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不眠欲  作者: 柚檸檬2号
19/27

「僕は一発でした。」「俺も二発だし」「嘘をついていると信用なくしますよ。」

「さ、佐和田さん?『第4支店をつぶす』ってどういうことですか?」

最も慌てていたのは敏久さんだった。勿論、そうなることは俺も百の承知だった。

「そうだ!これは一体どういうことなんだ。俺たちはソフトの導入についての話って聞いたのにその結果がどうして第4支店をつぶすって事になるんだ。」

敏彦さんが後に続いて言葉を発した。その後も動揺の声はどんどん大きくなっていった。そんな中で敏正さんだけが落ち着いていた。

「おい、敏正!何お前は反論もせずに突っ立っているんだ!俺たちはあくまでソフトについて口論していたんだぞ。」

その言葉を聞いて、敏正さんは微笑みながら言った。

「俺、彦兄のそういうとこは嫌いじゃないよ。でも、佐和田さんはまだ話の途中でしょ?」

敏正さんの言葉でざわつきは収まった。

「何を馬鹿なことを言っているんだ。話の途中であろうと『つぶす』って言ったことは紛れもない事実だろ。それなのにこの後の話も聞けって言うのか?」

静かになったところに敏彦さんの声が響いた。

「でも、最後まで話は聞かないと本当の趣旨は分からないでしょ?とりあえず、話を全部聞いてからでも遅くはないんじゃないかな?}

俺は話の続きを始めた。

「第4支店が売り上げで一番下だったことは前回の集会で知っています。出張する前、第4支店では一体どんな仕事をしているのだろうと思っていました。しかし、ここに来て忘れかけていた人との関わりを思い出しました。第4支店の皆さんが良いのであれば、第5支店と合併しませんか。」

俺が喋り終わると、社員全員がどよめきだした。しかし、俺は後ろに何かの気配を感じ、後ろを振り返ると、瀬戸社長が立っていた。

「君もなかなか面白い決断をするね。」

俺は慌てて一礼をした。俺も驚いていたが、南戸さん達もかなり驚いていた。

「社長!来るのであれば電話をくだされば良かったのに・・・」

「久兄が呼んだ訳じゃないって事は、社長に電話したのは彦兄?」

「俺が社長に電話できる訳ないだろ。」

南戸さん達がもめていると、瀬戸社長が口を開いた。

「まあまあ、誰かが私を呼んだって訳じゃない。佐和田君がここで働いたから一週間たったから見に来ただけだよ。それで、この第4支店をどうするんだい。南戸君。」

社長の目線は敏久さんの方向を向いていた。

「え~、その事は私の一存で・・・」

「今、私が聞いているのは君がどうしたいかなんだよ。」

その場の空気が凍り付いた。俺も瀬戸社長の一言に鳥肌が立った。

「私は・・・、合併したくありません!確かに、第4支店は売り上げという点ではひどいかもしれませんが、私たちだから出来ることはたくさんあるかもしれません。その影響で他の支店には迷惑をかけてしまうかもしれませんが、私は少なくともこのメンバーでやっていきたいです。」

敏久さんの熱弁はさっきまで凍り付いていた空気を溶かすかのような勢いだった。

「・・・だそうだ、佐和田君。それでも君は合併を進めるかい?」

「・・・いえ、敏久さんがそうおっしゃるのならば、僕は何も言いませんし言えませんよ。ここの責任者は敏久さんですから。」

俺はその質問に素っ気なく答えた。

「皆さん、この一週間迷惑もかけたかと思いますが、色んな事を再認識出来たような気がします。ありがとうございました。」

俺と瀬戸社長は会社の外に出た。

「最後、やけにあっさり手を引いたな」

「それは久兄が合併を断ったからでしょ?」

「いや、違うよ。見事に一芝居打たされたってことだよ。」



「佐和田君は私が来ることが分かっていたのかね?」

瀬戸社長は微笑みながらも不思議そうに聞いてきた。

「いえ、そんな事はありませんよ。ただ来ても来なくても結果はそう大きく変わるようなものではありません。昔、東野さんに言われたことがあります。『1つにまとめるには共通の敵が居れば十分だ』と。だから、僕が敵になっただけです。少し、言葉が過激だったと思いますが、終わりよければすべてよしって事で大目に見てもらえませんか?」

