目覚めたあと
「う…………」
いったいどれくらい気絶してたのかは分からないが……、俺は目を覚ました。
うあー……、顔を始めに体中がズキズキする……いや、明らかにこっちが悪いけどさぁ。
「せめて、きゃあとか言ってスカート隠すくらいはしてほしいもんだよ……」
「きゃあっ!?」
「そうそう、そんな感じ――って……え?」
声がしたほうに視線を動かすと、そこに女の子がスカートを押さえて立っていた。
小豆色のブレザーでその女の子が一年であることは分かった。
更に言うと押さえられた灰色のチェックスカートから見えるチラリと下着が花柄オレンジだということも分かった。
フワフワした長い髪から見える女の子の顔は少し驚いた顔をしていた。起きたことに驚いたのか……?
「えっと……、聞いちゃったり、してた?」
「……変態」
「ぐさっ! ちょ、ちょっと待ってくれ! そこな人、俺は決して変態ではないっ!」
俺は女の子に弁明しようと起き上がったが、同時に屋上から立ち去った後だった。
「うあー……、絶対に勘違いされたよ俺……」
そう呟きながら、ガックリと膝をついて燃え尽きる。
奈々坂京一伝説にまた一ページ追加されたと……。
「って、あれ? これ……ってハンカチ?」
地面にハンカチが落ちていることに気づき、それを手に取った。
「これ……、濡れてる?」
手にしたハンカチは微妙に濡れており、起き上がった近くに落ちていて、立ち去ったあの女の子が居たってことは……もしかして。
「……今度会ったら、お礼言わないとな。それにしても誰だったんだろうな、あの子」
俺は女の子が立ち去った入り口に目を向ける。
――まぁ、またここに来たら会えそうな気がするな。
そんなことを思いながら、俺は立ち上がると教室に向かって歩き出した。
まだ少しふらつく足を動かしながら教室に入ると、俺に気づいた松乃紗が小走りで近づいてきた。
「……うわ~、センパイすっごくひどい顔ですね~」
「そう言うな松乃紗……、鏡見てないから判らないけど、かなり痛いんだからな……」
心配そうに俺を見る松乃紗は思いついたように手を叩きながら、にこやかに笑う。
「じゃあ、だったらぁ~、霜がセンパイに『痛いの痛いの飛んでけ~♪』ってしてあげますよ~?」
「いらん……、そうだ松乃紗」
両手を広げてくるりと回る松乃紗に返答しながら、俺は思い出す。
「はい、なんです?」
「癒樹音はどうなった?」
そう、校門で気絶したまま松乃紗に任せて置いていった癒樹音はあのあとどうなったのだろうか?
「癒樹音ちゃんは、霜がちゃ~んと保健室まで連れて行きましたよ~!」
「そうか……、ありがとな松乃紗」
そう言うと、俺は松乃紗の頭を撫でてやった。
撫でられた松乃紗は目を細めながら、物凄く気持ち良さそうな声を口から漏らす。
「ほわ~♪ ――って、何で頭ナデナデするんですかセンパイ~!?」
だがすぐに正気に戻ったのか、松乃紗が頬を膨らませながら俺から離れる。
「いやだってお前さ……、何か身長が小学生みたいだからつい」
「いや、つい。じゃないですよ~っ!?」
ガ~~ンという効果音が似合いそうなくらいに松乃紗は身長のことでショックを受けて落ち込んだ。
まぁ、何時も陽気だけど身長の話題になるとすぐに落ち込むよなぁ、こいつ。
「むっ、なに笑ってるんですか~っ! ぶ~~っ」
腕をぶんぶん振るいながら俺に襲い掛かろうとする松乃紗に、俺は片手を松乃紗の額に置いた。
その結果……。
「あっはっはー、届かない届かないっ」
「うぅ~、額に乗せた手を離してくださいよ~っ。離してくれたら霜がセンパイの胸をポカポカと叩くんですからね~っ!」
膨らませた頬を紅くしながら松乃紗が冗談混じりに怒る。
何というか気分は、おもちゃが欲しくて駄々こねる子供をあやす父親な感じ……なのか?
またはちっちゃい子マニアな気分?
「がははっ! まーたっ、新学期早々お前ら親子は仲がよいなー!!」
「うっ、この声は……」
いきなり教室全体に響き渡るような野太い声が後ろから聞こえ、俺は嫌な顔をする。
「けっ、出やがったですか……」
俺へのポカポカ攻撃を中止しながら、松乃紗も同じようにとっても嫌な顔をしていた。
「おいおい、そんな嫌な顔をするなよ。知った仲だろマイベストフレンズ!」
その声が響いた直後、教室内で誰かが呟いた……年上の馬鹿コンビ、と……。
忘れたくても忘れられないこの声……。
俺が年上の馬鹿コンビと呼ばれることになった人物の……。
更に言うと、俺がもう一度三年生をすることになった原因の……。
「安芸津……雅行」
振り返ると、そこには一見高校生には絶対見えない男が長ラン姿で立っていた。
「そうだぜ、相棒。お前の障害のパートナーである! 安芸津雅行だZE!!」
抱きしめてくるのを待つように目の前の馬鹿は両腕を前に突き出して、入り口に突っ立っていた。
うん、正直言うと……。
「キモい、というか死んで来い。というか人生に詫びろと言うよりも、生まれてくるんじゃねぇ! むしろ俺の卒業返せ!」
というか、お前は何処かの漢が通う塾にでも居ろ。
そこならばお前がいても不思議じゃないからな!!
「おぉう……、流石だぜ相棒。此処まで痺れるような、激しい愛をくれるなんて俺様は嬉しいぜぇ!!」
馬鹿は歓喜の笑みを浮かべながら、はあはあと荒い息をたてる。
正直説明したくは無い、だから簡単に言うと速攻ヘブン状態という表情だ。……察してくれ。
「……何ハァハァして、センパイ見てるんですかこの変態野郎ッ! と言うか何度も親子親子って言うなッッ!!」
先ほどまでのおっとりとした喋りかたは何処に行ったのか、松乃紗は激怒しながら何時もの攻撃を繰り出した。
風切り音と共に下から上へと振り上げられた足は爪先を立てながら、安久津を蹴った。
「ぉ――うっ!」
その瞬間、蹴り上げられた奴の息子は潰れ、冷や汗をかきながらその場から動かなくなった。
そして、松乃紗は上げた足を地面に下ろすと、一息ついた。
……ここまでやるのは酷すぎだろうか? ……いや、と言うよりも松乃紗の身長ではどんなに高く蹴りを入れたとしても、どうしても奴の命中場所か股間となってしまうのだ。
「あー……毎度の如く、お疲れ様」
「は、はい……。このまま散ってくれたら良いのですが~……無理ですよね」
何度も行っている果てしない行動に松乃紗は疲れた表情をする。
……ちなみに松乃紗はこの馬鹿にだけは暴言罵詈雑言を言って凶暴になるのは、ちょっとした理由があったりする。
まあその話は、また今度の機会にするとしよう。
そんなことを考えながら、俺は自分の席へと戻るのだった。
少しだけ明らかにしましたが、実はこの主人公は3年生が2回目だったりします。
その原因となる事件はいずれ……たぶん近いうちに。