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月と五芒星  作者: ちまだり
第一話「霊符を駆る少年と刀を握る少女」
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第1章04 ディアボロ


挿絵(By みてみん)


04 ディアボロ

「せめて撃退士の数がもっと多ければな……」

 ガラスや蛍光灯の破片、そしてつい2時間前までは生きた人間の一部だった肉片と骨が散乱するオフィスビルの廊下を進みながら、美凪が悔しげに唇を噛む。

「いくら転移装置があるといっても、久遠ヶ原にいる私たちに依頼が持ち込まれるのはいつも天魔が事件を起こした後だ。どうしても後手に回る……」

 全人口に占めるアウル行使者の正確な割合は諸説あってはっきりしないが、適性検査により発見されるのはせいぜい数百人に一人程度といわれる。

 適性検査を受けるのは強制ではない(学校などで健康診断の一環として取り入れられているケースもあるが)。また検査の結果適性が判明しても撃退士になる義務もない。

 アウル行使者の適性が判明しても、危険な任務内容を恐れたり、その他諸々の事情で撃退士にはならない(なれない)者も大勢いるだろう。

(公的な施設としては)日本で唯一最大の「撃退士養成校」である久遠ヶ原学園には既に7万人を超える学園生が在籍しているらしい。短期間で急速に数が増えすぎたため、学園側ですら正確な人数を把握できていないほどだ。

 また撃退庁直属の国家撃退士、民間企業に雇われたりフリーで活動する民間撃退士などもいるが、こちらも総数は定かでなく5~10万人と諸説がある。

 撃退士の育成にあたって、1つの仮説がある。

『アウル行使者は組織的な統制を強要するとその力を大きく減じ、逆に自由な環境で己の意志に基づく鍛錬を行うことでより力を伸ばすことができる』。

 事実、日本においても21世紀初頭に設立された「久遠ヶ原撃退士養成所」に自衛隊・警察などから教官を派遣、厳格な軍隊式の訓練で短期間に精鋭撃退士部隊の育成を目指したものの期待したほどの効果は上がらず、逆に天魔側の襲撃を受け当時の養成所訓練生たち多数が犠牲になるという惨事を招いた。

 試行錯誤の結果、07年に名前も改め自由放任教育を理念とした「久遠ヶ原学園」が設立。学園生(撃退士)の育成も順調に進み、現在は名実ともに日本国内における対天魔戦の中心となっている。

「たとえば撃退署の数をもっと増やして、全ての街に撃退士を常駐させることはできないかな? それなら」

「……どうだろう?」

 手にした電子式盤に目を落とし、近辺にいるはずの「魔」の気配を慎重に伺いつつ、光騎が素っ気なく答えた。

「今だって日本国内には30万人近い警察官がいて、各市町村には警察署や交番が設置されてる。でも決して事故や犯罪がなくなるわけじゃないだろ? 僕ら撃退士だって同じだよ。それに僕らの場合、久遠ヶ原にいるからこそいつでも撃退士として最高のコンディションを整えて出動できる分、警官よりも恵まれていると思う」

「かもしれないが……」

 美凪は足元に転がる遺体に、ちらっと視線をやった。

 もはや年齢性別の区別もつかぬ無惨な有様だが、まつわりついた服装の一部から判断して、多分若いOLだろう。

 こんな災いに巻き込まれなければ、彼女は今日もいつも通りに溌剌と仕事をこなしていたに違いない。

 多忙だが平穏な日常。休憩時間にはお茶を飲みつつ同僚との他愛ないお喋り。

 家には愛する家族が待っているだろう。もしかしたら恋人もいたかもしれない。

(……すまない。もし、この場に私がいれば)

