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月と五芒星  作者: ちまだり
第一話「霊符を駆る少年と刀を握る少女」
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第1章05 戦いの後に

05 戦いの後に

 それから小一時間ほどの後、光騎ら3人は現場からひと駅分ほど離れたファミリーレストランのテーブルを囲んでいた。

 例のディアボロを殲滅した後、オフィスビルを出ようとした彼らに警部から再び電話があったのだ。

『安全と分かった途端、マスコミの連中が表玄関に押しかけて来やがった。ヒーローインタビューを受けたいか?』

「ご遠慮したいですね。そんな気分じゃありませんから」

『だろうな。ちょっと待ってろ、今パトカーを裏口に回すから』

 警部の気配りによりマスコミの取材攻勢をうまく巻いた光騎たちは、隣町の適当な場所でパトカーから降ろしてもらった。

「……しかし不便なものだな。あの転移装置も」

 運ばれたお冷やを一口飲み、美凪がため息をつく。

 彼女がいうとおり、久遠ヶ原学園の転移装置には到着地点の誤差の他に、もう1つ重大な欠点がある。

 転移できるのは現場への一方通行。つまり依頼目的を達成した撃退士たちは、その後は自らの足と既存の交通機関を使って学園に帰らなければならないのだ。

 ちなみに久遠ヶ原学園の所在地は茨城県東方海上に築かれた人工島。

 光騎たちが今居る場所から電車やバス、フェリーなどを乗り継いで帰るには急いでも半日はかかるだろう。

 一応、交通費は学園会計課に領収書を添付し申請すれば後で別途支給されるが。

「仕方ないよ。転移装置は開発に携わった人間たちでさえ完全に原理を解明できていないオーバーテクノロジーだ。そんなシロモノを学園以外の場所にそうそう造るわけにもいかないし」

「理屈は分かるが……この非効率は何とかならないのか? ただでさえ撃退士は数が足りないというのに」

 なおもぼやく美凪。

 彼女が腰に差していた刀は消えている。

 V兵器(武器を「魔具」、それ以外の防具などを「魔装」と呼ぶ場合もある)の優れた点の1つに、必要のない時は「ヒヒイロカネ」と呼ばれる小さな金属に収容しコンパクトに持ち運べるという特徴がある。

 ヒヒイロカネ自体は掌にすっぽり収まるほどの大きさであるが、携帯の加工も可能なため、多くの撃退士は腕輪やペンダントなど、一般の市街地でも違和感のないデザインに変えて身につけてる。

 美凪の愛刀「天火明命」は、今やけに可愛らしい猫型のピンバッジに変わり、ベルトにくっついていた。

『こ、これは別に私の趣味じゃなく……敵の目を欺くためのカモフラージュだからなっ!』

 ――とは本人の弁。

 この技術が日常用品にも応用できれば、まさに日本人の生活も一変するに違いないだろうが、残念ながらV兵器の素材となるネフィリム鉱は希少な存在であり、その用途は今のところ撃退士の魔具・魔装のみに限定されている。

