修学旅行―一日目―(1)
六月半ばの暑い日、学校生活最大のイベントである修学旅行に行くため、二人は集合場所へ向かっていた。
「こんなに近くに住んでいるのにこれまで知らなかったなんて…。世間とは狭いものだね」
雪那の言う通り、二人の家は歩いて五分とかからない場所にあった。しかし二人とも登校する時間が違ったため、これまで気づけずにいたのだった。
「オレは家近いって知ってたけど…」
「…はぁ?」
「いやあ、知ってると思ってたんだよ。確かにお互い学区ギリギリのところに住んでるけどさ、もう二年も同じところに向かって歩いてるわけだし、知らないなんてことないよなって」
「もういいや。近いってことは知ったんだし、大勢の前で恥をかくことは防げたんだし」
その口ぶりは普段の雪那らしくない子供染みたものだったため、春希は思わず笑い出した。
「別に、もういい。ここにいるのが君だけで本当に良かったよ。
この話はもう終わりだ。何故君は、修学旅行を楽しみにしているんだ?」
「そりゃあ楽しみに決まってんだろ!中学校生活最大のイベントなんだぞ?ディズニーランドも東京も横浜も伊豆もしょっちゅう行ける所じゃないし、なにより学校の奴らと行くのが楽しいんだって!お土産も買いまくって夜だってオールする勢いで喋りまくってやる!」
はぁー、と雪那は長くため息をついた。二人の修学旅行に対する熱があまりに違い過ぎているが、そのせいで春希は雪那のテンションの低さに気づけずに話し続けた。
「いやぁーやっぱり一番楽しみなのはディズニーランドだな!オレ一回も行ったことないんだよー。親は、「お前は母さんの腹の中にいるときに行ったことあるんだから二回目だろ」とか言うけど、実質的には初めてじゃん?泊まるところがディズニーのホテルっていうのもいいよなー。二日目のペンションも楽しみだけど、やっぱ『ディズニーのホテル』って特別な感じがしてよくね?
…つーか、立花さんテンション低くねぇ?あんまし楽しみじゃない?あ、オレが先走り過ぎちゃったとか…」
「あ、やっと気づいたんだ」
「立花さんが楽しみにしてることって、何?」
雪那はその言葉を聞くと少し目を見開いた後黙って考え込んでしまったので、春希はふと思いついた聞き方を試してみた。
「全く興味がないわけでもないイベントってある?」
「そうだな…横浜の異人館かな。不特定多数の人を楽しませるためだけに造られたコンクリートの塊よりは退屈しないと思うよ」
「マジで?ああいうとこって騒げなさそうじゃね?横浜だったら中華街の買い食いの方が楽しみだなー」
「好きにしてもいいけど、あまり食べ過ぎないようにね」
今度は春希がため息をついた。
「まったく、立花さんテンション低いなー。何したらそんなに冷たい人になるんだ?」
「……。それは、今君が知る必要のないことだと私は思う。大した理由でもないし。
それに、急に私のテンションが高くなったら、それはそれで怖いでしょう?」
「た、確かに」
「一つだけ言えるのは、もう手遅れってことだよ」
そこで会話が途切れてしばらく歩いたところで、沈黙に耐えられなくなった春希が話し出した。
「立花さんってケータイ持ってる?」
「それは、今この場にって意味?それとも所有してるかって意味?」
「今あるかって話なんだけど…」
それを聞いた雪那は鞄からスマートフォンを取りだした。修学旅行のしおりには、『携帯電話、ゲーム機等不要物禁止』ときっちり明記してあるが、そんなことはお構いなしである。
「あ、なんか意外かも。スマホなんだな。それ5c?」
「うん。今時ガラケーは種類少ないし、スマフォの方が便利かなって」
春希は「もっていない」と言われて会話が終わることにならずにホッとしつつ、スマートフォンの話を延々としながら東京への道を進んでいった。