「なんて呼んだらいいですか?」「好きな呼び方でいいですよ。」「じゃあ、翔兄で!」
俺はなんとかプレゼンを終えた。勿論、完全アウェイの中で・・・。まあ、しょうがないかな~。俺が勝手に作り始めた訳だし、反対組が出てきてもおかしくはないか。
「どうでしたか?完全アウェイでのプレゼンは。さぞかし、楽しかったですよね?」
アクアがニコニコしながら俺に聞いてきた。隣りには笹谷さんがいた。周りには他の人はいなかったので俺は普通に声を出した。
「楽しかったのはお前だろ。まあ、こうなるのはしょうがないけどね。なんとか事態が収まることを願うだけだよ。」
会議室からは南戸三兄弟が出てきた。
「お前の行ってる事はこの第4支店の伝統をぶち壊す馬鹿げた事っていうのが分かっているのか?」
「彦兄だって今のやり方に固執しているだけだろ?そんなんだからこの第4支店が周りから馬鹿にされるんだよ。」
二人の喧嘩は収まること知らなそうだな。俺のソフトってどうなるんだろ。そんな時、南戸支店長が俺のところに電話を持ってきた。
「佐和田さん、電話です。」
「南戸さん、誰からですか?」
一瞬、諒か鹿野先輩のうちのどちらかだと思った。でもそうだとしたら俺の携帯の直接電話するだろうからすぐに違うことに気づいた。
「社長からです。」
「え?」
「社長からです。」
「いや、聞こえてはいるんですよ。本当に社長からですか?」
「はい。」
俺の行動に社長が絡むときは何かしらの事件が起こるって事を最近感じていた。俺はそれを感じ取った上で電話を受け取った。
「電話変わりました。佐和田です。」
「おー、佐和田君。南戸三兄弟の喧嘩に巻き込まれて大変だったね。」
「見てらっしゃったんですか?」
「いや、でも定例会の時の発言からして今頃第4支店に居たらそんな頃だろうと思ったんだ。」
「はあ。」
分かっていたのなら初めに忠告して欲しかった。
「そんなことより、佐和田君には頼みごとがある。」
「はい。」
「折角、ソフトを開発したんだから、数日間第4支店で働いてくれないか?」
「え?」
「数じt・・・」
「いや、聞こえてはいるんです。第4支店でですか。」
「第4支店でだ。」
「準備も何もしていないんですけど・・・。」
「南戸君に言えばなんでも揃う。宿から何もかも。」
俺ってあんな険悪な家に数日間泊まるの?
「でも、まだ南戸さんから許可取ってないですよね?」
「ん?・・・南戸君に変わってくれるか?」
「分かりました。」
そう言って俺は南戸支店長に電話を渡した。南戸支店長は何回か頷きながら俺に電話を返した。
「南戸君からは許可を取っている。」
いやいや、許可を取ったの完全に今でしょ。というか権力強すぎだろ。
「しかし、第5支店は・・・。」
「ああ、あそこには鹿野君がいただろう。私から連絡を取ってその事は伝えよう。」
あっ、未来形なんですね。まあ、確かに鹿野先輩に頼めば心配事はない。
「とにかく、第4支店で数日間頼むよ。」
そして、俺の返事も聞かずに電話を切った。これって強制ってことだよね。
「ということなのでよろしくお願いします。南戸さん。」
「こちらこそお願いします。」
そう言って、南戸さんは深々と頭を下げた。
「貴方も大変ですね。そんなところで仕事をするなんて・・・。」
アクアが腹を抱えて笑っている。それもそのはずだ。なんて言ったって俺は今現在仕事をしている。南戸兄弟に挟まれながら・・・。すごく圧力を感じる。
「佐和田さん。私は南戸 敏正です。よろしくお願いします。」
俺が仕事をしている時に敏正さんが言った。
「よろしくお願いします。」
「俺のことは敏正でもいいし、マサでもいいから。」
「はあ・・・。」
敏正さんは自分の席に戻って缶コーヒーの口を開けた。俺がホッとしているとまもなく、敏彦さんに呼ばれた。
「佐和田君。資料できた?」
俺はデータを送ろうとしたが、敏彦さんのデスクを見るとパソコンは勿論、電子機器が一つも無い。
「ああ、第5支店にはパソコンを使ってない人なんて誰もいないか。悪いがプリントアウトしてくれるか。」
「分かりました。」
俺はパソコンからコピー機にデータを転送して俺はコピー機に向かった。
「敏彦さん。ああやって皮肉っぽく言ってますけど本当は頼りがいのあるいい人なんですよ。」
そう言ったのは笹谷さんだった。
「そうですか。自分はパソコンなしで完璧に仕事をするなんて信じられません。」
「最初に敏彦さんに会った人は皆、口を揃えてそう言いますよ。」
