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体育祭(2)

「何でこうなったんだ…」


 春希は得点板の前でそうつぶやいた。三年A組は午前中の個人競技では校内新記録を二つも出して学年トップだったのだが、配点の高い団体種目で一気に追い上げられてしまい、みるみるうちに最下位に転落した。


「言ったでしょう?勝てないって。クラスの士気も下がってるから逆転は無理だろうね。

 そろそろ午後の競技始まるよ。私はようやく学級委員の仕事も終わってクラス席に帰れる。まぁ、今更戻ったところでどうということもないだろうけど」


「ひでぇなぁ、まだ負けと決まったわけじゃないぞ?縦割り種目で勝てば可能性あるって」


「じゃ、せいぜい頑張れば?」


 そう言い残して雪那は足早に席へ戻り、春希は慌てて後を追った。



 目の前で繰り広げられる競技は、やはりA組だけどこか投げやりな雰囲気が席に座っている人達にも伝わってきた。それは競技に出ていない生徒の影響があるかもしれない。応援の声がなくなった代わりに雑談が増え、席を離れてどこかへ行く生徒も現れた。


 そんな中ぼんやりと競技を見ていた雪那に、春希がやや戸惑ったような、恥ずかしがったような顔で話しかけてきた。


「よ、よう。えーっと、負けちゃってるな、A組。立花さんの言うとおりだ」


 雪那は訝しげに春希を見つめた後、ちらっと後ろの席にいる男子に目をやってから深くため息をついた。


「な、なんだよ」


「…君達も馬鹿な遊びやってるよね、じゃんけんで負けた人が女子に話しかけるなんて。

 何か話さなくちゃいけないんだっけ?それなら話してあげるよ。君がいつも知りたそうにしていること。気づいていないとでも思った?」


(ちゃんと話して、確かめなくちゃ。自分の気持ちも、春希の気持ちも)


「…うん、話してくれるなら聞かせてほしい。立花さんが何を考えているのか」


 春希は思っていたことを読まれていて驚いていたが、これを逃す手はないと言わんばかりに聞いた。


「…私が小五の時。丁度、私の誕生日の一日前。交通事故で母と幼い弟が死んだ。私も同じ車に乗っていたけど、一命は取り留めた」


 遠い場所を、『ここ』ではないどこかを見つめながら、雪那は静かに話し始めた。


「あれはただの事故ではなかった。母は心中をしたがったんだ。父の浮気を知ったから。母と弟が死んだあと、父はすぐに浮気相手と再婚した。そんな姿を見た母方の祖父は激怒して、縁を切ると言ったきり音沙汰一つ寄越さない。それで祖父どころか母方の親戚とは絶縁状態になった。そんな中、私は涙一つこぼさなかった。悲しすぎてとかじゃなくて、何も思わなかったんだ。過ぎたことに感じることなどないし、死体を見ても―それは以前母と弟だったのだろうが―ただの肉の塊としか思わなかった。死体が何を語るわけでもないし。父親のことや義母のこと、親戚のことにも未だに興味を持てていない。


 でも、他の人はそうではないらしい。さんざん同情や励ましの声を聞いて思ったよ。私は彼らとはずれた存在なんだなと。私にはこの世界が虚しい砂のように見える。何をしたって、どうにもならない。それで気がついたんだ。私の願いは、『ここ』から消えることなんだって。だからこれまで何度も死のうと思ったけど、あと一歩のところで思いとどまってしまう。それはきっと、『ここ』で生きる理由がなくなって初めて生まれる『死ぬ理由』っていうものがないからだと思う。だからまだ、死ねていない。矛盾して聞こえるかもしれないけど、私はこんな理由でこの体を引きずっている。


 私が『何故?』と尋ねるのは、まだ『ここ』いなくちゃいけないから。彼らの『普通』が分からないから。何も考えないで生きていられる彼らに腹が立つから。簡単な問いに応えられる人はいても、全てに応える人など、ましてや理解する努力をしたいなんて言う人なんていなかった。



 そう、いなかったのに…。君は、応えた。近くにいた。私はそれが楽しくて、嬉しくて、『ここ』で生きる理由ができたんじゃないかとさえ思った。

 君は、そんな私を見限るか?」


 最後の言葉を春希の目を真っ直ぐに見る雪那の目は、強く光っているようだった。


「『それでもそばにいてくれるか?』じゃないんだな。まるで、今までずっと振り向かれなかったみたいな言い方だ。

 …オレは、そんなことしない。これは立花さんが願うからとかじゃなくて、オレ自身が立花さんの近くにいたいと思ってるんだ」


 春希も、雪那に負けないように見返した。


「君は…春希は、本当に馬鹿だね…。

 だったら、中津國高校を目指して。近くにいたいと思うなら」


「分かった。オレは絶対に中高に行く」


(春希もこう言ってくれた。だからもう、迷うことも恐れることもない。私は抗って見せる。そして、彼の傍へ行く。…必ず)

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