夢と現
落ち葉が金色のじゅうたんの様に敷き詰められた銀杏並木を、僕は楽しく走り回る。
時折、赤い紅葉が落ちているのも見かけたりもして、それが何だか楽しかった。
そんな時、向こうで宴会をして盛り上がっている父さんが僕を呼んだ。
「おーい、京一ちょっとこっちにこーい!」
「なーにー? 父さーん?」
近寄るとお父さんの後ろに隠れるようにして二人の女の子が僕のことを見ていた。
同じ顔で凄く可愛い女の子だけど、誰だろう?
僕が見ているのに気づいたのか恥ずかしそうに顔を赤くして、二人同時に父さんの後ろに隠れた。
父さんも僕がこの子たちを見ているのを気づいたのか、茹蛸みたいな赤い顔で笑う。
「あぁ、ちょうど今来たところだけど、この子たちは父さんの弟の娘さんでな、ほら」
そう言って父さんは一度振り返ると、隠れた二人を僕の前に移動させた。
「奈々坂きょういちです、よろしく!」
僕は二人に対して元気良く笑いながら挨拶した。
人見知りなのか、オドオドしながら二人の女の子は僕を見ながら……。
「えっと……たにかみゆきね、です」
「り、りんか。たにかみ、りんか……」
見た目と同じ様に可愛らしい声で名前を言った。
「それじゃあ、父さんたちは宴会を続けるからしばらく三人で遊んでなさい」
そう言って父さんは宴会に戻って行き、僕は「一緒に遊ぼうよ」と二人に言うと、コクンと頷いた。
僕が来たときよりも、騒がしくなり始めた宴会の近くから離れると、二人へと振り返った。
「じゃあ……、何して遊ぶ? 鬼ごっことかかくれんぼはどう?」
「お、おままごと……きょうちゃんがパパで、ね……」
「ボクとユキちゃんが、その……おにいちゃんのおよめさんのおままごと」
そう言いながら、ゆきねちゃんとりんかちゃんの二人は僕のことをジッと見つめる。
「えっ!? は、はずかしいよ……、もっとさぁ鬼ごっことかかくれんぼとかにしようよ!」
「や、やだ……おままごとするの……!」
僕が大きな声を出したからか、今にも泣きそうな顔でりんかちゃんが、隣のゆきねちゃんにしがみ付く。
それを目で追いかけると、期待した目でゆきねちゃんが僕を見ていた。
「……わかったよ。でも、少しだけだよ」
「「わぁーい♪」」
僕の返事に嬉しそうに二人は笑って、手と手を合わせてジャンプした。
「それじゃー、朝にボクらがおっとを起こすつまのやくをするね。おにいちゃんは眠ってて♪」
「え、あ……、うん……」
とりあえず、言われるままに僕は地面に寝転ぶと目を閉じた。
じんわりと冷たい地面が背中に当たり、銀杏の実の臭いがした。
「じゃ、じゃあ……わたしからいくね。ほら、きょうちゃん、おきて、あ……あさだよ」
あ、これって父さんに母さんがたまにしてるやつだ。えーっと、確か……目を開けちゃ駄目だったんだよね。
だけど寝ているわけじゃないから、揺すられる感覚を味わいながら、僕は寝息を立てる。
「んっ……んん……っ」
「ほら、京ちゃん……、起きて朝ですよ」
あと、じゅうごふん……。洩れるような感じに口から漏らしてみた。
ゆさゆさと揺られ、何だか本当に眠くなっていき……うつらうつらと。
「ああ、ダメだよユキちゃん。こういう時は腹になんかを落とせば一瞬で目が覚めるって言うから、例えばこんなのとか」
……あれ? なんか、へんじゃ……ないか?
「え?! で、でも、リンちゃんそれって広辞え――あっ」
慌てる癒樹音の声がした直後、眠る俺の腹へと思い衝撃が走った!