そんな他愛のない話をしている間に俺の資料はすべてプリントし終わった。俺はホッチキスで右上を閉じて敏彦さんに渡した。
「ありがとう。」
敏彦さんはそれしか言わなかった。俺が少し待っていたら敏彦さんが口を開いた。
「ああ、悪い。戻っていいよ。」
俺は自分のデスクに戻った。
「お疲れ様でしたー!」
第4支店の社員たちが少しずつ帰っていく中、南戸三兄弟は全員残っていた。
「佐和田さんすみません。まだ仕事が終わらなくて・・・。もう少し待っててください。」
「自分のことは気にしなくて大丈夫です。」
俺はそう言いながらパソコンに一通のメールが来ているのに気づいた。
佐和田 翔様へ
この度は『Song star』の一次審査おめでとうございます。我々はここ数年間人気アーティストを多く輩出して参りました。その功績があるテレビ局にオファーをいただきましたので、この度はテレビ放送が決まりました。それに伴い、本選は予定より一ヶ月先送りにさせていただきます。よろしくお願いします。
まじか~。まあ、第4支店の仕事中に本選があるのもつらいところはあったからラッキーって言ったらラッキーだな。
「翔くん。帰ろうか。」
敏正さんが俺を誘った。
「二人を待たなくてもいいんですか?」
「いいの、いいの。普通の時もバラバラだから。最近はより一層だけど。」
そんなことを言いながら、敏正さんはスマホを見た。
「それに『早く帰ってこい』って言われちゃったからね。」
そう言って俺にスマホを見せた。
「久兄、先に帰るよ。」
「ああ、今日は遅くなるかもしれないから先に寝てて良いって伝えといて。」
「わかった。彦兄はなんか伝えておくことはある?」
そう聞かれた敏彦さんは顔色一つ変えずに、ない、とだけ言って俺の渡した資料を眺めていた。
「じゃあ、翔くん、行こうか。」
俺は南戸家の前に立って驚いて声も出なかった。
「どうしたの?」
正直、驚くなと言われるほうが無理である。大都会ではないとはいえ、冗談抜きでデカすぎる。本当に豪邸じゃねーか。
俺と敏正さんが玄関に入ると俺はまた玄関の大きさに驚いた。
「靴はそこの棚に入れといて。兄さんたちはそこをあまり使わないから。」
「あ、ありがとうございます。」
「そんな敬語じゃなくていいよ。」
いやー、流石に十歳くらいの年の差があると勝手に敬語になるわ。豪邸みたいな家に来たらなおさら。
すると、奥から少し白髪が混じって灰色に見えるショートヘアーの女性が来た。
「あなたが佐和田さん?私は南戸 弘子です。よろしくお願いします。」
「弘子、翔君を二階の空き部屋に連れて行ってくれる?」
「わかりました。では、佐和田さんこちらへ。」
対応がまるで旅館のような弘子さんについて行くと
「敏正さんたちはどうですか?」
「え?」
弘子さんが喋り始めた。
「最近、なんだか兄弟の間で言い合っているようで私は心配なんですよ。敏正さんは勢い任せなところがあって、その上、詰めが甘いので、上の二人を一回も口論で勝ったことはないんですよ。」
俺は無言のまま聞いていた。すると、弘子さんが廊下の一番奥にある部屋の扉を開けた。
「佐和田さん。ここを自由に使ってください。」
「ありがとうございます。」
「晩御飯はできていますので一息ついたら、いらしてください。階段を下りて右に行った所にある食堂なんで。」
「わかりました。」
弘子さんは一階へ戻った。部屋を見渡すと手ぶらでも大丈夫なように一式が置いてあった。
「なんだか、高級ホテルみたいな部屋ですね。」
ふと、アクアが出てきて俺に言い放った。
「あなたの部屋とは大違いです。」
うるせえ!俺はあの部屋が一番落ち着くからいいんだよ。ニヤニヤしやがって。
「そんな、僕ニヤニヤしてませんよ?」
いや、今のお前の顔は百人中百人がニヤニヤしてるって答える顔だぞ。大体なんで外にいるんだよ。
「そうですか、まあ、そんなことはどうでもいいので着替えて食事でも行きましょう。」
そんなことを言うとアクアは消えていった。
俺が下へ降りると、食堂には弘子さんを含め5人の女性がいた。
「佐和田さん、服のサイズは大丈夫ですか?」
弘子さんが声をかけてきた。俺は座ってから
「サイズは大丈夫です。」
と言った。
「それより、敏正さんはどうしましたか?」
「ああ、あの人は晩御飯を食べない人なの。その代りに朝と昼はとても食べるけど。」
「弘子、佐和田さんはあなたのことを知っているけど私たちのことは知らないから自己紹介でもしたほうがいいんじゃない?」
弘子さんの隣のにいた茶髪のセミロングの女性が言った。
「そうですね。じゃあ、優子から。」