「多めに見るも何も君はそれが最善の策だと思ったんだろ?いい結果になったじゃないか。南戸君も売り上げについてはシビアに考えすぎていたこともあった。私的には大漁旗を揚げたいとこだが、作ったソフトはどうするつもりかね?」

「勿論、うちで使っていきますよ。せっかく,作ったのに使わないのはもったいないですから。」

それを聞いて瀬戸社長は笑顔になった。俺も達成感を得た。

「僕もびっくりしましたよ。貴方がいきなりあんなことを言い出すから、うかうかしている暇すらないんですね。でも、瀬戸社長と里美さんの関係って何なんでしょ。」

それってお前が気になってるだけだろ。

「勿論です。ですが僕が聞くわけにもいきませんからね。今がベストタイミングです!」

俺はこいつの操り人形かよ。

「そう言えば、里美さんとはどういう関係なんですか?」

その質問に瀬戸社長は一瞬顔色を曇らせた。

「まあ、大した関係じゃないよ。偶然、町で見かけただけだよ。君も、車に乗っていくかい?」

「いえ、僕は電車で帰ります。」

「そうか、とにかく今日までの件はお疲れさま。期待以上で驚いたよ。」

「こちらこそありがとうございました。」

瀬戸社長は車に乗っていった。

「はぐらかされてしまいましたね。ところで里美さんから借りた本は読むんですか?」

「まあ、気が向いたらな。」

俺もアクアもその本が何を示しているのかは容易に推測出来て、進んで読もうとはしなかった。



翌日、俺は久しぶりに第5支店に帰ってきた。俺がドアノブをひねると扉が開いた。

「誰か居るんですかね?」

そりゃ、一週間も俺が居なかったら誰かか早く来るだろ。

そう俺はアクアに言って、周りを見渡してみるけど誰も居ない。開けっ放しだと思ってあちこち歩き回っていると、奥の部屋にあるソファーに諒が寝ていた。俺の気配に気づいたのか諒が目を覚ました。

「ああ、佐和田先輩。おはようございます。」

「あのな、ここは宿じゃ無いんだぞ。」

俺は頭をかきながら言った。

「すいません。でも、今日までには完成させたかったので昨日は徹夜だったんです。それでほんの少しだけ休憩しようと思ってここに寝っ転がったら・・・」

「朝だったと・・・。仕事を頑張るのはいいけど、からだが一番大事なんだから無理に徹夜なんてするなよ。徹夜は次の日に結局響いちゃうからな。」

「はい。」

「でも、あの仕事が終わったんだろ?お疲れさん。」

そう言って、俺は諒の肩に手を置いた。

「まあ、少しは鹿野先輩に手伝ってもらったんですけど・・・」

その時、鹿野先輩が後ろからやってきた。

「おお、佐和田。そう言えば今日帰ってくるって言ってたっけ。」

「先輩、今軽くひどいこと言ってるの分かりますか?」

「だって、俺は色々な仕事の補助をしていたからな。まあ、諒はよく頑張ってたよ。あの仕事も俺は基本的にはチェックしかしていないし。しかも、相手先には一発OKだったし。100点満点の結果だよ。」

「でも、鹿野先輩に一回見せたとき、結構だめ出しが・・・」

「あの仕事を一人でやって通ると思ったの?」

鹿野先輩は諒に顔を近づけた。

「この仕事なめんなよ。」

と露骨に低い声で言った。

「なんてね。新人で一発で出来たやつなんて、佐和田と後は神田さん位なんじゃねーの?俺が新人のときもその仕事が来たけど、二週間もかかって結局後で遅いって怒られたよ。」