「が――、ごふぁぁ!?」
腹部に大きい痛みが入り、一気に目が覚めた。
慌てながら、俺は周りを見回す。
銀杏並木がある公園などではなく自分の部屋だった。
……銀杏並木? 一体どんな夢を見てたんだっけ? だめだ、思い出せない。
「ほら、起きた起きた」
「い、いくらなんでも広辞苑はやりすぎだよぅ……」
「こ……うじえん……」
俺が跳ね起きると共にベッドに落ちた分厚い物に目をやる……そこにはくっきりと『広辞苑』と書かれていた。
「てめ……、下手すりゃ骨折れるぞ……っ!」
「い、いいじゃん、別に。その……生きてたんだしッ!」
腕を組みながら、鈴華は自分は悪くないといった態度を取る。しかしその態度に癒樹音が怒った声を出す。
「そ、それはひどいよっ! リンちゃん~……!」
「う……、ユキちゃん……。ゴ、ゴメンナサイ……」
癒樹音に怒られてか、渋々と鈴華が俺に謝る。ただし頭は下げていないところを見ると仕方なくと言ったところだろう。
そんな態度に俺は少し腹が立ったから、反省させることにした。
どうやって反省させるか……そんな物は簡単だ。
「ぐ……っ」
「え……きょ、京ちゃん?!」
顔を歪ませながら、腹を押さえてベッドに倒れこんだ。
「いっ、いてぇ……すごく、痛い……」
痛そうな感じに腹を押さえる。癒樹音には悪いが後で謝ろう。
「きょ、京ちゃん大丈夫!? 大丈夫なのッ!?」
「ダ、ダメだ……。病院……に――くぅ! ぐはっ!!」
……って、こんだけ大袈裟にすりゃ、いくらなんでも冗談ってばれるよなぁ?
そう思いながら、ちらりと二人の顔を眺めた。
癒樹音は……「どうしようどうしよう」と言いながらおろおろとしていた。
鈴華は……?
どうせ、自分は関係ないって顔をして、部屋を出て行こうとしてるに違いない。
または冗談だって気づいて殴る準備をしているかも……。
「あ……」
「う……ぁ……」
だけど、俺の目に飛び込んできたのは、自分のやったことで俺がこんなにも痛がっていることに驚き、今にも泣きそうな顔をしていた鈴華だった。
一瞬何か頭を過ぎったが、良く思い出せない。
「ご、ごめ……、ごめ――なさ、おにいちゃ……」
「……な、なーんてな!」
「「へ?」」
「じょ、冗談だよ冗談! 大袈裟に痛い振りしたらお前らがどんな反応するか気になったんだよ、はははっ」
「な、な~んだ……。びっくりしたぁ……」
「じょう……だん?」
「そ、冗談冗談」
……まぁ、実際かなり痛いけどさぁ。
「――て、あれ? 鈴華? おーい、鈴華さんやーい??」
「~~~~~~~~~~~~~~~~っ」
耳まで顔を紅くしながらプルプルと震える鈴華……。なんだろう、とてつもなく……やな予感が…………。
「もういっかい死んでこいっ!!」
「ごぶぁ!?」
嫌な予感を感じた直後、鈴華の跳び蹴りがベッドに立つ俺の腹に炸裂した。
その瞬間、俺の意識は飛んだ……ような気がした。
「もう知らない! バカ、バーカ!」
「リ、リンちゃん~……」
バタンッ!と扉が壊れてしまう勢いで力いっぱいドアを閉める音が聞こえた。
「あー…………いってぇ……」
「その、大丈夫? 京ちゃん。やせ我慢も程ほどにしたほうがいいよ」
心配そうに癒樹音が、俺を見つめていた。あ、ばれてたか……。
「あぁ、結構痛いけど一応大丈夫……かも、くそっ、鈴華のやつ」
「リンちゃんを怒らないであげて、京ちゃん」
「はぁ? それってどういう意味だよ?」
俺の近くにしゃがんでいた癒樹音だったが、立ち上がると扉へと歩き始めた。
「それじゃあ、私も下に行くね。あとね、おば様が朝食出来たから降りてきなさいって」
そう言うだけ言って癒樹音も部屋から出て行こうとした。
……が不意に俺のほうに向き直る。
「リンちゃんね、ちょっと素直になれないだけなんだ。だから、京ちゃんのこと本当はね……」
「え、最後何て言ったんだ?」
「う、ううん。なんでもないの! じゃ、じゃあ……、下で待ってるね」
恥かしそうに手を振る癒樹音が部屋を出て行き、部屋には俺だけが残っていた。