幻の縞
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*初めての制服
階段を下り、リビングの扉を開けたと同時にチーンと軽い音が鳴り響いた。
食卓に目を向けると、父さんが椅子に座って新聞を読みながらコーヒーを飲んでいた。
「おはよ、父さん」
「うむ、おはよう京一。朝の抱擁をしようじゃないかマイサーンッ」
立ち上がって、両手を広げる父さんを普通に無視しながら、俺は椅子に座る。
目の前には焼きたてのトーストが置かれており、それを手に取ると、バターナイフを使ってマーガリンを塗り始める。
焼き立てのトーストに塗られたマーガリンが熱に溶けて中へと染み込んでいく。
そしてそれを口に入れ、噛み始めた所にキッチンから母さんが出てきた。
「おはよう、京一」
「おふぁよう、ほあはん」
「ちゃんと飲み込んでから喋りなさい、はい目玉焼き」
「ありがほ」
お礼を言いながら、目玉焼きが載った皿を受け取るとそれをテーブルに置く。
「はい、あなた。あ~~……ん♪」
「ん~、ハニーが作ってくれる朝食は何時も美味しいな~!」
……とにかく、食べるのに集中することにしよう。
トーストを咀嚼しながら、紙パックの牛乳をコップに注ごうとした時、扉が開かれた。
「お待たせー! 着るのに時間かかるね、これー♪」
制服を着た鈴華が楽しそうに、リビングへと入ってきた。
……あれ、この制服って…………。
「少し……大きかったかなぁ」
それに続いて悩みながら、もじもじと入ってくる癒樹音。
「どう、おじさん? 可愛い? 可愛い?」
くるくるとその場で回る鈴華。何というか物凄く愛想を振り撒いているみたいで……アレだ。
そんな鈴華求められた感想を父さんは答え始める。
「うーん、可愛いよ。鈴華ちゃんも癒樹音ちゃんも、あいつにも見せたいくらいだねー……っと、カメラで撮ろうか!」
「で、でも少しぶかぶかで……」
「大丈夫だいじょーぶ、おばさんだって卒業したころには、もうぴったりサイズになってたわよ。その上、一部はきつくてきつくてしょうがなかったわぁ~」
母さん……、朝っぱらから下ネタはやめてくれ……。
心からそう思うも、やはり思っているだけなので伝わらなかった。
……うん、とりあえず、食うだけ食うことにしよう。
目玉焼きに塩を振り、齧られたトーストの上に置くと、半分に畳んで一気にがぶりつく!
これが実は美味かったりするんだよな。
「もぐ……むぐ……ごくっ……。ふぅ……ごちそーさん。俺も制服に着替えてくる」
最後に、牛乳を飲んで一気に腹の中に押し込むと俺は着替えるために椅子から立ち上がり、リビングから出ようとする。
だが、道を塞ぐようにして鈴華が立っていた。
「ねえ、何か言うことはないの?」
「あん?」
「リ、リンちゃんっ!?」
「何かって何をだよ?」
ついさっきの出来事に俺自身怒っているのか、ぶっきら棒に言った。だが、鈴華にはそれが気に食わなかったようだ。
「何かって、ボクやユキちゃんを見て何とも思わないわけ?」
「何かって何だよ……」
まじまじと鈴華の制服を見る。俺と同じ学校の制服だから独特なデザインのブレザーは色違いで形が同じだ。
そして、男子のズボンのデザインと良く似た灰色のチェックスカート。
何処も変なところとかもないよなぁ……? けどまぁ、しいて言うなら……。
「お前らって学年違うんだな」
俺の通う学校は斬新と言うか何と言うかブレザーの色で学年を分けているということをしていた。
三年の制服の色が濃緑。二年の制服の色が小豆。一年の制服の色が藍。
それがローテーションで来るというわけだ。
普通はブレザーじゃなくてネクタイとかリボンとかだよな。
で、癒樹音が小豆の二年、鈴華が藍の一年と判るブレザーを着ていた。
「あ、うん。私とリンちゃんって、産まれた時に時間を跨いだんだけど、その日が……」
ああ、なるほど……。同い年の双子だけど、同じ学年よりも別々にした方がいいということだろう。
「むぅ……、そこじゃないのに…………っ!」
「ま、まぁまぁ、リンちゃん」
まるで苦い食べ物を食べたような顔をする鈴華を癒樹音が宥める。
「ってことで、着替えてくるから」
「あー! 待てー! 待てこらーー!」
鈴華の罵声を背中に聞きながら、俺は自分の部屋へと戻った。
というか、ヤンキーのような叫び声だな。
パジャマを脱ぎ、鈴華や癒樹音と同じデザインの制服に俺は着替える。
ちなみに俺の制服は濃緑のブレザーと灰色のチェックズボンだ。どうでも良いが。
そして間違っても、スカートじゃない。スカートじゃない。大事なので二回言いました。
と言うか、スカートだったら外に出た時点で近所に変質者のレッテルが張られてしまうじゃないか……。
などと馬鹿なことを考えながら、着替え終えた俺はあまり教科書の入っていない鞄を持って部屋を出て、玄関まで歩く。
「さて、それじゃあ……いってきま――――」
「なに普通にボクらを置いて行こうとするんだーーっ!!」
鈴華の雄叫びと共に背中に強い衝撃が走り、俺の体は直ぐ目の前にある玄関扉にぶち当たった。
「がご――ぶふぉぁっ!?」
「きょ、京ちゃん!? リンちゃん、やりすぎッ!!」
「うぅ~~……。で、でもでも、おにいちゃんが悪いんだよ、ボクらを置いてこうとするからぁ……」
怒る癒樹音に情けない声で鈴華が反論する。見えないがきっと上半身を動かしながらどうこう言ってるのだろう。
ちなみに何処でかって? ……俺の上でだよっ!
