「死んじゃいますよ?」「はぁ!?」
俺は家に帰って、横になった。
「どうですか。不眠症になった気分は?」
あっ、この声は…
「どうも、願いを叶える悪魔です。」
「はいはい、今日はどうした?」
「途中報告を上に提出しないといけないので観察しに来ました。」
「って言っても本当はずっと見ていたんだろ?」
「わかりますか?まあ、悪魔も暇がある訳ではないのでね。常にってことではありませんがある程度は見ていました。」
アクアは資料を書き始めた。
「なんでココで書くんだよ。」
「いいじゃないですか。どうせ、あなただって今日のアニメを見ないといけないはずでしょ?」
「お前のおかげでストックはもう切れたよ。今では、2時には暇になるから仕事してるよ。」
その言葉でアクアは筆を止めた
「ほう、そうですか。なら、次は歌の練習をしたらどうですか?」
「はぁ?夜だぞ夜!近所迷惑だって!」
「僕を誰だと思っているんですか?」
「悪魔」
「いや、そう言う意味ではなくて…」
「だから、何でも出来るんだろ?」
そう言ってアクアはため息をひとつした後に以前のように「えいっ」と一言
「何したの?」
「この部屋を防音にしました。」
防音って確認のしようがないじゃん!コイツは馬鹿なのか?
「でも、科学では証明のしようがない『悪魔』って言う存在が貴方の目の前にいますからね。」
はい、ウゼェェェ!
「でも、防音は本当ですからね。歌を練習してみてくださいよ。」
「注意されたら殴ってやる。」
「人の心理が分かる相手を殴れるとでも?」
・・・久々に論破された。試しに資料を書くために机に戻るアクアに枕を投げてみた。
「・・・、痛っ。」
俺は確信した。なぐr・・・
「次からは避けますからね。」
な~んだ、分かってて避けてないのかよ。
アクアは報告書の制作を再開させた。
アクアが部屋を防音にした後、確かに夜中に歌を歌っても近所からの文句はない。
部長になってから給料も上がり、子供の頃に見たかったアニメを見る資金もできた。
そして、朝になって出勤の準備をする。
「おお、佐和田部長。今日も早いね。」
「鹿野先輩、『部長』なんてやめてくださいよ。調子が狂っちゃいます。」
「でも、事実だろ?」
「そうですけど…。」
鹿野先輩が微笑みながら俺の頭をわしゃわしゃした。
「お前にはみんな感謝してるんだ。定時に帰れるし、給料が上がったからな。」
「そうですか…。」
「それよりも佐和田は休日を取らないのか?」
俺は休日をアクアに会い、初日の休日以来取っていない。
「今の僕にはまだ必要がありませんから。」
「今年もあるみたいだな。」
そう言ってチラシを見せてくれた。それは三年前に最終選考で落ちてしまったオーディションだった。
「先輩、どっから持ってきたんですか?」
「どこって言われてもね、玄関前に落ちていたよ。俺はてっきり佐和田が落としたのかと思ったよ。」
あ~、きっとアクアの仕業だな。全く、おせっかいな悪魔だ。
「もうそんな時期ですか。懐かしいですね。」
「チャレンジしてみたらどうだ?」
「もう俺は・・・。」
「したいんだろ?お前が嘘をつくときは俺には分かるぞ。」
心理学、最強かもしれない。いや、最強だな。
「有給だってあるんだからやってみろって。」
そう言って鹿野先輩は自分の席に着いた。そのあとから続々と社員が出勤してきた。
午前には仕事が終わる俺は午後には新人に様々な技術を教える。最近の人って意外とパソコン慣れしていないんだな。
「ここのキーを使うとこういう作業は早く終わります。」
「あー!全く気づきませんでした。」
う~ん、大学で習うはずなんだけどな~。俺が工学科だったからか?
「その通りです。」
「なんでお前が来るんだよ!」
その声に社員が一斉に振り向いた。
「わ、わりぃ。つい厨二が出ちゃった。」
その言葉で社内は笑いの渦だった。
「佐和田、一応まだ俺たちは仕事だぜ。って言っても定時には終わる速さだけど。」
鹿野先輩がフォローしてくれた。ありがとうございます。
「良かったですね。『悪魔と』なんて言っちゃったら、変人ですからね。」
ああ~、何なんだコイツ。俺が何も言えないからって好き放題言いやがって・・・
「貴方は喋らなくてもいいじゃありませんか。」
あ、そっか。心が読めるから、俺は話さなくていいのか。何しに来たんだよ。
「いつも通りの監察です。気にしないでください。」
なら声をかけてくるな!
