「佐和田君と神野さんは面接出来た?」「はい!」「終わったら食事でもいきましょうか。」
「そんな緊張することはないって!スマイルスマイル!」
鹿野先輩は神野さんの肩を軽く叩いた。
「それに、最終決定権は佐和田が持っているんだし、梨紗ちゃんは気楽に望んでよ。」
俺も初めてなのに、そんな事を忘れてしまうくらい、神野さんが緊張していた。
「し、失敗したらどうしよ・・・。」
「せやろ、失敗したらあかんのや。」
俺は聞き覚えのある声の方に顔を向けた。
「人間はみんなそんなもんやさかい、給料ドロボーなんや。」
さっきのように爪楊枝をくわえながら、神野さんの目をじっと見つめていた。俺は次の言葉に反論しようと待っていると、俺よりも先に鹿野先輩が動いた。
「東條さん。うちの後輩をからかわないでくださいよ。」
「鹿野、お前がそないことを言えんのかい。」
「東條さんこそ、そんな事を言っている暇があるのなら、今のうちに履歴書のデータでも目を通したらどうですか。」
俺は今までに聞いたことのない鹿野先輩の攻撃的な言葉に背筋が凍った。
「それに、この子は僕が推薦してきた子です。給料ドロボーなんかじゃありません。」
「・・・まあ、ええわ。お前と口論しても時間の無駄や。またな。」
東條さんは顔色一つ変えずに、立ち去っていった。
「あ、ありがとうございます。」
神野さんは小さな声でお礼を言った。その言葉に対して、鹿野先輩はいつも通りの笑顔で答えた。
「まあ、東條さんの言葉は気にしなくていいからね。リラックス、リラックス。」
「鹿野先輩は今の人と知り合いなんですか?」
「昔の上司だよ。宮之原さんの同僚の東條 昌幸さん。俺が宮之原さんの下で働いていたとき、トップを維持し続けたくらい優秀だった。当時は重役に一直線だと思われていたけど、今は副支店長なんだと。」
「人は見かけにはよらないとはよく言いますが、そんなにすごい人だったんですか。」
神野さんが会話の中に入ってきた。
「でも、そんな気がしました。東條さんからは優しさを感じました。」
その言葉に鹿野先輩が反応した。
「そうだよ!梨紗ちゃんのその感性が今回の試験で役に立つんだよ。」
「そ、そうなんですか?」
「初めて会う人に対して、そのような嗅覚があれば、第5支店に合った人材を確保できるかもしれません。」
俺も鹿野先輩の意見に賛同すると、神野さんの目がいつも通りの目に戻った。
「鹿野くんでしょ?」
声のする方向を見ると、その人は見覚えのある人だった。確か、第6支店長の・・・
「神薙よ。覚えてる?」
「覚えているに決まってるじゃないですか。僕が会社に入って初めて仕事を教えてもらったんですから。」
「そう。今では第5支店で活躍してるのを噂で聞くわ。それに、そこのダークホースも。」
そう言って、神薙さんは俺の方を向いた。
「それにしても、この子はかなり仕事が出来そうな子ね。どうして、この子が試験を受けに来たときに気づかなかったのかしら。」
「コイツは後期の試験で入社したからですよ。後期は各支店がそれぞれ独立してますから。それに俺だって、少ししたら第5支店に異動でしたからそっちで僕の事を知ってる人の方が少ないんじゃありませんか?」
「・・・それもそうね。それじゃあ、頑張りましょうね。」
神薙さんは笑顔になって答え、立ち去った。
「・・・鹿野先輩。」
「ん?どうした佐和田。」
「先輩って知らない人いますか?」
「ん~、そう言われるとあまり知らない人っていないのかもな。こういう行事に来る人たちは、大体決まってるし、知らない人って言ったら、行ったことのない支店の人たちくらいじゃない?」
「か、かっこよかった・・・。」
俺と鹿野先輩の話そっちのけで神野さんが神薙さんを見ていた。
「でも、なんで佐和田さんの事を見に来たのでしょうか?」
「それは、佐和田がここに来るのが初めてだからだろうな。毎年恒例だけど、入社試験が始まる前に新人の子とかを見に来る傾向があるんだよ。事実、その人たちとも連携が必要になってくるしな。」
