その53 ゆりかの決意
ゆりかの決意
●森田ゆりかの視点
このマンションに移ってから初めての土曜日。
平日は仕事に追われて卓さんとのことを考えなくて済んだ。
正直、考えたくもなかった。私の人生、今まで悩みの連続だった。ひとつの悩みから解放されるのにどれほどの長い期間がかかったことか。。。
だから今回の件にしても、毎日が苦しくてたまらない日々を過ごすなんてこりごりだった。早々に別居を決めたのもそのせい。
でも、はっきりした結論が出ていない以上、今のままでも中途半端なのは確か。。
今日は何の予定もない休日。気が思いけれど、この先の私たちのことを本気で考える日にしなくちゃいけないのかもしれない。
今、私の目の前には1通の封筒がある。
先日、是枝さんからの連絡で手渡されたもの。
もう何日も経つのに開ける気にならない。
それは三木綾乃から私への手紙だった。
是枝さんの話によると、三木綾乃は私にこの手紙を直接手渡すすべがなくて、どうしたらいいか相談を受けたとのこと。
卓さんを介して私に手渡すのは不自然。その点、是枝さんは、思い出したくもないあの場面の目撃者。事情を知ってる彼ならなんとかしてくれると思ったそうだ。
卓さんと三木綾乃のその後については、あえて私は是枝さんに聞かなかった。
とにかく私は今日、この手紙を読もうと決めた。読めば何らかの結論が出せる気がしたから。。
以下、三木綾乃からの手紙の内容
“突然の手紙ですみません。私はご主人と同じ部署に勤務する三木綾乃と申します。
先日は宿泊先の温泉旅館にて、あのような恥ずかしい場面を見られてしまい、どうお返事をすれば良いのかわからなくて、私はかなり混乱していました。
まずは最初に奥様に謝らなくてはなりません。本当に申し訳ありませんでした。
奥様があの日、同じ旅館にいると知りながら、私はあんな大胆で非常識な行動をしてしまったことを深く反省しています。
ただ、私と森田さんがお付き合いを始めてからかれこれ半年近くになります。
最初は私が森田さんを一方的に好きになりましたが、今では彼も私に思いを寄せてくれていると確信しています。
なぜなら彼はいつも私を拒んだり嫌がったりしたことなど一度もないからです。
初めてのデートは忘れもしません、○月×日の日曜日でした。
森田さんと夕方の待ち合わせで、一緒に個室のある和食屋さんで食事をしました。
私と森田さんが打ち解けるのにそう時間はかかりませんでした。
彼は食事中に私に覆いかぶさってきました。
それを酔ってバランスを崩したせいにして、私を愛してくれたのです。
ちょうどそのとき、お店の従業員さんが部屋に見えて、恥ずかしい思いをしたことが印象に残っています。
それを考えると、今回の旅館での一件も似たようなことの繰り返しをしてきたのだと、改めて反省している次第です。
森田さんは、会社でも私の作ったお弁当を毎日喜んで食べてくれていました。
奥様のお弁当もその後に食べていたわけですから、森田さんが最近太り気味になったのがおわかりかと思います。
これからの判断は、全て奥様に委ねます。私の軽弾みな行動で、ご迷惑をおかけしたことについては、心からお詫び申し上げます。
でもどうか森田さんを叱らないで下さい。不倫とわかっていながら近づいたのは私なんですから。。
つたない文章ですみません。簡単ではありますが、これにて失礼致します。
三木綾乃”
私は呆然としてその場から動けなかった。
なんて失礼な女!!
この女は不倫を反省して詫びているんじゃない。
自分が招いた軽はずみな行動を、人に見られてしまってマズかったと言ってるだけ。
つまり、バレないようにしていれば問題がなかったと言わんばかり。
それなのに・・そんな女に卓さんが。。信じられない。
これって、卓さんと三木綾乃が両思いだってことになるの?
単に卓さんがお人よしで断りきれないだけじゃなかったの?
本当に卓さんは三木綾乃を愛していたってこと?それが本当の真実?
私は再度手紙を読み返した。
○月×日の日曜日…
卓さんがいずみの参観日に行った日…
そして午後からは得体の知れない謎の女にカップル喫茶に誘われた日…
でも…でも夕方からは確か、新入社員の歓迎会だったはず。。そのために私は卓さんの要求に応じてお金を渡した。
“一体どういうこと?卓さんはまだ私に隠し事をしていたの?まだウソをついていたの?”
私はすぐに思いつくまま、是枝さんに直接電話した。
「ゆりかです。突然すみません。ちょっと確認してもらいたくて…」
「はい、いいですよ。なんでしょう?」
「○月×日って、会社の新入社員の歓迎会があった日なのか、わかりますか?」
「あ〜、ちょっと待って下さい。僕のスケジュール帳を見ればわかりますから。」
私の心臓の鼓動が高鳴った。
もしも歓迎会があったなら、三木綾乃の話は作り話。とんでもない詐欺師の女。
でも…もしなかったら。。。
「あ、わかりましたよ。その日に新入社員の歓迎会はありませんでしたね。」
「Σ( ̄□ ̄;・・・!!!」
「そうだ!僕も思い出しましたよ。たしかその日は午後から僕がゆりかさんの家にお邪魔した日じゃないかと思いますが。」
「え、ええ…確かにそうですね。。」
「なら間違いないです。僕はその後まっすぐ帰宅した記憶がありますし。」
「そう…ですか。。忙しいところどうもありがとうございました。」
「ゆりかさ…」
私はすぐに電話を切って放心状態になった。
もうこれ以上、誰の言葉も聞きたくなかった。
___その数日後
私は卓さん宛てに一通の封筒をポストに投函した。
(続く)