いつも通りニコニコした様子で鹿野先輩は過去の話をしていた。

「それよりも、昨日は帰ってないんだろ?とりあえず、ここの人に聞いて銭湯が近くにあるらしいから行ってこいよ。そんなんだと、好きな子にも嫌われちゃうぞ。」

最後の一言を聞いて諒の寝ぼけていた目が一気に開いた。

「銭湯に行ってきます!どこにあるんですか?」

「出て、右に行って少し直線だって。」

「分かりました。」

そう言って、すぐに準備をして諒は銭湯に向かった。それを見て、鹿野先輩は諒のやった仕事の資料を見せてもらった。

「こことそこと・・・後はここを注意しただけで、後は全部自力で答えを出していったよ。なかなかの才能あるんじゃないの?」

鹿野先輩が俺をおちょくるように言葉を発した。

「まあ、僕は一発でしたから。」

「俺も、二発だし。」

「嘘も大概にしないと信用されなくなりますよ。二週間なんてあり得ないじゃないですか。」

「それは諒が『佐和田先輩はどれくらいで終わりましたか?』って聞かれて、一発なんて言ったらショック受けちまって、その後が大変だったよ。」

「後、神田さんが一発も嘘ですか?」

「何言ってんだよ。それは本当だよ。神田さんが一発で相手先に仕事を決めたから第1支店長に今もなってるんだよ。大体、第1支店の業績を確認したのか?」

「いえ、詳しくはしていないです。」

「約四割は神田さん一人がやってるんだぞ。」

俺は開いた口がふさがらない状態だった。

「・・・って噂だけどな。」

「今の言葉で口がちゃんとふさがりました。」

「それは良かった。」

「でも、鍵はしっかりかけてくださいね?」

「それに関しては申し訳ない。」

鹿野先輩は頭を掻きながら言った。



今日の仕事が終わり、俺は家に帰った。

「はぁ~、やっぱり第5支店は落ち着くな~。」

「貴方ものんきなものですね。」

そりゃ、あんなことに巻き込まれたらそうも言いたくなるだろ?

「それはそうですけど元凶は貴方が勝手に作り始めたソフトですから。」

分かってるけど、あそこまで派閥化するか?

「まあ、『雨降って、地固まる。』って事ですよ。」

お前は傍観者なんだから気楽だっただろうな。俺はうまくいくかどうか最後までハラハラしたし・・・。そんなことよりもお前は大丈夫なのか?今日か明日は試験があるんじゃないのか?

「ああ、こっちで言う明日の早朝にはありますね。」

アクアは、手帳を見ながらそっけなく言った。

そんな感じだと試験っていうのは簡単なのか?

「馬鹿言わないでくださいよ。今回の試験は悪魔試験の中でも最難関の試験の一つなんです。そんな簡単に合格者が出てもらっては困ります!」

アクアは口調を強めて発した。

「その試験に合格しない人なんてごまんといますから・・・。」

なんか申し訳ないことを言っちゃたかな・・・

「まあ、僕は余裕で受かるでしょうから大丈夫ですけど。」

じゃあ、今までの前置きは一体何だったんだ!

「だって、貴方があまりにも試験が簡単だと思っていたようですから、脅してみただけです。」

結局、明日はお前が居ないんだろ?

「そうですよ。悲しいですか?」

誰がそんな事を思うかよ。むしろ,お前がいないと静かで過ごしやすいわ。

「貴方も可愛げが無いですね。」

そんな白い目で俺の事を見るな。何で俺なんかに可愛げが必要なんだよ。

「それは僕が監視員ですからね。息子はかわいく見えるって良く言うじゃないですか。」

誰が息子だ!はあ、お前と話すと疲れが溜まる一方だな。今日は、漫画でも読んでゆっくり休むわ。

その時、アクアはまた白い目で見てきた。

「そう言えば、貴方はアニメが好きでしたね。」

何で、今になって改めてそんな事を言うんだよ。

「いや、最初の頃は『アニメを消化するために睡眠をしたくない』とか言ってた人が、今では色々なイベントで忙しくなって色んな方に気を配って、僕と出会う前からだいぶ変わったなと思いまして・・・。」

そう言えば,俺が最後に漫画を読んだのっていつだっけ?あいつの言う通り、俺は寝なくなってから色々な事に首を突っ込む事になったし、色々な人と関係を持つようにもなったな。

「まあ、そう思って貰うことが私たちの仕事ですから、思う存分、悩んでください。」

はあ、もうその笑顔は見飽きたよ。

「そんな事は言わないでくださいよ。そんだけ長く付き合ってきた証拠なんですから。それでは今日は失礼しますね。」

そう言ってアクアは消えていった。

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