修学旅行―一日目―(2)
「春希!早く行こーぜ!」
「あ、待てよ!」
たまたま園内で雪那を見かけた春希は、どうやら立ち止まって雪那のことを見ていたらしい。彼女はジェットコースターの出口付近の日陰で本を読んでいた。普段なら気にも留めない行為だが、場所が場所なため、その静かな姿はかえって目立っていた。
(ここまで来ても読書か…。ある意味すげぇな)
「暑くて熱に浮かされちゃったんですかー?」
「はぁ?何の話だよ。そんなことより行くぞ!ボヤっとしてると次のやつ乗れなくなるなるだろ!」
「どっちがボヤっとしてんだか。…それにしても、意外だな」
「ん?なんか言ったか?」
「いいや、何でもない。この調子で絶叫系制覇しようぜ!」
「おう!」
六月にしては暑い日差しが照りつける中、春希たちは走っていった。
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「はぁーねみー…。疲れたー…」
ディズニーアンバサダーホテルの一室。ベッドへ倒れるように寝転がった雪那は開口一番にそう言った。
一日目のディズニーランドはいつかの学活で決めた班とは違い、また違う時間に学年全体で決めた班だった。男女混合でなくてもよいため、雪那は東京横浜分散の女子メンバーである智恵と沙織とで組み、春希はクラスが分かれてしまった友人と組んだ。
別に楽しみではない、と言っていた雪那だったが、実際に行ってみると多くの笑顔が見られた。何でも平気そうな態度とは裏腹に絶叫系のアトラクションが苦手なためジェットコースターの類には乗らなかったが、ホーンテッドマンションには渋りながらも―雪那はお化け屋敷も苦手である―行ったし、ティーカップでは二人がとんでもないスピードで回してくるのを声をあげて笑いながら楽しんでいた。長い付き合いである智恵にとってでさえ、この日の雪那は珍しく思えた。小さい頃はともかく、小学校高学年の頃からの雪那でそんな様子を見せたことなどなかったのだ。
そのせいか、ディズニーランドを出る頃には、雪那はすっかり疲れ果ててしまっていた。
照明を落として布団に潜り込もうとする雪那を慌てて智恵が止める。
「せーちゃん、せめて点呼まで待とう?先生が来るまでの間にお風呂入れるから」
「んー…。解った。じゃあ先にお風呂入ってもいい?」
智恵ともう一人の同室である沙織が頷くのを見て、雪那は早速風呂に入る準備をしてそそくさと入りに行き、風呂の戸を閉める音がした後で、残った二人は持ち寄った菓子を食べつつ話し出した。
「なんか、雪那最近変わったんじゃない?前と比べて楽しそう」
「言ってることは大して変わらないけど、せーちゃんって自分で思ってるより態度に出てるもんね」
「そうそう!かなーりツンデレ気質だと思うんだよねー。それを認めないところがいかにもって感じ」
「そんなせーちゃんに捕まったのが沢口君ってわけね」
「沢口が捕まったのか、雪那が捕まったのか、ずいぶんと怪しいところだけど」
その後も雪那の話をしつつ、そこから脱線しつつ、二人は話し続けた。元は雪那の友達ということで知り合った二人だが、今では『友達の友達』ではなく『友達伝いで知り合ったという経緯のある友達』という関係になっている。雪那抜きでも二人は十分に仲が良いのだ。
風呂から上がった雪那は修学旅行の醍醐味とも言える『夜更かしして友達とおしゃべり』を無視して寝てしまったが、智恵と沙織は遅くまでしゃべっていた。