「大学を楽しみに来てるよ。」「楽しみに『来てる』ってどういう事でしょうか?」
しばらく時間がたち、里美さんが食事を持ってきてくれた。
「お待たせしました。」
「いただきまーす!」
優奈ちゃんは急いでご飯を食べ始めた。
「優奈さん。人前では落ち着いて食事したほうがいいですよ。」
そう言われると、優奈さんは背筋を伸ばして食べ始めた。でも、明らかに無理をしているのは目に見えた。
「僕の前では気にしなくてもいいですよ。家庭は気持ちを休めるところですから・・・」
それを聞くと優奈ちゃんはフゥーと長い息を吐き、姿勢を崩した。
「そうですよね。やっぱり、家では休まないと。」
「それでも、オンとオフはしっかりしなきゃダメだよ。」
それを聞くと微笑みながら里美さんは再びキッチンへ言った。
「翔兄は今一人暮らし?」
優奈ちゃんが不意に聞いてきた。
「ひとり暮らしだけど、それがどうかした?」
その言葉を聞いたあと、優奈ちゃんの声のトーンは暗かった。
「私のお兄ちゃんの秀兄、って言っても実際は従兄弟なんですけど、いつも私の面倒を見てくれたんです。私が熱を出した時も、いじけて押入れに閉じこもった時も、最後まで秀兄が私を助けてくれたんです。だから、私も秀兄のように、優しい人になりたいと思ってます。でも、秀兄が突然家からいなくなったときは、ショックでした。でも、里美さんも敏彦さんも全く関心がないような感じでした。その数年後には靖兄も都心ヘ行ってしまったので、最近は一人のことが多かったからこうして家で一緒に食べてくれる人がいるのはとても嬉しいです。」
淡々と話しながら、俺の目を一回も見ずに言った声には昨日の相談事を話す時と同じような雰囲気を感じた。
「なんか暗い話みたいになっちゃいましたね。単純に嬉しいってことです。」
と言った後、優奈ちゃんは俺に軽く微笑んだ。
食事が終わると、里美さんが食器を片付けてくれ、俺は自分の部屋に戻った。
「貴方も大変ですね。」
まあ、そんなこと言ってもその為に俺のことを第4支店においているようにしか思えないしな。
「おかげで里美さんを調査する時間が限られてしまいまいた。」
お前の心配事はそっちかよ。
「勿論、あなたのことも心配はしてますけど、なにせ、貴方はどんだけ起きていても一秒足らずで必要な睡眠がとれますからね。過労で倒れることはありません。」
俺の前に歩きながら振り向かずに言った。
「それに僕だって気になることくらいありますよ。」
魔法でも使えばいいだろ。前とは違って俺も忙しくなるし、時間もないし・・・。
「それがですね。そうもいかないですよ。」
そう言いながら、俺は扉を開けて部屋に入った。
「どうやら、僕の対戦相手が偵察に来ているようなんですよ。だから、迂闊に魔法を使ってしまうと戦略を立てられてしまいます。」
それっていつになったら終わるんだよ。
「残念なことにちょうど一週間後ですね。」
俺も色々と大変なことになったのは知ってるだろ。
「そうですけど・・・、やっぱり気になります。」
それから、一日、二日、三日と日は進んでいった。
「今日も収穫はありませんでしたね。」
アクアが部屋で呟いた。
「大体、本人に聞かないと大したことを聞けないんですよ。貴方から聞いてくださいよ。これじゃキリがありません。」
そんなことを言うな。俺だってすっごく悩んでるんだ。大体俺の独断でソフトを使う使わないを決めるなんて出来るわけがないだろ。
俺とアクアは揃ってため息をついた。その時、扉をたたく音がした。
「翔兄。今大丈夫ですか。」
「入っていいよ。」
その言葉と同時に扉が開いた。
「今日も勉強を教えてくれますか?」
「いいよ。」
ベッドに座っているアクアが俺に話かけてきた。
「貴方も人には優しいですね。」
バカヤロー。俺だって他人には優しいわ。
優奈ちゃんは前回と同じ席に座った。
「今日はこの単元について教えて欲しいです。」
そう言って、優奈ちゃんは俺の使っていた教材を見せる。流石に十年くらいの時がたつとかなりレイアウトが変わっていた。
「ここ単元は少しコツが要るんだよ。でも一回慣れれば後は楽になるから。」
そう言って、俺は教え始めた。
「・・・、んがっ!?」
「優奈ちゃん、大丈夫?今日はもう止めといたら?」
なんだかんだ言って、時間は12時をとうに過ぎていた。
「後もう少しだけ頑張りたい・・・。」
そう言いながら今にも閉じそうな目を擦りながらシャーペンを動かしていた。でも、それからも少し目をつぶっては寝てしまいそうだった。
「今日はもう止めておこう。明日は日曜日だし・・・」
その時、俺もやっと気づいた。明日と言うか今日は日曜日だ。ということは第4支店は開かない?
