「あの言葉もなんかありそうですね。」「現実はアニメとは違うからな。」「そうなんですか!?」「先が思いやられる・・・。」
「優奈さん、どうかしましたか。」
「『優奈さん』じゃなくて、『優奈』って呼んでください!」
優奈さんは頬を膨らませながら言った。
「はあ・・・」
「まあ、いいです。翔兄も慣れていないと思うので今日は許します。」
なんか俺が怒られてる?
「それよりも・・・」
と言い言葉が止まってしまった。俺は優奈さんが持っているものを見るとそれはとても懐かしいものだった。
「優奈さ、じゃなくて優奈は・・・、やっぱり呼び捨てだと呼びにくいので何か名前の後ろにつけていいですか?」
やっぱり、呼び捨てって呼びづらいなー。
「・・・わかりました。でも、『さん』と敬語は止めてください。他人みたいなんで。」
俺と優奈さんって他人だよな。
「じゃあ、優奈ちゃんでいいかな?」
「はい!」
優奈さ、じゃなくて優奈ちゃんは満面の笑みで答えた。
「優奈ちゃんは理系だったんだね。その教材なら僕も使ってたよ。」
その言葉を聞いて優奈ちゃんは食いついてきた。
「本当ですか?!それならとても助かります。実はわからないことがあるので教えてほしいことがあるんです。」
「いいよ。」
「あっ、でも長々と聞いたら迷惑ですか?今日の仕事で疲れてますよね?」
ふと時計を見ると、12時を過ぎていた。まあ、俺に時間の概念が薄れつつあるからな~。
「そんなことはないよ。こう見えて体力には自信があるから。」
それを聞くと、優奈ちゃんはお辞儀をしてから窓際にある机に向かった。
「ここはこの考えを使ってからこっちを考えるんだよ。」
「そうなんですか・・・・。こんな感じですか?」
「うーん、間違ってはいないけど、ここの計算はもっと簡単にこんな風に・・・、ね?」
「あっ!確かに!まったく気が付きませんでした。」
俺が静かに優奈ちゃんの計算姿を見ていると、優奈ちゃんはふと口を開いた。
「・・・私ってバカなんですかね?」
「いやいや、そんなことはないよ。実際、優奈ちゃんが行ってる大学はここら辺ではいい大学だし、この問題集だってかなりの難易度だと思うよ。」
「でも・・・、お兄ちゃんたちはスラスラと解いてました。」
「優奈ちゃんにお兄さんいたんだ。」
「お兄ちゃんって言っても本当は従兄弟なんですけどね。ずっと一緒だったからお兄ちゃんって呼ぶんです。」
そう言いながらも優奈ちゃんはたんたんと計算をしていた。
「・・・、こうですか?」
「うん、それで正解のはずだよ。」
「やったー!」
そう言って、伸びをしている優奈ちゃんはどっかで見たような光景だった。俺が少し考えていると優奈ちゃんが顔を覗き込んできて、大丈夫ですか?、と気遣ってくれた。
「もしかして、無理してます?」
「そんなことはないよ。少しのどが渇いたから水飲んでくるね。」
「わかりました。私は次の問題を解きます。」
俺は食堂に向かうと話し声が聞こえた。
「あなた、佐和田さんはどうですか?」
どうやら里美さんと敏彦さんらしい。
「お前が来客に対して興味を持つなんて珍しいな。何かあったのか?」
「あなたの顔を見ればわかりますよ。あなたこそ佐和田さんに興味を示してらっしゃるじゃないですか。」
「・・・お前には敵わないな。」
その言葉に二人は微笑んでいた。
「まあ、昔から『死の第四支店』なんて裏では言われているのに、助け舟を出そうとしてるんだから、あいつも変わり者だと思っているくらいだよ。」
「あら、そうでしたか。私はてっきり相当な逸材を見つけたような目をしてますよ。私を見つけたときみたいに。」
手で口元を押さえながら喋る里美さんはとても美しかった。一方で敏彦さんは参ったような顔をしていた。
「お前に比べたら佐和田君なんて全然だよ。ただ、お前を抜いたら針山の上を行く素晴らしい逸材だよ。下手したら俺よりも上かもしれないな」
「またまた、あなたが自信を無くすなんて珍しいわ。今日はもうお休みになったら?」
「ああ、そうするよ。」
俺は慌てて階段の近くに隠れた。てか、ちょうど良い所にくぼみがあった。敏彦さんが自室に入るのを確認した後に俺は食堂に入ると里美さんは笑顔で迎えてくれた。
「少しのどが渇いてしまったのでお水をいただけますか?」
