その36 是枝のアドバイス
是枝のアドバイス
●森田ゆりかの視点
「おそかったね。残業?」
卓さんが帰宅したばかりの私に問いかける。是枝さんと会っていた約1時間の間に卓さんが先に帰って来ていた。
「うん。ちょっと仕事が終わらなくて…ごめんね。すぐごはんの用意するから。」
「そんな慌てなくていいよ。ゆりかも疲れてるんだから。僕は先に風呂に入るよ。だからゆっくりとマイペースでね。」
「うん。ありがとう。いずみは部屋?お腹空いてるでしょうね。」
「それは大丈夫。シュークリーム買って来たからさっき僕がいずみの部屋に持って行ったんだ。」
「ホント?嬉しい!私も分もあるの?」
「もちろん。」
「で、いずみの反応はどうだった?」
「だいぶいいよ。僕に微笑んでくれたもん。」
「良かったぁ。少しずつ機嫌が直ってるわね。」
「僕がドジだからしょうがないよ。」
「…(^_^;)」
ここの場面の私は否定も肯定もできなかった。
「僕が料理作れたらいいんだけど、インスタントラーメンしか作れないからなぁ。」
「いいのいいの。気にしないでお風呂行って。」
卓さんはいつも優しい。私への気遣いは今までと何も変わらない。こんな彼なのに浮気しているなんてとても思えない。何かの間違いだとしか考えられない。
私は食事の支度をしながら、是枝さんとの対面を頭の中で整理してみた。
写真の相手が三木綾乃ではないという事実に大ショックを受けた私。そのおかげで、是枝さんに2日遅れで届いた“いかがわしい写真”を見せるきっかけを失った。一体どう解釈したらいいんだろう。
卓さん本人に直接聞けないでいる私も情けない。こんなことで家庭がギクシャクするのはイヤ。幸せな家庭が崩壊するのはイヤ。私が黙認していれば何ら変わらない生活を継続していられる。
でもそれはやっぱり逃げ口上。そんな偽りや我慢の生活を続けて幸せでいられるはずがない。だいいち私の精神がもたない。それもわかっているのに聞くことが怖くてたまらない。
30分前までは是枝さんと一緒だった私。彼はそのときの私の心中を察したようにこう言った。
「ゆりかさん、聞くに聞けないでいるんでしょう?勇気もいりますし、家庭全体のこともありますしね。」
「そうなんです。。ホントにそうなんです。もし聞くとしてもどういうきっかけから話していいものか。。」
「そうですよね…いきなりストレートっていうのもですね…」
1、2分ほどの沈黙の後、彼は再び口を開いた。
「じゃあこうしたらどうでしょう?ご主人を問い詰めるんじゃなくて、間接的にさりげなく聞くんです。」
「それって…わかりますけど、具体的にはどんなふうに話せばいいんでしょう?」
「たとえばですね…『お得意様と外で商談したりすることってあるの?』とか。」
「ええ…」
「もう少し確信に迫りたいときは『ゆうべ寝言で綾乃って何度も言ってたけど誰?』とか。」
「Σ('◇'*エェッ!?でもそれって直接すぎません?(^_^;)」
「いえ、そんなことないですよ。あくまで寝言で聞いたことに対しての疑問を訊ねてるだけですから。逆に言えば、寝言のせいにした方が聞きやすいかもしれません。そうでしょう?ゆりかさんは三木綾乃の名を知るはずもないんですから。」
「そうですね…何で知ってるのか聞かれたら寝言で聞いたことにすれば済むんですね。」
「できそうですか?」
「…というよりも、この写真が三木綾乃という女性じゃないなら、それだけ聞いてもどうかと。。」
「たしかにそうかもしれません。僕もびっくりしました。でもごく自然に考えれば、ご主人の身に別々な二つの出来事が同時に起きているのかもしれません。」
「そんな…」
「すみません。ゆりかさんを脅かしてるわけじゃないんです。ただ、わかることからひとつずつ真実に近づいていく上で実行してみても悪くはないかと思いますよ。」
「…はい。。確かにそうですよね。。」
「あ、そうだ。もし実行するにしても、あと3日間くらいは様子を見てからにした方がいいでしょう。その間に何かわかるかもしれませんし、僕の方も森田さんを職場でチェックしてますから。」
「はい…」
こんな会話で終わったネットカフェでの1時間。
あと3日間の間に私も冷静に分析しよう。考えられるだけのことは考えてみよう。
卓さんがどうか潔白でありますように。。。
(続く)