「・・・私のことは全く気にしていないのでしょうか?」
神野さんが少しそわそわしながら鹿野先輩に話しかけた。
「う~ん、あの人は好奇心旺盛だし、抜け目がないから梨紗ちゃんの事も、気にしてるんじゃないかな?梨紗ちゃんも後期だから、会ったことはないでしょ。」
「そうだと良いんですけど・・・。」
「まあ、どうしても気になるのなら、試験が終わったら食事にでも誘ってみようか。」
「本当ですか!」
鹿野先輩の一言で神野さんの目が一気に輝いた。
「女性って、憧れに弱いですよね~。」
お前には、分からない事だろうけどな。
「貴方には分かるんですか?あんなに結婚を考えていないって言っている貴方が。」
ここに来ても俺を挑発するのか?てか、ここでも監視をするのかよ。
「勿論です。監察対象ですから。」
そんな中、支店長たちがぞろぞろと集まってきた。
時間は予定開始時間の五分前、八時五十五分だった。
「佐和田も梨紗ちゃんも、積極的に声をかけてあげてね。」
「分かっています。元々、就活生からは話しかけてはいけないんですよね。」
「まあ、ペナルティーがないから話しかけてくる人もいるから、その時の対処もしっかりする事。」
「わかりました。」
その時に、会場の扉が開き、アナウンスが流れた。
『これから、就職試験を開始致します。面接官は所定の位置から始めてください。』
「僕たちは動くんだけどね。」
鹿野先輩が間髪を入れずにアナウンスにツッコミを入れた後、就活生が一斉に流れ込んできた。
「そこの君、いいかな?」
俺が、一番目に声をかけたのは、ポニーテールの女性だった。
「なるほど、貴方の好みは・・・」
黙れ、俺は聖徳太子じゃない。
「・・・すみませんでした。」
「お願いします。」
こんな異例の面接に対しても動じていないような立ち振る舞いが気になるが、とりあえず席に着いた。
「まず始めに、どうしてこの会社に入ろうと思ったのかな?」
「御社では、様々な事業を展開しており、人のためになる仕事、そして、色んな事に興味を持てる私だからこそ出来る仕事をしたいと思いました。」
まあ、大体こんな事はみんな言うんだよな~。こんな質問、次からしないわ。
「では、聞きますが、どこの支店に入りたいのですか?」
「私は色んな経験をして、潮海支店長みたいな社員に頼られる人になりたいです。」
「凪颯みたいに!?」
俺は思わず声が出てしまった。
「もしかして、お知り合いですか?下の名前で呼ぶ間柄なんですね。」
俺のイレギュラーの反応にも、動じることは無かった。
「あ~、すみませんでした。なるほど、それでは特に希望はないという事でしょうか?」
「いえ、いつかは潮海支店長と一緒に働きたいと思います。」
え~と、これは推薦状を使った方が良いのか?確かに、うちでは入社してからも数年はあっさりと転勤は決まるし、支店間でのヘッドハンティングも少なくない。俺も何回かはその話があったらしいが、俺の所まで話が来なかった。
「潮海支店長みたいな社員になりたいと言いましたが、具体的にはどのような事で貢献できるとお考えですか?」
「周りの些細な変化に気づいて・・・」
俺はその後に、二、三個の質問をした。
「それでは、面接は以上となります。ご自由にしていて下さい。」
「ありがとうございました。」
そう言って俺はその場を立ち去った。
「中々、まじめそうな子でしたね。」
面接が終わるまで待っていたのか。
「それにしても、不意を突かれたとはいえ、面白かったですよ。」
そうかい、そうかい。何とでも好きに言えば良いさ。俺もそういうことを想定していなかったことに、非があるからな。
「どうするつもりですか?」
あの子のこと?まあ、俺が凪颯に推薦状を書いて、後は任せる事にするか。俺たちも拾ってはいくだろうけど。
「そうですか。僕からは口出しはしようと思っていないので、これからも頑張って下さい。こっそり見ています。」
