました?」
「第6支店の人たちが変人ばっかりの所くらいかな?」
「神薙さん、それは若干の脚色が・・・」
「そう!君の名前『翔』って言うのね!デバイスで検索したら出てきたわ。」
俺が言葉を言い切る前に神薙さんの言葉が割り込んできた。
「それにしても、東條に結構苦労したんじゃない?あの人って回りくどいのよね。翔くんに迷惑かけてしまったら、私が謝るわ。ごめんなさいね。」
「いえいえ、僕も東條さんに助けられたみたいなものですから、神薙さんは気にしないでください。」
その言葉を聞くと、神薙さんはクスッと笑った。
「もしも、翔くんが前期の面接に来ていたら、全力で取りに行ってたわ。勿体無いことをしたわね。」
神薙さんの言葉の真意を神野さんだけ分からなかったらしく、笑っている三人を脇目に戸惑っていた。
議論のために取られた時間が過ぎて、ついにドラフト会議が始まった。
『それでは、第37回前期入社試験、ドラフト会議を行います。』
アナウンスが流れると同時に、最終確認の相談する声が収まった。
『各支店の第一希望の就活生を、机上のデバイスから選択して下さい。』
「僕たちは柏原さんで良いですよね?」
「それが良いだろ。そうじゃなきゃ、梨紗ちゃんが頑張った意味がなくなっちゃうからね。」
鹿野先輩は神野さんの方を見ながら、確認するように言った。それに答えるように、神野さんは軽くうなずいたのを見た俺は柏原さんを選択した。それから数秒たってから、再度アナウンスが流れた。
『全支店の第一希望が確定しました。それでは、第一支店から発表します。』
俺たちは七つの名前を聞いて驚愕した。
『第8支店、柏原 優子。』
「・・・鹿野先輩、これはどういうことなんでしょうか。」
「俺も良くわかんないけど、流石に第8支店とも被るとは思ってなかったよ。」
「海潮支店長、柏原さんは外すって言ってたんですけど・・・。」
鹿野先輩は頭を掻き、神野さんは今朝のような、困り果てた顔をしていた。
「これがドラフト会議や、道化師さん。」
東條さんが、俺たちの机にやってきた。
「大体、今回の面接で彼女ほど魅力的な人がいなかったさかい、第1希望は被ると思っとったんや。」
「でも、第8支店では・・・。」
神野さんが凪颯とのことを話すと、東條さんは一つため息をついた。
「お嬢ちゃん、そんな事したらあかんわ。しっかりと資料読んだかいな。」
その言葉を聞いて、慌てて資料を読み始めた。それを気にも止めずに話を続けた。
「簡単に言うと、就活生にも拒否権があるんや。でも、推薦状を出してもらった所には再度、チャンスがくるんや。その代償として、一応名前を書いとかんとその権利がなくなってしまうんや。」
その事を聞いて、鹿野先輩が何かを思い出し、口を開いた。
「東條さん、それって・・・」
「そうや、あの子が最近噂になってる『内定を蹴る』就活生、柏原 優子、気に食わん奴や。」
「だから、あえて全支店が第一希望にしたという事ですか。」
「そうや、それなのにうちの支店長もそない事やりおって、一体何を考えてるのか・・・。」
「柏原さんは一体何が目的なのでしょうか?」
『それでは、各支店の代表者は前の舞台の方へお越し下さい。』
「ほな、行くで。」
「東條さん。貴方はくじ運が弱いんですから、私が行きますよ。」
「それはないで、神薙さん。そないことしたら、俺は何しに来たねん。」
「懐かしい後輩くんと話でもしていたら?今回の第1希望は長くなりそうだしね。」
東條さんは納得がいかない様子だったが、神薙さんの指示を聞き、俺の使っていた椅子に座った。
「第5支店では佐和田が適任だろ。行ってこい。」
「適任って・・・、くじを引いてくるだけですよね。」
「でも、大学の文化祭の時、くじ運が最強だったことは今でも覚えてるからな。」
満面の笑みで鹿野先輩は俺を送り出した。
「貴方、大学でそんなことがあったんですか。」
まあ、正直あのくじ運は神っていたかもしれない。希望通りに行き過ぎたからな。怖くなって確率を調べたら、1割を無かったな。
「中々、悪魔じみた能力ですね。」
今の不眠症状の方が、よっぽど悪魔じみているけどな。
その言葉に、アクアは軽く一言相づちを添えて笑った。
「しょ、じゃなくて、佐和田支店長。」
舞台の前で凪颯が声をかけてきた。
「お前はその呼び方じゃなくて良いだろ。それに、東條さんから全部聞いたから何も思ってねーよ。」
「そ、そう?」
「それに、この柏原って人、お前の事を尊敬しているって言ってたぞ。良いことじゃねーか。尊敬できる人の下で仕事が出来るって事は。」
「う、うん!」
凪颯は元気を取り戻し、舞台に上がった。
『それでは、くじをお引き下さい。』
第1支店の代表者から引いていき、俺の順番が回ってきた。隣には神薙さんが俺を凝視していた。
「八分の一ね。」
神薙さんが確認するように言った。
「その分、気楽にくじを引けるので良いと思います。」
というか、本当に当たる確率の方が低いからそんな都合良く、第5支店に柏原さんを引けるとは思わないんだよな。
「気持ちを強く持った人が普通なら引くものよ。」
俺が抽選箱の中に手を入れた時、神薙さんがボソッと言った。俺は気にせずに箱の中から、封筒を一つ取りだした。
「・・・やっぱりそうなのね。」
神薙さんは捨て台詞のように言葉を発した後、素早く箱からくじを引いた。




