その52 円満な別居
円満な別居
●森田ゆりかの視点
通勤にも便利ななマンスリーマンションを見つけた。
とりあえず明日、いずみと私はここを離れる。
実家には絶対帰りたくなかった。
結婚当初から卓さんを好ましく思ってないパパが『ほらみろ、だから言わんこっちゃない!こうなるのはわかってたんだ!』と責められるのは目に見えているから。
でも私はあのとき、心の底から卓さんと結婚したいと思っていた。ずっと好きでいられると思っていた。正直それは今でも。。。
卓さんが会社の慰安旅行から帰宅したあの夜から今日で1週間。
そしてそれは夫婦生活の最後の1週間になるのかもしれない。
でも私たちはこの間、普通の夫婦でいられた。
普通の人が聞いたらおかしいと思うかもしれないけど、穏やかな1週間だった。
卓さんもあの日以来、泣いたり謝ったりはしていない。
でもそれは私が1週間前にそうお願いしたからなんだけど。。
「卓さん、私といずみの住む場所が決まるまでは幸せな家族でいましょう。」
「・・・幸せ?」
「別に私たち、憎み合って別れるんじゃないもの。」
「ゆりかは僕を恨んでないのかい?」
「恨んでなんかないよ。卓さんの性格からして、そういうもんなのかなぁって思ってるだけ。」
「でも…許してもらえないんだよね?だから別居しちゃうんだよね…」
「ごめんね。私の精神が持たなくなっちゃいそうなの。わかって。だから卓さんももう謝らなくていいから。」
「全部僕のせいなんだよね。。」
「ねぇ、もうよしましょ。私、円満別居したいの。悩むのも疲れたわ。だから泣いて別れたくないの。」
「・・うん。わかった。。なんとなく。」
こうしていよいよこの家から離れる日が来た。
マンスリーマンションの方は家財道具が大抵揃っているので、私といずみの荷物は最小限にまとめて出ることにした。
「ゆりか、足りないものがあったらいつでも連絡して。すぐに持って行くから。もちろんいつでも取りに来てもいいし。」
「ええ、そうするわ。」
「うんうん、そうしなよ。別に離婚するわけじゃないんだしさ。ただの別居だもんね。ハハ…(^_^;)」
いかにも苦し紛れな彼の言い分。
「そう…ね。。今すぐにはまだ…ね。」
正直、私もまだ迷っているし、正式に離婚するかどうかの決断はできないでいる。
むしろこの1週間、彼の真摯な態度を見ていると、余計に判断を鈍らせた。
私といずみは玄関の外に出た。卓さんは玄関の中で私たちを見送ろうとしている。
いずみにはちゃんと説明したつもりだけど、わかってくれたかどうか・・・
どうか彼女がグレたりしませんように。。
困ったときの神頼み。でも困ったときにしか頼まないなんて神様に失礼よね。。
こんなことをふと思いながら空を見上げる。
曇り空・・・今の私の心境と同じ。。
そんなとき、突然いずみが私に言った。
「ママ、卓くんとチューはしないの?」
「え?何よいきなり。」
「だって、ケンカしたんじゃないんでしょ?」
「そうだけど・・」
「今日までずっと仲良かったじゃん。ママと卓くん。」
「・・・・」
「大人の事情はよくわからないけど、嫌いじゃないならお別れのチューくらいしなよママ。」
「でも・・」
「卓くんはママが嫌いなの?」
「え?そ、そんなことはないよ。ママのことは…大好きだよ。いずみがママを大好きなように、僕もそれ以上にママが大好きだよ。」
「なんか変なの。それなのに何で別々に暮らすの?」
「…色々あってね。ごめんねいずみ。」
「アタシはママと一緒ならそれでいいけどね。」
「あら(ノ _ _)ノコケッ!!」
「でもね、ちょっぴり寂しいかな。」
「えっ?」
「卓くんのドジにはよくイラッとしたけど、いつも優しくしてくれたもん。」
「アハハ(⌒-⌒;・・」
「学校の参観日に来たときは大嫌いになったけど、今は好きかもw」
「ありがとう。」
いずみが私の腕を引っ張って卓さんのの元へ寄せようとする。
「じゃあお二人さん、お別れのチューをどうぞ!アタシはあっち向いてるから今のうちにね!」
「もう、いずみったら…」
私はいずみに目をやってから卓さんの方へ遠慮がちに向き直った。
その瞬間、いきなり彼に抱き寄せられて唇と唇が重なった。
反射的に目をつむってしまう私。。抵抗などできなかった。
その二人の様子を気づかれない距離から双眼鏡で見ている人物がいた。
彼は憎らしそうにチッと口を鳴らして地面にツバを吐く。
「こりゃまずい。。思い通りに事を進めるってのは難しいもんだな。」
そう、このバチ当たりな言葉を口にする男は、紛れもなく卓の同僚であり、仕掛け人でもある『是枝』その人であった。
「でもまぁいい。まだここに切り札があるし( ̄ー ̄)フフ」
是枝は自分の内ポケットから、1通の封筒をちょっとつまんで目で確認した。
「これをあとでゆりかさんに見せてあげるとしよう。( ̄ー ̄)」
(続く)