「わかり・・・ました。」
睡魔でとても辛そうは優奈ちゃんは扉の前まで歩いたが、そこで限界だったようだ。ドタンと音を立てて倒れた。
「人間は立ちながらでも寝れるとは聞いたことはありますけど、倒れるとは聞いてませんね。」
そんなの俺も初めてだわ。と言うかなんか少し前にもこんなことがあったような気がする。
「もしかしてデジャブですか?」
んなわけあるか!何とぼけてんだよ。凪颯とこんなことがあったってことだよ。
「ああ、そこがイコールだったんですね。」
はぁ〜、って言うことは・・・
「また運んであげる必要がありますね。」
ただし俺は気づいた。優奈ちゃんの部屋ってどこだ?いつも南戸さんの家では俺の仕事かそれ以外の時は優奈ちゃんに勉強を教えていたから、ここの家の間取りを全く理解していない。
「そうですね。じゃあ、誰かに聞きますか?」
こんな時間に起きてるのなんて俺とお前くらいだよ。大体俺だって魔法にかかってなければもう少しで寝るところだわ。
「じゃあ、どうしましょうか?」
さっきから他人事みたいに言うな。魔法でひとっ飛びできないのかよ。それくらいの魔法でも力量がバレるのかよ。
「実際のところ、バレません。でも、あなただって初めに魔法を見たときに素っ気無さを感じたはずですよね?こっちの世界でも魔法の乱用は禁止されているところもあるくらいですから。だから頑張ってください。」
そう言われた俺は優奈ちゃんを抱き上げて俺の部屋のベッドに寝かせた。
「貴方はどうするんですか?」
お前もどうせ暇だろ?
「うーん。暇じゃないって言ったら暇ではないんですけどね。」
しょうがないから里美さんのことを考えるか。俺は仕事をやりながらだけど・・・
「本当ですか?!」
なにせここ二、三日はまともにお前の話は聞いてなかったからな。今日のうちに一気に聞いておくよ。
「なんか喜びと悲しみが一緒に来たような・・・」
うだうだ言ってないでやれる時にやるぞ。
俺はアクアの話を聞き始めた。
・・・つまり、ここ三日間でお前が得た情報は敏彦さんは里美さんのことになると一切口を開かないってことか。
「はいそうです。」
って、それだけ!?三日間なくてもそんな事分かるわ!
「そんなことを言ってもですね。私は縛りがあるんですよ。結局は笹谷さんから直接聞くか、他の人の話を盗み聞きするかのどっちかなんですから。情報が入っただけいい方です。」
でもな、それだけじゃ何も考えようが無いだろ。考えたとしても可能性がありすぎる。
「確かにそうですね。ただ単に話をしないってこともありますし、もしかしたら、里美さんは人に言えないような仕事でもしてたんですかねぇ。」
確かに後者の方があっているような気はするよな。普通の人だったら話しても当たり障りないんだし。
「一体、何をやっていたんでしょう。」
アクアの言葉はそこで詰まってしまった。
「・・・流石にこれだけじゃ、ほとんどわかりませんね。」
俺は紙とボールペンを出した。
「何か分かったんですか?」
こういう事は書いたほうがわかりやすい時があるんだよ。要点をまとめて、確定事項のみを残すことが問題解決の第一歩だからな。
「そうですね。アニメで同じことを聞きました。」
まさしくその言葉だわ。まずは『敏彦さんは里美さんのことを一言も話さない。』これは笹谷さんから聞いたのか?