「は~い。分かりました。」
「佐和田先輩?こっちいいですか?」
「OK。今から行くよ。」
「お疲れ様でした!」
「お疲れー。」
みんなの仕事が終わり、俺が身支度を整えるとアイツがやってきた。
「ところでチラシは見ていただけました?」
「やっぱりお前の仕業か。」
「『仕業』って・・・、折角歌の練習をしていますし、実力もあるんですから受けてみたらいいのに。」
「そんな時間が…。」
「『あるわけないだろう!』って言うつもりでしょうがこの日は会社記念日で強制休日だお?」
「はぁ?何急に『だお?』とか使ってんだよ。煽っているつもりか?」
「え?最近は『だお』が流行ってるって仲間から聞いたので…。」
「いつの時代だよ。そんなの絶滅危惧種だわ!」
「そうだったんですか。そんなことより久々の休日です。受けましょう!」
悪魔界って遅れているんだな。
そんなこんなで、オーディションを受ける事になった。
一次審査はビデオ投稿でここでは50人くらい残る。確かここでは俺はトップだったんだけどな~。
俺はビデオを投稿し、数日して結果が来た。一位通過だった。
「良かったですね!一位通過だったら、合格も近いじゃないですか。」
「前回のオーディションもそうだったんだけどな。」
アクアが報告書に『一次審査 通過』と書き留めていた。
その日、鹿野先輩が話しかけてきた。
「オーディションはどうだったんだ?」
「一次は無事通過しました。次の日曜日は休みます。」
「『日曜日は休みます』って元々日曜日は休みだから問題ないよ。」
鹿野先輩が笑いながら言った。
仕事が午前に終わったりする俺たちには他の所から追加の仕事が来た。仕事には結構古いものもある。ひどいものではそこの人が全員残業しても残ってしまうらしい。どんだけ効率が悪いんだよ。
「この仕事って先月が締切じゃん。やる意味あんのかよ。」
「佐和田、こっちの仕事は終わったぞ。」
なんだかんだで鹿野先輩もパソコン作業は結構早い。正直、あの神田がいけない。
「ありがとうございます。Aの3お願いできますか?」
「OK。」
最近、社員の仕事のスピードが結構早くなった。俺が部長宣告された日から会社の業績が150%上がった。パソコンの力をフルに活用すればスキルが無くても上がるだろう。
「佐和田部長、私の仕事、終わりました。」
「そうですか。じゃあ何か仕事を選んでくれますか?推定時間は記していますので・・・。」
まだ時間は午後三時である。うん、これぞ正真正銘『八時間労働』。俺の理想だ。
「Bの2やります。」
「お願いします。」
追加した仕事にはそれぞれ金額が書いてある。そして、パッと見で俺が時間を決める。
金額が高い仕事は数字が大きく、一番時間がかかるやつはA、その逆はCである。
午後の7時になってチラホラと帰る人が出てきた。
「佐和田先輩、お疲れ様でした。」
「お疲れ。明日もよろしくね。」
「あったりまえですよ!」
そう言って、後輩が帰っていった。
「佐和田、ちょっといいか?」
「なんですか?」
鹿野先輩が俺を呼んだ。
「今、Aの4をやっていたんだけど、この資料ってどこにあったっけ?」
「あ~、確か第二資料室にあったような・・・。一緒に探しますよ。」
俺と鹿野先輩は消灯されていたろうかの電気をつけて、第二資料室に行った。
第二資料室は『第二』ってついている割に第一資料室よりデカイ。古い資料が第一から流れ込んでくるからだな。
「鹿野先輩、見つかりました?」
「いやー、ここにはねーな。そっちは?」
「ここの棚にもないですね。大体、この中から見つける言ったって、最悪の場合、三時間かかりますよ。」
「まあ、いいじゃないか。昔なら、10時まで残るなんてざらだっただろ。」
笑いながら鹿野先輩が言った。
「そうですけど・・・、早く見つけましょう。」
それから、1時間たった。
「見つかりました~?」
「まだ見つかんねーよ。本当にあるのか?」
「パソコンの記録には確かにあるって書いてあるんですけどね・・・、神田の時ですからもしかしたら・・・。」
「えー、まじか~。信用ならねー記録だな。」
二人で笑っていると扉の開く音がした。普段なら8時を回ると人の気配なんてありはしない。強いて言うなら、警備員くらいだ。
「あの~、佐和田部長いますか?」
ん?この声は確か神野さんだな。ただ、会社ではとても面倒なのである。神野 梨奈と神野 梨紗がいて、双子なのである。俺でも二人の声は記憶できない。それくらい二人は見分けがつかない。だから、作業中で背を向けている俺は必殺技を使う。
「神野さん、どうしましたか?」
いつもは区別するためにフルネームだけど、わからない時はこんな感じでごまかす。
「仕事が終わったので見て欲しくて・・・。」
