嵐の同級生
「いやー、何も持たないで通学するっていいよねー♪」
凄く楽しそうに笑いながら鈴華が言うのに対し、癒樹音はチラチラと心配そうに後ろを見る。
「う、うん……でも……」
「いいっていいって、ね?」
「はいそのとおりでございます、わたしはりんかさまのおかばんをおもちできてこうえいのきわみでございます」
殺気を込めて睨みつけてくる鈴華に対し、俺は棒読みで応対する。
今は、逆らうべきじゃ、ない。
「むー……、ものっすごぉ~く気に食わないけど……ま、いっか」
そう言うと鈴華は不本意ながら、また前を向いて歩き出す。
ちなみに鈴華と癒樹音、そして自分の鞄の合計三つを両手に持って歩いていた。
どうやら、しばらく死んだじーちゃんとここ十年ほど話していなかった世間話に花を咲かせている間に癒樹音の説得で、鞄運びの罰で、ついさっきの鈴華のパンツを見たのを許すということらしい。
ちなみに許すと忘れるは別なので、鮮明に記憶に残っていたりするが……言わないでおこう。
「って、何時の間にかここまで歩いたけど……何か忘れてはいけない何かを忘れて……」
はっ! そうだ、何か忘れていると思ったらこの道は……。ここはやつの……。
「――パーイ!」
「げ! き、来たっ! お、お前ら今すぐに耳を塞げ!!」
「「えっ? 何で――――」」
不思議そうな顔を俺に向ける二人。だが直後、聞こえてきた声の主は俺へと飛び掛ってきた。
「セーーーーンーーパーーーーーイーーーーーーーーーーーッッ!!!」
スピーカーの様な激しいほどに大きな声が耳元で鼓膜を刺激すると同時に、声の主は無防備となっている俺の首目掛けてぶら下がってきた!
「ぐええ――っ!?」
ぶら下がったそいつは俺の首を支点にして、グルグルと回り始め……ピーチクパーチク喋り始めた。
「きゃ~ん! センパイセンパイセンパイ~~ッ!! 会いたかったですよ~! もう夏休みが終わるのが今か今かって一日千秋の思いで待ち続けてついに今日という新学期の始まりの日が来て霜とセンパイが出会ったのですよ~! あぁ……、まさにこれは運命、運命の出会いなんです!! ていうか、この間の夏祭りの日に何で来なかったのですか~?! 霜は霜はセンパイを……センパイを待ち続けていたのですよッ! それなのにセンパイってば全然来ないし……もう、焦らしプレイで霜を試してるんだって思ってたんですよ! だけど来なくって、霜はがっかりしょんぼりどんよりって感じになっていってもう、神社の巫女さんのバイトほっぽり出してセンパイの家に攻め込んでしっぽりずっぽり夜這いしちゃおうとか考えたりしたのですが霜も一応レディーですからセンパイから誘ってくれるまで霜は待ち続けるんです!! それで今日が来たのですよ~~~~~!!!」
耳元でマシンガン……いやガドリングトークと言わんばかりの大声でそいつは叫ぶ。
数日振りに聞くと物凄く脳に響くな……これ。ま、とりあえず……。
「うるっせー! テメー少しは静かにしろっ!! それに首にぶら下がるな、痛めたらどうするんだこんにゃろ!! それに、テメーの神社には祭りなんて無いだろ!!!」
体を激しく振るわせ、俺に張り付いたそいつを力づくで引き剥がす。するとそいつは地面に落ち……尻餅を突いた。
「はうっ!? センパーイ酷いですよぅ~」
「酷いのはどっちだっての……、それに首ぶら下がりはもうするなと言ってるだろうが」
「うぅ~、これは霜がセンパイに夏休み振りに会えたことに感動してセンパイ分を激しく補充しようとしてただけですよぅ」
センパイ分って何だよ……それに夏休みぶりって……つい3日前に会わなかったか?
俺は覚えてるぞ、お前のバイト先の軒先で冷たい麦茶を貰ったのを。
そんなことを考えながら俺は目の前のそいつをまじまじと見る。
髪型がツインテールで、見た目小学校低学年だが濃緑のブレザーを着た、こいつは松乃紗霜と言う名前だ。
ちなみにもう一度言うが、外見通りの小学校低学年ではなく……制服の色で分かるように俺と同じ三年だったりする。
「あの、ところでセンパイ」
「ん? 何だ」
「この子たちって、センパイの知り合いですか?」
クールダウンした松乃紗が指差した先には、鈴華と癒樹音が地面にへたり込んで頭をクラクラと回していた。
「あ、あたまがぐあんぐわんしゅるーー……」
「はぅ、あぅあうぁぁ~~……」
「……あ、忘れてた」
「ほへー、じゃあおふたりはセンパイの従妹さんなのですか~」
「はい、そうなんです……えと」
二人の自己紹介を軽く受けた霜はなるほどなるほどと首を振るが、癒樹音のほうは相手が誰なのか少し警戒しているようだ。
「あ、霜は松乃紗霜といいます。霜でいいですよ~」
「ボクは、谷守鈴華って言うんだ。よろしくね霜さん」
「癒樹音です、どうぞよろしくお願いします」
「鈴華ちゃんに癒樹音ちゃんですね、これからよろしくです~」
三人が横一列に並び、きゃぴきゃぴと楽しそうに話しながら歩くのを俺は後ろから見ながら歩く。
何つーか女の会話ってのは、見てて恥ずかしいというか何かドキドキするというか……。
……って、そういや歩いてる学生が少ないような……、というか俺たちしか居ないというか…。
「それでですね、霜とセンパイの出会いはですね~」
「べ、別に気にならないけど、教えてくれるなら聞こうかな……」
今の時間は何時なんだろうかな……っと。ポケットに手を入れると、俺は年代物の懐中時計を取り出した。
ちなみに何で腕時計をしないで、こんなにもオンボロな懐中時計を使用しているのかは自分でも良く分からなかったりする。
――っと、そんなことを考えずに時間、じか――。
「んんっ!?」
「ど、どうしたの……京ちゃん?」
「何ですかセンパイ~! せっかく霜がセンパイと霜との素晴らしき出会いを語ろうとしてたのに」
「じっ、じか……じかん!」
懐中時計を前に出して、三人にわかるように見せながら俺は慌てる。
「時間がなんなの……、えぇっと、今は八時……にじゅうはちふんぅぅぅっ!?」
鈴華が素っ頓狂な声で現在の時刻を声に出した。八時二十八分……というとつまりは、かんっぺきに遅刻だった。
「いっ、急げ! 走るぞっっ!!」
「う、うんっ!」
慌てながら大きな声を上げると共に、俺と鈴華が学校に向けて走り出した。
「ま、待ってよ二人ともぉ~……!」
少し遅れて後ろから癒樹音の声が聞こえたりした。
だが悪い癒樹音! 新学期初日に遅刻なんてかなり恥かしいんだよ!
「あれ? でも、今って……まぁ、いっか。あ、センパイ待ってくださ~い」