「とにかくまだるっこくてしょうがない。こうしてる間にも日本の何処かで天魔災害が――」

 ぼやき続ける美凪の隣では、レジャーに連れてきてもらった子供のように大はしゃぎのラティエルが、テーブルの上に広げたメニューを浮き浮きと眺めていた。

 実際、学園内での生活しか知らない彼女にとっては、依頼とはいえこうして外の人間社会に出るのはちょっとした旅行気分なのだろう。

 かつてラティエルは母親の天使に連れられ天界陣営のゲートから逃亡、その際追っ手がかかり母親は殺されたが、娘だけは間一髪で迎えの撃退士たちに救出された。

 正確な実年齢は不明だが、学園が行った知能テストなどの結果から「おそらく外見年齢と大差ない10歳前後だろう」と推測されている。

「んーとね、あたし、このデラックスパフェに決めた!」

 小さな指が動き、アイスクリームの回りにバナナ、オレンジ、苺など各種フルーツと生クリームがトッピングされた豪華なスイーツの写真をクルクルとなで回した。

「僕はピラフとコーヒーのセット。……美凪は?」

「――え?」

 メニューの方に身を乗り出し、デラックスパフェの写真を凝視していた少女が、我に返ったように慌てて顔を上げた。

「……それにするかい?」

「あ、いや……私は……」

 美凪は赤面し、わたわた両手を振った。

「ミナギもおんなじのにしようよー。おいしいよ♪」

「いや! 私はこのサンドイッチで――」

「あ、このデラックスパフェ2つ。あとピラフのセットお願いします」

 みなまで聞かず、光騎は通りかかったウェイトレスにすかさずオーダーを伝えていた。

「おい!」

「無理するなよ。戦闘で体力を消耗した後だし、糖分の補給は理に適ってるだろう?」

「……うぅ……」

 にっこり笑った光騎にいわれ、耳まで赤くした美凪が俯く。

 その隣から、

「わーい! ミナギとおそろい♪ おっそろいだー♪」

 嬉しくて堪らない、といった様子でラティエルがじゃれついてきた。

「ところで、あのグールのこと……どう思う?」

 運ばれてきたパフェをスプーンですくいながら、照れ隠しのように美凪は話題を変えた。

「ちょっと気になるね。ディアボロである以上、主の悪魔がいるはずだ。ただしあの街……大津見市の近辺には今の所悪魔側ゲートの存在は確認されていない」

「すると、主のゲートからはぐれて野生化した野良ディアボロ……?」

「最初からグールの姿で現れていれば僕もそう考えただろう。でもヤツは生前の服装を着たまま、ニット帽やマスクで変装してまで街の中心部に入り込んでいる。グール程度の知性じゃまずできない芸当だよ」

 種族にもよるが、グールのような下級ディアボロの知能は一般的に犬から猿レベルと推測されている。自分で考えて計画的な行動は取れないものの、主から予め「命令」として本能にすり込まれていれば、かなり人間的な行動を取ることも可能というわけだ。

「やはり裏で悪魔が糸を引いているか……でも何のために?」

「分からない。けど、何らかのデモンストレーションが目的だとすれば……事件はこれで終わりじゃない。また何かを仕掛けてくる可能性はあるね」

「そうだとしても……私たちに依頼が来るのは、次に事件が起きて新たな犠牲者が出た後か……くそっ!」

 オフィスビルの戦闘で感じたやりきれない思いが蘇り、美凪はやけ気味となってパフェのバナナを口に放り込んだ。

 その時、光騎のスマホが着メロを奏でた。

「はい。波間矢です……ああ、お久しぶりです」

 少年の細い眉が微かにひそめられた。

 電話の相手に今いるファミレスの場所を伝えたあと、やや困った顔で押し問答気味の会話が続く。

「いえ、そんなお構いなく……そうですか? ……分かりました。この店でお待ちしてます」

「誰から?」

「土御門さんからだよ。帰りの車をここまで回してくれるそうだ。ご丁寧に空港にヘリまでチャーターしてね」

 はぁ、とため息をもらしながら光騎はスマホを仕舞った。

「ふふっ、そいつは交通費が浮いて助かるな。いくら後で支給されるといっても貧乏学生の財布には堪えるし、第一わざわざ会計課に申請する手間が省ける」

 それまでの不機嫌から一転、美凪の顔に今時の女子高生らしいちゃっかりした笑顔が浮かぶ。

「笑い事じゃないよ。僕は毎回断ってるんだけどね……まあ相手は死んだ父の友人だし、両親が亡くなった後も何かと世話を焼いてくれた人だ。『どうしても』といわれれば嫌とはいえないよ」

「土御門さんていえば、確か光騎の後見人だな? いったいどういう人なんだ?」

 友人といえどあまりプライベートな人間関係に踏み込むものじゃない――そう思いつつも、光騎と同じ依頼に参加するたび帰りの便を世話してくれる奇特な人物について、美凪は興味を持たざるを得ない。

「撃退庁のお役人だよ。本来の部署は中央でかなり偉いポストだけど、今は駐在員の名目で久遠ヶ原に滞在してる」

「へえ」

 光騎の言葉を信じる限り、別に怪しい人物とは思えない。

 撃退庁が警察庁と同じく日本国の国家公安委員会の下に存在する官僚組織であるのに対し、久遠ヶ原学園は国際撃退士養成機構の下部組織(学校法人)として運営されている。

 つまり日本国内に存在しながら、この両者は全く別系統の組織なのだ。

 とはいえ久遠ヶ原学園を卒業後に撃退庁の国家撃退士として採用される学園OBは少なくないし、美凪自身、依頼の現場で国家撃退士と協力して戦ったことも何度かある。

 彼女にとっては撃退庁も「同じ天魔と戦う仲間」という認識であり、光騎がなぜ後見人であり、撃退庁の幹部でもある土御門という男に遠慮――というか、むしろ煙たがっているのか今ひとつ理解できなかった。

 気になってなおも質問しようとした時、隣にいたはずのラティエルの姿が消えていることに気付いた。

 立ち上がって店内を見回すと、レジ脇にある棚、幼児向けの玩具やキャラクターグッズが並んだ土産物売り場の前でキラキラ目を輝かせている。

「あっ、こら! 無駄遣い禁止だぞ!」

 慌てて席を立ち、ぐずる堕天の幼女を殆ど力ずくで連れ戻してくる。

 その頃には土御門氏の件は半ば彼女の頭から忘れさられ、そして光騎も再びその話題に触れることなく、3人は食後のお茶を飲みつつ迎えの車が着くのを待つのだった。



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