「あ~、お疲れ様です。俺の机の上に置いといてくれますか?」
「分かりました。あと、探している資料ならFの3だと思います。」
その言葉に俺は驚いた。そこはちょうど鹿野先輩が探している場所だった。
「佐和田、見っけたぞー!」
鹿野先輩が探していた資料を持っていた。
「それは良かったです。やっと帰れます。」
「そうだな、神野・・・、ゴメンどっち?」
「梨紗です。」
「そっか、ありがとう。梨紗ちゃん。」
「先輩、顔を見てもわからないんですか?」
「佐和田はわかるのかよ。」
「流石に見ればわかりますよ。そんなことより早く戻りましょう。」
そうして、仕事場に戻った。
「・・・うん、OKOK。今日は遅くまでお疲れ様でした。」
「あっ、お疲れ様でした。」
仕事が終わった梨紗さんは身支度を整え帰った。俺も仕事が一段落したのでパソコンの電源を切った。
「仕事お疲れ様でした。」
「!」
またお前か、今度はなんだよ。まさか、資料の場所を教えたのはお前なんだな。
「僕との会話にはもう慣れましたね。でも、資料の場所なんて教えていませんよ。なんせ、今の今まで上司に報告していましたから・・・。」
またそうやって、しらばっくれるのか。
「まあ、どう解釈しても構いませんが、一つ言えるのなら彼女は貴方のキーパーソンですよ。」
お前、なに言ってんだ。もっとわかるように説明しろよ。
「これ以上は言えない約束なので・・・。」
アクアは微笑しながら言った。
ウゼェェ~~!いっつもいいとこで一回切りやがって、完全に煽ってんだろ。
「そんなことより早く追いかけたほうがいいですよ。そうじゃないと彼女は死んじゃいますよ。」
はぁぁ?お前の魔法で助けりゃいいだろ?
「生憎、今は貴方にしか使えないですんよ。ほら、追いかけてください。」
肝心な時な使えねーなコイツ。
「鹿野先輩。僕、少しだけ外に行ってきます。」
「はいは~い。」
俺は急いで3階から階段で駆け下りた。その後、全力で最寄駅の方向に走った。この時間は車道にも車はほとんど通らず、信号は気にしなくても大丈夫だった。三分くらい走ると、梨紗さんの姿が見えた。俺は息を切らしながらも立ち止まり、アクアに話しかけた。
「おい、死ぬ気配なんてないじゃないか。青信号を渡ってるし・・・。」
「いえいえ、すぐに、あそこから車が出てきます。」
その時、確かに車が出てきた。
「あれ、居眠り運転です。」
はあ!?そう思ったとき、梨紗さんは横断歩道を渡っていた。慌てた俺は急いで走った。状況としては、きわどい所のフライを追う外野手の気分である。俺が横断歩道の手前に行くとやっと梨紗さんは車の存在に気づくが足がすくんで動けそうに無かった。俺はできる限り手を伸ばし、ギリギリまで走って、『最後』にダイブした。ふぅ、『最期』にならなくて良かった。ただ、ダイブしたので体勢はめちゃくちゃだった。俺は梨紗さんに抱きついた状態になりながらも怪我をさせてはいけないと思い自分が下になったので、スーツはボロボロになっていた。
「梨紗さん、大丈夫ですか?」
何が起きたのか分かってなさそうな梨紗さんは返事が出てこなかった。2、3秒経ってから、俺は抱きついているということに気づき、急いで離れた。
「・・・怪我はありません。」
まだ、全ては把握できていないような様子だった。
「それは良かったです。」
「あの・・・、な、なんでここにいるんですか?」
あ、これはヤバイ。アクアに急かされてここまで来たはいいが、悪魔に言われて来ましたなんて言ったら正真正銘のイタイ奴になってしまう。その時、アクアが出てきた。
「大丈夫です。言葉は僕が用意しています。リピートアフターミー!今晩は。」
「今晩は」
「遅いので」
「遅いので」
「鹿野先輩が」
「鹿野先輩が?」
「ご飯をおごってくれるそうです。」
言えるかー!無責任すぎるわ!
「じゃあ、ご飯に誘ってこいって言われたからです。」
「ご飯に誘ってこいって言われたからです。」
梨紗さんは疑問符や変な間があったことを不思議に思いながらも承諾してくれた。俺は梨紗さんから少し離れて鹿野先輩に電話した。
「もしもし、鹿野先輩ですか?」
「ん、そうだけど。」
「今日、ご飯食べません?今日は僕のおごりで。」
「いいね。でも割り勘でもいいんだぜ?」
「いいですよ、たまには僕から払わせてください。それよりも今から会社に戻るので少し待っててください。」
「OK」
電話を切り、会社に戻るので少し待っててくださいと伝え、会社に戻ろうとすると俺の右手を掴んだ。
「一緒に・・・行っても・・・いいですか?」
その握っている手はまだ震えていた。
「連れて行くくらいいいんじゃないですか?」
アクアがニコニコしながら言った。
「いいですよ。」
俺はそう言って、会社に戻り始めた。梨紗さんは手を離さなかった。