どうやら時計回りで自己紹介をするらしい。
「お父さん・・・、じゃなくて、敏久の娘です。南戸 優奈です。」
「優奈の母の南戸 優子です。よろしくお願いします。」
「南戸 里美、敏彦さんの妻です。」
「新垣 万里子です。三兄弟の妹です。よろしくね。」
「今すぐ、お食事用意しますね。」
そう言って里美さんは席を立ち、キッチンへ向かった。
「優奈はもう寝なさい。明日だって大学の講義があるでしょう。」
「明日は午後からだから大丈夫。それより、佐和田さんはなんでうちに泊まることになったの?」
優奈さんは前のめりになって、尋ねてきた。
「臨時で第4支店に出社してる感じですね。」
俺がそう答えると優奈さんは頬を膨らました。
「私の名前、覚えてます?」
「南戸 優奈さんですよね?」
「やっぱり。私の事は『優奈』って呼んでください。」
え?なぜそういう事になるんだ?大体、俺ってなんか変なことしてるかな。まあ、初対面じゃなきゃわかるよ。ずっと敬語なのは今まで数え切れないほど指摘を受けてきたから。でも、初対面だよ。年下とはいえ『さん』とかつけるでしょ。
その時、優子さんが軽く優奈さんの頭にチョップをした。
「佐和田さんが困ってるでしょ。大人には大人の事情があるの。」
優奈さんは頭を押さえながら
「私だってもう大学生だよ。」
少し強めの口調で言った。
その時、里美さんがご飯を持ってきてくれた。俺の前にご飯を置いた後、自分の席について言った。
「優子さん、『大人』って言葉でなんでもくくってしまうのは暴挙です。50を超えても喧嘩はしてしまうのですから。優奈さんも大学生になったのですから、落ち着きというものをもう覚えてもいい時期です。」
その時の里美さんの表情は凛としていたが、とても気さくな感じもした。優奈さんと優子さんは顔を見合わせてほほ笑んだ。
「佐和田さん、すみませんでした。でも、私は佐和田さんと仲良くなりたいです。なんて呼んでいいですか?」
俺の方を向き、少し申し訳なさそうに言った。
「なんでも良いですけどね。優奈さんが呼びやすいように呼んでください。」
「じゃあ、名前で呼びたいです!お名前は何ですか?」
「翔です。」
と言いながら俺は宙に『翔』と書いた。
「それなら、これからは『翔兄』って呼びます。」
ここでは『~兄』って言うんだな。
「佐和田さんは明日もお仕事があるんでしょう。お食事を終えたら、今日はもうお休みになっては?」
「ありがとうございます。そうします。」
俺はその言葉の通り、食事を取ったあとは自分の部屋に戻った。
とは言ったものの、俺は寝ることができない。自分の家ならばオーディションのための練習をするところだが、あいつがいないからきっとここには防音機能がないのだろう。
その時、窓からノックする音が聞こえた。俺は窓を開けた。
「いやー、本来なら貴方のためにここも防音機能を付けたいんですけどね。」
うわー、盗み聞きかよ。
「そんな言い方はないじゃないですか。あなたの心はすぐにわかってしまうんですから。話を続けますと、ここはあくまで他人のものですから、ルール上魔法を使うことは許されていないんですよ。しかも、他人の家に入るときは上司の許可が必要なんです。さっきは許可を取っていなかったんでね。」
またまたメンドーな事だな。じゃあ、仕事以外にやることはないってことか。
「そういう事になってしまいますね。今回はそれを言いに来ただけです。」
アクアはそう言って消えていった。
「はあ、仕事って言っても第5支店のみんなはもう家だろうし、本当にやることがないな。」
時間が早かったら、何かしらの仕事を送ってもらうのを考えたが、11時を回ってる今となっては、無理だろう。と思いつつも、俺は鹿野先輩にSNSで連絡をした。
『鹿野先輩、起きてますか?』
『起きてるけど、どした?』
『いや、大した用じゃないんですけど、何か仕事はありますか?』
『ないわけじゃないけど、そっちはそっちで大変だろ?』
『まあ、そうなんですけど・・・、なんだか気になってしまって。』
『諒ならとても頑張ってたよ。もちろん、きちんと補佐はしてるから!』
『ありがとうございます。』
『まあ、こっちのことは気にしなくていいから、今日はゆっくり休め。いいな。』
『はい』
俺は、携帯をしまい、仕事をもらえなかったことに肩を落とした。何をしようか途方に暮れていると、今度は扉からノックする音が聞こえた。
「翔兄、起きてますか?」
俺が扉を開けると、優奈さんが何かを持って立っていた。