 軽く合掌し一礼。美凪は顔を前方に戻した。

「君は色々と背負い込みすぎるよ」

 そんな相棒に、光騎が声をかけた。

「行きすぎた責任感は非常時の判断力を鈍らせる。僕らの任務は既に起きた被害を悔やむことじゃなく、これから起きる被害を食い止めることだ」

「よくそんな風に簡単に割り切れるな? おまえは――」

「しっ! 議論は後回しだ」

 光騎は片手で美凪を制し、電子式盤を懐にしまった。

「ディアボロの気配だ。3m前方、左側の部屋」

 前方左側の壁、締め切られた金属製のドアを指さす。

 慎重に近づいた美凪がドアノブに手を伸ばして確かめると施錠されていた。

 通常は壁に設置されたインターフォンで来客を確認し、中にいる社員が鍵を空けるようになっているのだろう。

 透過能力を有するディアボロにとっては何の役にも立たなかったろうが。

 美凪は愛用の刀「天火明命アメノホアカリ」の柄を握りしめた。

 漆黒の柄に丸い鍔。鞘は濃い目の赤紫で、光の加減で細かな花柄模様が浮かび上がる凝った作りとなっている。

 一般人の目から見れば古風な日本刀にしか見えないだろうが、これは最新鋭のV兵器。

 そして美凪のジョブはルインズブレイド。

 陰陽の力を共に操り、陽の力を以て闇を、陰の力を以て光を滅する混沌の剣士。

 ひとたび光纏した彼女がこの刀を振るうとき、戦車の装甲すら巻き藁のごとく切り裂くことだろう。しかもこの刀には天魔の透過能力を無効化する力が秘められている。

「それじゃ、いつものように……頼んだぞ」

「ああ」

 少女の言葉に頷き、光騎は手許に召喚した霊符を1枚、ドアのオートロックの部分に貼り付けた。

 素早く後方に下がり、廊下に身を伏せる2人。

 数秒後、霊符が爆発しフロア全体を揺さぶった。

「――行くぞ!」

 爆風をやり過ごした後、まずは美凪が立ち上がって駆け寄り、ブーツの片足を高く上げドアを蹴り倒して室内に飛び込む。

 素早く周囲の安全を確認した美凪の合図を受け、光騎も後に続いて部屋に入った。

 部屋の中は広めのオフィスだった。

 数時間前までは多くの社員が立ち働き、活気に溢れた職場であったはずの事務所は、今や至る場所に食いちぎられた遺体が散乱し、デスク上のパソコンや電話なども床に落ちて破壊されるという惨状を呈していた。

「我が身は宇宙の象奇にして魂は玄一の霊化。故に神通自在無碍むげにして絶大無量の霊力威光を顕現けんげんす――」

 両手で印を結んだ光騎が、傍らの美凪にも聞き取れないほどの高速言語で呪を唱える。

「隠れたる悪鬼よ、姿を現せ――天地の玄気げんきを受けて福寿光無量ふくじゅこうむりょう!」

 少年の両手から放たれた霊符が部屋の中央で照明弾のごとく輝く。

 部屋の片隅に置かれたデスクの1つがムクリと盛り上がったかと見るや、猿を一回り大きくしたような怪物が身を起こし、怒り狂った咆吼と共に跳躍して襲いかかってきた。

 青黒く乾いた皮膚、凶暴に歪んだ獣のような顔。

 形こそ人間に似ているが、元がうら若い少女であったなど想像もつかぬ醜い姿である。

 美凪が刀の鯉口を切る。

 敵が間合いに入るのを待たず袈裟切りの型で刀を振り抜くと、刃から放たれた光の衝撃波がディアボロのグールに向け一直線に飛んだ。

『ギィイイィ――!』

 まともに衝撃波を食らったグールは弾き飛ばされいったん床に落下するが、そこで動きを止めず再び跳躍。壁、天井を次々と蹴りながら撃退士たちを攪乱するように素早く空中を移動、背後の頭上から襲撃してくる。

 素早く身を翻し、刀を上段に振りかぶった美凪がこれを迎え撃った。

 ディアボロの片腕を斬り飛ばすが、敵もさる者、残った片腕の爪を彼女の肩に深々と食い込ませる。

「――くっ!」

 光騎の放った霊符が怪物の横腹に張り付き、激しい雷となってその四肢を痺れさせた。

「これで終わりだ!」

 その隙に体勢を立て直した美凪が、床の上で再び飛び上がろうとしたグールめがけ唐竹割りに刀を振り下ろす。

 ザシュッ!

 天火明命の刃が屍鬼の脳天から胸の辺りまで食い込み――。

 しばし手足を痙攣させた後、ディアボロは力尽きてその動きを止めた。

「大丈夫か?」

 光騎が回復用の霊符を召喚し、相棒の肩の傷口に貼り付けた。

 傷の治癒だけでなく、裂かれて血の染みた儀礼服までみるみる元に戻っていく。

 霊符が薄く半透明に変わり、やがて完全に消滅したときには、もう少女の肩の傷は跡形もなく消えていた。

「すまない」

 美凪は刀に付いた魔物の血を懐紙で拭い、鞘に収めた。

「……ふぅ、私もまだまだ修行が足りないな。こんな雑兵相手に手傷を負うとは」

「いや、こいつはグールとしては手強い方だった。透過能力ばかりか擬態能力まで備えてるとはね……表に出したらそれこそ厄介なことになっていたよ」

「女の子だったそうだな……中学生か高校生の」

「そう聞いている。斡旋所のスタッフからは」

「だとしたら……この子も被害者だ。本当にこれでよかったのか?」

「気に病むな。とにかく、僕らは依頼目的を達成した。これ以上の被害拡大を防いだんだから」

 光騎はスマホを取り出し、表で待機する警部にディアボロ殲滅を報告した。

 ラティエルの話によれば、ビルの他のフロアには思った以上の数の生存者が確認されたらしい。

 だが彼らの救助は警察と消防、死骸となったディアボロの回収は撃退庁の管轄だ。

 光騎と美凪、そしてラティエル――3人の撃退士は無事にその任務を達成し、あとは久遠ヶ原学園へ帰還するだけの身となった。



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