「お水で良ければ今すぐにでも用意しますよ。」
「いやいや、そんなに親切にさせてもらうのも失礼です。自分がやります。」
俺はコップを取って、水道水を入れて椅子に座った。
「佐和田さんも盗み聞きなんて趣味が悪いですね。」
「えっ?」
俺は言葉が出なかった。しかし、里美さんは気にせずに会話を続けた。
「敏彦さんを唸らせるなんて並大抵の事ではありませんよ。」
里美さんは手に持っていた飲み物を置いた。
「ありがとうございます。」
「これからも頑張ってくださいね。」
「はあ、・・・」
俺が水を飲み終わると里美さんが片付けなくていいと言ってくれた。その言葉に甘えて俺は食堂を出た。
「里美さんって何者なんですかね。貴方の盗み聞きは結構良かったと思いますけどね。」
俺は盗み聞きをしたくてしたんじゃない。不可抗力ってやつだ。まあ、それは置いといて、確かに全く俺の方向を見ていたわけじゃないし、あの敏彦さんがタジタジになるほどの人ってことだろ。
「少し気になりますね~。」
ニコニコしながら俺の方を見ている。その後も俺が部屋に戻っている間、何回も顔を覗き込むようにして俺に同じ言葉を放ってきた。
「聞こえてますか?」
聞こえてるわっ!要するにお前は何をして欲しいんだよ。
「折角なんですし、里美さんのことも調べましょう。何か面白い予感がします。」
じゃあ、それはお前がやれよ。俺はソフトのことで手が離せないんだ。
「でも、貴方は夜の間は暇でしょ?」
確かにそうだけど、夜にできることなんて無いだろ。
「ソフトのことを夜にやればいいんです。そうすれば、昼は情報収集に時間を費やせます。」
・・・、お前もしかしてだけどあのミステリーアニメみたいなことをやりたいなんて思ってるんじゃないんだろうな。
その言葉を聞くと、アクアはそっぽを向いた。
「そ、そんなことはありませんよ。ただ、あなただって暇でしょうし何か面白いことをと・・・。」
そう言いながら、俺の方を見るとアクアは小声で、すみませんと言った。
「でも、協力してください。あなただって第4支店ではゆっくり仕事をしてますし・・・。」
わかったよ。ただし、俺は明日からは第5支店の仕事をするからそんなに多くの時間は使わないからな。
まあ、俺も実際、里美さんの正体は知りたいと思っていたからちょうど良かったか・・・。アクアがアニメの影響を受けてくれて良かった。
「そういえば、今日の話ですけど犯人がわかりましたよ。あの・・・。」
待て!言うな。絶対に言うな。俺もその回は結構気になっているんだ。
俺はアクアに言ったが、遅かった。
「口ひげのおっさんでしたよ。」
俺はすごく落胆した。その様子を不思議に思ったのか
「どうかしましたか?」
とアクアが声をかけてきた。
俺は怒る気も起きず、丁寧に今後ネタバレをしないように言った。
長い廊下を歩き、俺の泊まっている部屋の扉を開けると、優奈ちゃんが机に突っ伏して寝ていた。
俺が風邪をひくよと声をかけ、肩を揺さぶってもまるで起きる気配は無い。仕方なく、毛布を掛けて俺はベッドの上に寝そべった。しばらくしてから、俺はもうひとつの丸型の机の上にパソコンを置き、ソフトの修正をやり始めた。
歌の練習もアニメを見ることもできずに俺は黙々と仕事をしていた。
「お兄・・ちゃん。」
俺が優奈ちゃんに目を向けるとどうやら寝言のようだった。ちょうど寝返りを打ったらしい。俺は『寝言』ということにほんの少し羨ましいと思ったとき、
「私・・頑張るから・・・」
と寝言の続きを優奈さんが言った。
「きっと、この言葉も何かのヒントになるのかもしれませんね。」
ベッドに座ったあいつが俺に対して言った。
そんな全てのことがヒントになるとは限らないだろう。
「でも、アニメでは不必要なことなんてありませんでしたよ。」
それはな、人が作った物語だからなんだぞ。そんなうまいこと物事が進んだらお前なんていらねーよ。
「それもそうですね。一応、頭の中には入れておきます。」
俺はその後も修正作業を続けた。
窓際がほのかに明るくなってきたのを感じて時計を眺めると6時を過ぎていた。最近はいろんなことで忙しかったから、今の時間は何かと仕事が進んだ。俺が仕事の準備を始めると優奈ちゃんが起きた。
「ふぁぁ、・・・あれっ!?私ここで寝ちゃった!」