「そうですよ。第4支店ではある意味有名らしいです。ある人があまりにも気になったので敏正さんや敏久さんにも聞いてみたらしいですけど、それでも話してくれなかったらしいです。」
なるほど、じゃあ里美さんの事は話さないって三人の中で決めているのかもしれないな。『敏久さんも敏正さんも喋らない。』と。次は『あの敏彦さんが里美さんにタジタジだった』ってことだな。
「確かにそんな事ありましたね。でもそれが何か関係でもあるんですかね?」
まあ、関係内容に思えるけど、今は事実を書き出しているだけだからな。後、瀬戸社長が来た時も息子さんが消えたことに関してもあまり慌ててなかったな。『どんな時も常に冷静』も条件の一つだろ。最後は『俺の盗み聞きに気づいたこと』と。これが一番不思議だったな。自分で思うのも何だが、割とうまかったと思う。
「それ、自分でいいますか。でも、普通の人なら気付くことはなさそうですから・・・。条件終わりましたね。」
そうだな。次はここから共通関係を導くぞ。
俺は2,3色のペンを使って、条件に丸を付けたり、線で結んだ。
第4支店では喧嘩が起きるほどだから兄弟間には上下関係は無い。だから里美さんのことを全員が言わないのは敏彦さんが二人にお願いことになる。
「それって確かなんですか?二人もたまたま話さないだけかもしれませんよ。」
俺も一回それを思ったけど、それは無いだろ。敏久さんが単に話さないだけであっても、敏正さんは気さくは性格だから話してくれるだろ。そして、瀬戸社長と里美さんの会話を聞くと何回か会ったことがあるらしい。実際、優奈ちゃんの事を瀬戸社長は知っていたことが証明しているだろう。しかも、息子さんのことでも話をしていたから、かなりいい間柄なんだろうな。そして、堂々としている敏彦さんでも里美さんにタジタジなのは、会話の感じからすると昔に何かあったことが分かる。何かを里美さんは瀬戸社長に頼んだことがあってそれで頭が上がらない。みたいなことがあったんだろう。
「そこって若干推定が入ってますよね。そこはいいんですか。」
まあ、できる限りは入れたくないけど、まあ許容範囲だろう。大体をまとめるとこんな感じだな。
「そうですね。で、その後は?」
ここからは推測の域になるけど、里美さんは探偵だったんじゃないかなって思った。勿論そんな感じってことで色々考えることが出来るけど一応はこんな感じかな。
「確かにそんな感じかもしれませんね。」
今日はここまでこれ以上は想像しても当たる確率の方が低いから考えない。お前もここまでこのことを頭に入れながら聞き込みなり盗み聞きするんだな。
「盗み聞きって言わないでくれますか。貴方だったら盗み聞きになりますけど僕の場合はなりませんから。」
じゃあ、俺はまた仕事に戻るからお前の試験を頑張るんだな。
「僕の心配をしてくれるなんて優しいですね。まあ、試験は頑張りますけど。」
そう言って、アクアは消えていった。
ちょうど、俺の泊まっている部屋は東側に窓が付いていたので、朝が来ると同時に朝日が差し込んでくる。
俺は前回を思い出し、散歩をすることにした。
「あっ、佐和田さんじゃないですか。こんなに朝早くどうかしたんですか?」
そこには、新垣さんがいた。
「少し散歩でもしてみようかと思って・・・、新垣さんはどうしたんですか?」
「私はいつもの日課だよ。ここら辺は朝はとても静かだよ。1キロ先にいるカラスの鳴き声が聞こえる時もあるくらいだがら。」
「そうなんですか。」
「それにしても、君、だいぶ薄着で来たね。寒くないの?」
そう言われて、俺は確かに寒さを感じた。急いできたからなぁ。その時、万里子さんはバックの中からコートを出した。
「私のだけど、少し大きめだから大丈夫でしょ?」
「ありがとうございます。」
俺は新垣さんの言葉に甘えてコートを借りることにした。
「それにしても、今日は一段と空気がきれいだね。遠くの山もあんなにくっきり見えるよ。」
新垣さんは家とは反対側にある山を見ながら言った。そのあと、俺は新垣さんと二人で散歩をした。
「君ってだいぶ変わってるよね。」
新垣さんは唐突に話を切り出してきた。
「よく周りから言われます。新垣さんにとって僕のどこが変だと思いますか?」
新垣さんはニコニコしながら答えた。
「別に変とは言ってないでしょ?ただ、君って優しい人だなって思っただけだよ。」
俺は思いもよらない答えに戸惑った。
「何回か優奈に勉強とか教えてるでしょ?いつもあの子楽しそうに大学に来てるよ。」
その時、俺は不思議に思った。その時、アクアも出てきた。
「それは、僕も思いました。『来てる』ってどういう事ですかね?」




