突然の連続
そして家の中へと入ったが、中には誰も居なかった。
まぁ、父さんたちは仕事に行ってんだろうけど。
靴を脱ぎ俺はリビングに入って、適当な場所に教科書を置くと……ソファーに倒れ込んだ。
ソファーのスプリングが揺れ、俺の体を揺らし……呻くように口から声を漏らす。
「あー……疲れたー……」
「お疲れ様、京ちゃん。はい、お茶だよ」
そう言って癒樹音は冷蔵庫から取ってきたのか、麦茶の入ったコップを差し出す。
カランとコップの中の氷が音を立てながら、麦茶の中を泳ぐ。
ソファーに座りなおすと俺は差し出された麦茶を受け取り、一気に口を付けた。
芳醇な麦の味が口の中に広がり、キンキンの冷たさが喉を通って行く。
「っ……っ……ぷはぁ~……、生き返ったー!」
「もう一杯飲む?」
「ん、頼む」
氷が入ったコップを受け取ると、癒樹音はまた台所に入っていった。
そんな時、ドタドタと廊下から騒がしいほどの足音がしたと思ったら、凄い勢いで鈴華が入ってきた。
「た、たたっ、大変大変っ!!」
しかも何か慌てているらしく、ブレザーのボタンを全開にし、ブラウスの第一ボタンを外しているのを忘れているようだ。
一体何を慌てているのかは解らない。だけど、少しぐらい休ませろ。
そう思いながら、俺は適当に口を開く。
「どうしたー、泥棒でも押し入ったかー?」
「はは、はやく、はやく来て!」
「ちょっとま――ふげっ!?」
慌てる鈴華が俺の足を掴むと、引っ張るようにして歩き出した……というか、引っ張られていた。
何でこんなに力が――あ、あるなこいつには……って、痛いから! 本当に痛いからちょっと待って!
階段、階段までには一度止まって! お願いだから止まって!!
「あごっ!」
だが、俺の願いは空しく……引き摺られるようにして階段を昇り始めるのだった。
父さんたちの部屋は一言で言うなら、荒らされていた。
衣類タンスがところどころ引き抜かれ、服が散乱しており……いろいろ地面にばら撒かれていた。
俺はひりひりと痛む顎を押さえながら、室内を見る。
遅れて入ってきた癒樹音は、何が起きたのか理解できずに目の前の部屋の光景に目を見開き、怯える。
「これって……泥棒…………だよね?」
不安混じりの声で鈴華が俺に問いかける。
ついでに問い掛けながら、癒樹音と鈴華の二人は俺の服にしがみ付いている。
何というか、頼られてるのか?
「大丈夫、心配するなよ」
「おにい……ちゃん。うん……」
鈴華にそう言うと鈴華は顔を紅くし、俯いた。
とりあえず、改めて部屋の中を見る。
何というか……そう、乱雑だ。
だが、その乱雑な状況が俺には見覚えがあった。
…………あー……あれか、あれだよな。
「お、おじ様たちには……連絡しなくてもいいの?」
「そっ、そうだよ! おじさんたちに言ったほうが良いんじゃないっ」
不安なのか父さんたちに電話して、そこから警察に電話する。
そんな考えが二人の中では働いているようだ。
「いや……大丈夫だ」
「「え??」」
だからだろう、俺の意外な返事に驚いたのか二人は目を丸くして、間抜けな声を出した。
まぁ、二人が知らないのも無理は無い……というか、こんな状況は普通だったら泥棒が入ったようにしか見えない。
が、俺にはこれは日常茶飯事だったのだ。
何故日常茶飯事かというとだ……。
「これやったの……父さんたちだから」
「「へ? え……?」」
「はぁ……いっつもこうなんだよなー、出張するって言って当日にいきなり荷物掻き集めたと思ったら、部屋の中はこんな感じにしていくんだ」
そう言って、部屋を指差しながら更に言う。
「しかも、母さんも『ダーリンが行くなら私もいくわー♪』って言って、荷物集めて付いて行くんだよ」
たぶん、玄関かリビングのスーパーのチラシの裏にでも『出張についていきます。あとのことはよろしくね♪』みたいなことが書いてあるんだよな……。
あー、進歩したよな俺……初めてそれやられた時は、冗談とか思ったけど本当だったんだから。
警察を呼んだことも良い思い出だ。
って……、あれちょっと待て……、父さんたちが出張って事は……それまでこいつらと一緒に住むって事だよな。
「え、ちょっと待て……、まさか……まさか、同棲……?」
「「え、え……、え…………えええええぇぇぇぇ~~~~っ?!」
双子の驚いた叫びが外に聞こえるのではないかと思うくらいに響き渡った。
気まずい中、刻々と時間は過ぎ……夕飯時になると俺たちは何も喋る事無く、黙々と食事を取っていた。
食べている物は冷凍庫に入っていたレトルト食品と残り物のご飯なのだが、口に入れても美味しいのかさえ解らないほど内心では緊張していた。
そして、順番にシャワーを浴びると俺たちは会話すること無く、自分たちの部屋へと戻っていった。
「あー……、マジで同棲なのか……、同棲になるのか……?」
ベッドに寝転がりながら、ついさっき自分が言った言葉を思い出す。
だってさぁ、両親が出張+双子が居候=同棲って感じにしかもう思えないじゃんか!
あー……、でも、でもなぁ……。
「あー、くそっ! 悩んでても仕方ないかっ!!」
髪をクシャクシャと掻きながら、俺はベッドから起き上がると水か麦茶を飲みに行こうとした。
だが、何時の間にか思わぬ来客が来ていたようだった。
「――っ!?」
「え? 癒樹音か……どうした?」
部屋には俺だけしか居ないと思ったが何時の間にか、癒樹音が部屋に入っていたらしい。
……って、あれ? ドア開ける音聞こえたか? それとも、考えることに夢中で気づかなかったのか?
「うーん……、それでどうしたんだ?」
「京、ちゃん……」
「何だ、癒樹音――って、お前なんか顔色悪くないか?!」
体の具合が悪いなんてものじゃないくらいに、まるで生気が無いかのように肌の色は物凄く青かった。
いや……それどころか、透けてないか?
不安になりながら、俺は癒樹音へと手を伸ばす。
「ゆき――」
「ごめんね……。京、ちゃん……」
そして、気づいた時には……俺の唇に癒樹音の唇が……合わさっていた。
ファーストキス……。
しばらくして俺はその行為に気づいた。
――ちょっと待て、何で癒樹音のやつは俺にキスしてるんだ?
――――って、何でキス、って何でだおい。
――――――いやいや、ちょっと待ってこれはきっと事故……なわけ、ないよな。
――――――――何だ…………、急に体が重く……ねむ………。
「本当に、本当に……ごめんね……………京ちゃん」
癒樹音の今にも泣きそうな顔が目に焼きつきながら、俺の意識は――途切れた。