面接の前半が終わり、一度みんなで集まった。
「佐和田は相変わらず、飲み込みが早いから、手際が良かったな。」
「まあ、大体どのような質問をしても、大雑把には同じ答えしか返ってきませんでしたし、形式は違えど、履歴書と答え方で大体の事は分かりましたから。」
「私も初めてでしたけど、うまく出来ていたと思います。」
鹿野先輩はニコニコしながら、話を続けた。
「でも、勝負は後半の1時間だからね。ここでどれだけ手際良く出来るかにかかってるよ。」
「分かりました。」
神野さんが元気よく返事をすると、神薙さんが近寄ってきた。
「佐和田君と神野さんは初めての面接出来た?」
「は、はい!」
さっきよりも、元気な声で神野さんは返事をした。
「うん、元気な子は嫌いじゃないわ。そうだ、これが終わったら食事でもしましょうか。」
「本当ですか!?」
「ええ、第5支店は新しい子が二人もいるから、鹿野くんも大変でしょ?終わった後くらい、先輩として労ってあげるわ。」
「神薙さん、ありがとうございます!」
こう見ると、神野さんが若いのが目立つくらい元気にしていた。
「それじゃあ、頑張りましょうね。」
神薙さんが立ち去った後、鹿野先輩はため息を一つついた。
「鹿野先輩どうかしましたか。」
「いや~、俺の考えがダダ漏れだったんだと思ってね。」
「もしかして、先輩からお願いしたわけじゃないって事ですか?」
「ここだけの話、神薙さんはオーラが見えているらしい。しかも、とてもくっきり。だから、普通の人が考えている事はある程度分かるらしい。」
「僕は・・・」
「信じないんだろ?でも、事実なんだよ。俺の行動も入社したときからバレバレだったから、何かしらが見えてるんだよ。」
俺は信じられなかったが、鹿野先輩がそんなに言うのであれば、何かしらの事があってだろうと思って、鹿野先輩を信じることにした。その後、俺たちは面接した子のデータを見ながら話し合いをした。最終的にはスカウトする人数が三人に収まった。
「まあ、妥当な判断じゃないか?それに、推薦の事も考えると一つあまり枠があった方がいざと言うときに使い勝手がいい。今回取らなかったら、その分は後期に回せるから心配はないだろう。しかも、この子はとても良さそうだ。」
そう言って鹿野先輩が指したのは俺が初めに面接した子だった。
「佐和田からの評価も十分と言って良いし、何よりも柏原さんはどこの支店の面接でも手を抜いている様子はなかった。きっと飛躍的に実力を付けてくると思うよ。ただ、問題なのは凪颯ちゃんのところが良いって言ってた事かな。佐和田が推薦したのは良いけど、それが決定じゃないからな。正直な話、第5支店で少し鍛えてからどこかに排出しても良いと思う。何なら、そのような条件付きでスカウトしてきても構わない。」
『後半開始五分前です。面接官の方は所定の位置にお戻り下さい。』
会場にアナウンスが流れ、俺たちは準備に取りかかった。
後半が開始してから、今度も俺たちの方から声をかけていく。俺はタイミング良く、柏原さんを見つけることが出来た。声をかけるために近づこうとすると、俺のそばに一人の男性がやってきた。
「第5支店長の佐和田さんですか?」
「そうですが・・・。」
その男性は全く目を付けていない人だった。
「僕は第6支店の東條さんから推薦状をもらったので、少し面接をして頂けないでしょうか?」
俺は履歴書を受け取って驚愕した。
「坂堂くんは商業科を卒業したのかい?」
「はい。」
商業と言えば、第2支店が主に取り扱っている分野であり、第5支店ではIT関連の仕事が主流である。
「東條さんには何と言われましたか?」
「『お前の力なら第5支店くらいで十分だろ。』と言われました。それってどういうことなのでしょうか?自分でも第5支店よりも第2支店の方が合っていると思っています。その事を話した後に、『あほ抜かせ!』と一言言われて面接終了でした。」




