その20 山なし谷あり(後編)
山なし谷あり(後編)
●森田卓の視点
授業が再開して10分程経過した。科目は算数で、黒板に書かれた問題を生徒が指名されて前に出てゆく。全くつまらない。これじゃ時間内に全員が出れないじゃないか!
せっかく親も来てるんだから、国語の授業の方がより多くの生徒に本読みさせることができるのに。
僕は小さなため息をついて、なにげに窓の外を眺めた。今日も天気が良くて陽がまぶしかった。
でもそれがまたまた僕に不幸をもたらした。太陽光がモロに視界に入り、くしゃみが出そうになったのだ。鼻がむずがゆくて我慢できない。
ハァ…ハァ…ハァ…
当然ながらこのムードで大きな音など出せるはずがない。そんなことはわかっている。
僕は両手で自分の口をガッチリとふさいだ。と、そこまでは万全だったのに…
ブリブリィ〜〜!!!
しまったぁ━━ΣΣ(゜Д゜;)━━ぁぁぁ! へーこいちゃったぁぁぁ〜!
なんと僕はくしゃみを我慢するあまり、体全体が力み、口を塞いだ代わりに下半身から放屁してしまったのである。
静まりかえった教室が再び爆笑の渦に巻き込まれた。
「ギャハハハハ(⌒▽⌒)ノ彡彡☆ぱんぱん すっげぇオナラ!」
「(_ _ )ミ☆ バンバン でっかぁ〜!」
「うっ!くっさぁぁ〜匂ってきたぁ〜!」
僕のそばにいた大人も子供も左右に手を仰ぐ。
「す、すみません…本当にすみません。」
僕はこのセリフしか言えずに教室の隅にそそくさと居場所を移動した。そしてふといずみの方を見やると彼女は僕を見ていた。
でも笑ってなどいない。口をキュッと結んで横目で睨んでいる。だがその目には明らかに涙が浮かんでいた。
ヤバイ…これじゃ父親どころか友達としても嫌われちゃうよ゜(゜´Д`゜)゜。
「ハイハイ全員前見て!問題の続きするぞぉ!これだけ笑ったから緊張もほぐれただろ。ガチガチだったもんなお前たち。」
担任の先生が僕をうまくフォローしてくれている。
「オナラしてくれたお父さんに感謝しなくちゃな。失礼ですがどの子のお父様で?」
僕はいきなり先生にトークをふられた。
「え…?えと、あの、も、も…」と言いかけながらいずみをチラ見すると、彼女がとても悲しそうな顔で僕を見ているのがわかった。
「いえ…名乗るほどでもありませんので、どうか授業を先に進めて下さい。ご迷惑おかけしましたので僕はこれで失礼します。」
こう言うとすぐに僕は教室から出て、廊下の窓から天を仰いでため息をついた。
「(;-_-) =3 フゥ… 家に帰ったらすぐにいずみに謝ろう。」
僕の人生初の父親参観は、深い反省と後悔の念を残しただけに終わったのである。
そして次はいよいよ倉沢まりもさんとの待ち合わせ。ここは気分を切り替えないといけない。予想もできない彼女との時間。
僕が今、心に念じていることは、一刻も早く今日一日が終わってくれないかと思うばかりだった。
(続く)