修学旅行―三日目―(1)
例のごとく起床時間より早く起きた雪那が身支度を終えて一階に降りると、案の定ペンションのオーナー夫妻が朝食の準備をしていた。
A組の女子が泊まったペンションは二年前にオープンした比較的新しいペンションで、オーナー一家には三歳になる颯太という子供がいるせいか、子供用プレイルームや外の遊具などが充実している。その颯太も母親の後ろにくっついて仕事を手伝っている様子だった。
「あ!おねーちゃん!」
「あら、おはようございます。ずいぶんと早いですねぇ」
「おはようございます。何か手伝いましょうか?」
「そうねぇ…。何かあったら呼ばせてもらうから、それまで颯太の相手をお願いできるかしら?」
昨晩から雪那は妙に懐かれたらしく、オーナーの奥さんがそう言うとちょこまかと母親の足元にいた颯太はぱっと目を輝かせた。
「分かりました。行こうか?」
「うん!」
言うや颯太は雪那の手を取りプレイルームへと引っ張っていった。彼が気に入っているおもちゃはプラレールらしく、青色のレールや列車の入ったおもちゃ箱を持ってきて線路を作っていった。その間にも続々と喋っていく。
「きょうはねぇ、トンネルもおやまもつくるんだよ。おねーちゃんどのでんしゃにする?」
「じゃあこの青色のにする。颯ちゃんは?」
「ぼくもそれがよかった!おねーちゃん、こっちはどお?」
「あ、そっちの方が好みかも。私やっぱりそっちが良いから青いのは颯ちゃんにあげる」
(なぜこんなにも好かれるんだろうか…。愛想が良いわけではないと思うんだけど)
雪那は子供に好かれることが不思議と多かった。雪那自身としては泣かれるよりも笑っている方が面倒がないだけだと思っているが、それは結果的に子供を喜ばせることを意味する。だが、雪那はそれに気がついていなかった。
朝食を食べ終わった後は使った部屋を片付け、一行は各ペンションのオーナーと記念撮影をしてバスに乗り込み、シャボテン公園へ向かう予定だったのだが…。
「いやぁだぁー!おねーちゃんとずっといるのぉー!」
ここで問題が発生した。バスに荷物を積み込むところを見た颯太が別れを悟ったのか、駄々をこねて泣き出してしまったのだ。無論無視してバスに乗り込むこともできたが、オーナー夫妻が懸命にあやすのもむなしく泣き声がどんどん大きくなっていくのを見て、雪那はバスに乗り込む生徒の列を離れて颯太の元に向かった。
すでに颯太は両親にはどうしようもできないほど泣きわめいており、今にも母親の腕から転げ落ちそうだった。そんな颯太を母親から受け取り、背をさすりながらゆっくりと語りかけた。
「颯ちゃん、私もう行かなくちゃならないんだ。寂しいよね、私も同じように寂しい。でもさ、一緒に遊んだ時間は短かったけど、その時間を、私は忘れない。颯ちゃんも忘れないでいてくれる?」
「…っ…ぐすっ…うん…。わすれない」
「うん、ありがとう。そろそろ行かなきゃ。さよならだね」
「バイバイおねーちゃん。またね!」
颯太はすっかり泣き止み、涙でグシャグシャの顔で笑った。雪那はそれに笑顔で返した。