そう言いながら、俺の顔を見てひたすら謝っていた。しかも、俺が毛布を掛けたことによって俺の毛布が無い事に気づき、頭の上下運動はより一層早くなった。俺がそんなことは気にしなくていいから早く部屋に戻ることを勧めると優奈ちゃんは素直に俺の部屋から出て行った。
準備がひと段落すると少しだけ時間が余ったのでソフトの微調整をやった。
俺が一階に降りると朝ごはんが準備されていた。
「佐和田さん、起きたんですね。朝食なら準備してありますから食べてください。」
そこには、里美さんがいた。俺は一礼して食事を取った。
朝食はご飯に味噌汁、焼き魚と和食だった。
「私が作るとどうしても、和食寄りになってしまうんです。お口に合いますか?」
里美さんも席に座り、心配そうな目で俺の目を見つめてくる。
「僕も和食は結構作ります。というより、僕が作るのより全然おいしいです。以前は料理人か何かをやっていたんですか?」
それを聞くと里美さんの顔はにこやかになり、ありがとうございます。と言った。
その時、敏久さんが食堂に入ってきた。
「ああ、里美さん。いつも朝食をありがとうございます。優子が朝、強ければよかったんですけど・・・。」
「まあ、そんなことは気にしなくてもいいんですよ。優子さんは私たちの中で唯一働いていて大変ですし、お休みの日はご飯を作ってくれてとても助かります。」
「そう言ってくれると助かります。」
敏久さんは急いで身支度をして朝食を取っていた。
「もしかして、今から仕事に行きますか?」
「はい。でも佐和田さんはゆっくりしていってください。」
「いや、せっかくですし、一緒に行きますよ。」
そう言って、俺はご飯を食べた。
俺が玄関まで行くと後ろから足音が聞こえた。
「翔兄、昨日はありがとうございました。」
優奈ちゃんは着替えて、パーカーとジーンズの私服に着替えていた。
「ああ、」
「お仕事頑張ってください。」
「ありがとうね。」
そう言って俺は敏久さんの後ろについて行った。
「昨日は優奈がお世話になったんですか。すみませんでした。」
俺は首を横に振ったあと、優奈ちゃんの感想を聞かれたので一生懸命に頑張っていることや効率のいいやり方を使えないことなどを素直に答えた。
足早に歩く敏久さんは俺の一言一言にそうですかなどと相槌を打ち時折ほほ笑んだ。
電車の席はほとんど空いてあって、座ることができた。いつもの風景とは違うことに新鮮さを感じた。
『キレ―――イダ―――――――ネ。』
俺が周りを見渡しても、敏久さんと数人の乗客しかおらず、まして、そんなことを言う人はこの時間帯にはいないだろう。
「佐和田さん、どうかしましたか?」
「いや、なんでもありません。」
「優奈のことなんですけど、あの子は自分のことを話してくれないんですよ。どうやら秀彦君の影響を受けているようで・・・。」
俺が秀彦くんとは?と尋ねると敏久さんは驚いたような反応をした。どうやら、秀彦くんは敏彦さんの息子さんでここでは一番の大学を首席出でたが就活が終わったある日に『探さなくて大丈夫です』とだけの手紙が置いてあって実際に敏彦さんは探しに行かなかったらしい。
「そんなことがあったんですか。」
「まあ、秀彦くんも彦兄と似てて完璧主義だから一人ではやっていけるだろうけど・・・、今はどこで何をやっているかはさっぱりだよ。もう、三年も顔を見てないし。」
そう言って敏久さんは苦笑いを浮かべ、車窓の青空を見ていた。
俺と敏久さんは電車を降りた。朝が早いにも関わらず人が沢山いるのはきっと、ここら辺で唯一のハブ駅だからだろう。
「あっ!そこにいるのは敏久さんと佐和田さんじゃないですか?」
俺が声のした方に顔を向けるとそこには拓司がいた。
「お前何やってるんだよ。」
「見ればわかるでしょ。行列に並んでいるんです。ここの限定スイーツは美味しいんですよ。」
そこの店の看板にはgentle manと書かれていた。
「ここら辺では結構な穴場なんです。」
なんだこいつにも普通の一面あるじゃん。まあ、ずっと人間観察の事を考えて居る訳ではないんだな。
「それに、甘いものを食べないと脳が働かないので人間観察ができないんです。」
どうして最近は俺の期待を裏切る回答が多いんだ?俺は拓司とそこで別れて第4支店に行った。