「どっ――せいっ!!」
「わ、きゃぁーーっ!?」
腕立ての応用で体を一気に浮かび上がらせると、俺の上に乗って反論していた鈴華がすっ転んでいった。
「い――ったぁ! 何するの、おにいちゃん!!」
「はっ? 何って……立ち上がっただけだろ、それ以上に何か文句でもあるのか?」
立ち上がり、転んだ鈴華の方に顔を向けるとそこには。
島があった。青と白の島だ。島というよりも縞だった。
白い太股に挟まれた青と白の縞、灰色の草原の奥地にはそんな秘境が眠っていたのだ!
そして、転んだ鈴華は自分がどんな状況なのか理解していないのだ。
スカートが捲くれ上がって、縞々パンツが丸見えだということに!
「うぅ……お尻痛い~……」
少し泣き声になりながら、鈴華はお尻を軽く撫でつつ痛みを取ろうとする。
ちなみに、俺が何で目を逸らさないのかって?
そんなのは簡単だ、だって……。だって……。男の子なんだもん!
「――って、おにいちゃんなに見て……っッ!!」
「はっ――マズいっ!」
鈴華も自分がパンツ丸出しの状態になっていることに気づき、足を閉ざしてスカートで隠す。
それと反比例するように茹蛸のように顔をだんだんと赤く染め上げていく。
「リ、リンちゃ……――ひぃ! ……がくがくがく…………」
怖いものを見たのか癒樹音が涙目になり、震えた声を出しながらその場でへたり込んだ。
に……逃げろっ! 逃げるんだ俺ッ! 逃げなければこのまま殺られる!!
「わ、悪い! 帰ってから謝るっ!!」
そう叫び、急いで玄関を開けようとノブを押す。
しかし、ドアはガシガシと音を立てて、開かなかった。
「おにいちゃんの……」
「く、くそっ、何でだ! 何で開かないんだ!?」
鍵、そうだ! 鍵がかかってるんだ!!
それに気づき、急いでノブの上にある鍵を回すと、カチャンという音をたて、ロックが解除された。
だが、しかし……。すでに俺の後ろには……鈴華が居た。
「おにいちゃんの…………」
「まままて、鈴華っ、これは事故だ! これは事故なんだ。それに原因はお前だぞ!!」
「もんどーむよー……」
まるで病んだような光を感じさせない瞳で、ゆらりゆらりと鈴華が俺に近づいてくる。
「ひぃぃぃぃぃぃ~~!」
「――おにいちゃんの! ど、ヘンタイぃぃぃぃぃぃぃ~~~!!!!!」
怒りの篭った蹴りが、拳が、縦横無尽に俺へと打ち込まれていく。
あ、駄目だこれ……死ぬレベルの攻撃だわ。
「てん! ちゅうぅうぅぅぅぅぅぅ!!」
「ごぶはぁぁぁぁあああああぁぁぁぁぁぁぁあああっっっ!!!」
叫びと共に鈴華の拳が俺の顎へと炸裂し、俺は空へと舞い上がった気がした。
あ……あれは、田舎のじーちゃん…………。
あれでも、じーちゃんは俺が子供の頃に死んじゃって…………。
「がくっ…………」
「き、きょうちゃーんっ」