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月と五芒星  作者: ちまだり
第三話「終焉の門を開く者」
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第8章29 悪魔の館

29 悪魔の館


「――はっ!」

 美凪の日本刀が一閃、扉の門を幾重にも封鎖した鉄の鎖が音を立てて切断された。

 ギギギ……光騎が片手で押すと、重い軋みを上げて扉が開く。

 広大な庭と、その先にそびえる2階建ての洋館。

 かつては芝生や花壇の整備された美しい庭園だったのだろうが、十年以上の間ろくに手入れもされず放置された敷地内は見る影もなく荒れ果て、薄汚れてあちこちの窓が破れた洋館も「幽霊屋敷」という悪評そのままの雰囲気を漂わせている。

 光騎、美凪、ラティエルの3人が門をくぐって庭に踏み込むと、間もなく目の前の地面から制服姿の少女、そして異形の怪物たちが音もなく浮き上がった。

 まるで幽霊のようだが、透過能力で身を隠していたのだろう。

「……生きてたのかい」

 美凪の姿に目を留めたマスカが、少し驚いたように口を開いた。

「撃退士の生命力を甘くみたな」

「それでまた私に殺されに来たってか? おめでてー女だ」

 ヴァニタスの背後から馬並の巨体を持つヘルハウンドが唸りを上げ、リビングデッドに変えられた3人の女子高生が、そしてグールの群れがゆっくりと進み出る。

 咆吼が轟いた。

 ヘルハウンドよりひと回り大きな蒼と黒のドラゴンが虚空より出現し、先手必勝とばかりディアボロの群に突撃していく。

 ラティエルが召喚した戦闘用の召喚獣スレイプニルだ。

「み恵みを受けてもそむく怨敵は――」

 ほぼ同時に光騎が両手で伏敵印を組み、呪を唱える。

「籠弓破魔矢もてぞ射落とす!」

 スレイプニルの出現に混乱するディアボロ群の一角に向け大量の霊符が飛んだかと思うと、クラスター爆弾のごとく次々と炸裂、炎の帯となって走る。

「こいつらは私たちで引き受ける! おまえは館の方へ!」

 飛びかかるグールを一刀のもとに切り捨てながら美凪が叫んだ。

 無言で頷き、光騎は炸裂符が啓いた突破口を風のごとく駆け過ぎる。

 マスカがとっさに短剣を投げつけるが、それは割って入ったスレイプニルの巨体に突き刺さった。

「……っ!」

 後方で召喚獣を操るラティエルが苦しげに顔を歪める。

 たとえ離れていても、バハムートテイマーは己の召喚獣の受けた攻撃と全く同じダメージを我が身に受けるのだ。

 それでも堕天の幼女は歯を食いしばり、スレイプニルにひたすら突撃を命じた。

「頑張ってミナギ! ディアボロたちの攻撃は、全部あたしが食い止めるから!」

「ちっ」

 囲みを突破し、館の玄関へ駆け去る少年の後ろ姿を横目で見やり、マスカは苦々しく舌打ちした。

「……まあいいわ。1人くらいならセルセラ様が何とでもしてくれる」

 ヘルハウンドや他のディアボロたちへはスレイプニル攻撃を命じ、自らは美凪の方へと向き直った。

「『この場は私が引き受ける』か……つくづく死亡フラグを立てるのが好きなのねぇ」

「……なぜ最初に雪穂を狙った?」

 刀を正眼に構えたまま、美凪は静かに問いただした。

 立っているだけで全身に痛みが走る。だがそのおかげで却って精神が研ぎ澄まされ、マスカの挑発にも心が揺らぐことはない。

「広瀬雪穂は片親のうえ、親父は仕事で家には殆どいない。おまけにあの性格。黙っておとなしくしてりゃ、中身が入れ替わってもそうそうバレることもない……って理由もあるけどね」

 見かけだけは本物の雪穂と代わらぬ少女の顔が、邪な悪意の嗤いに歪む。

「ムカついたから」

「なに?」

「フツーああいうタイプの女子って、クラスじゃ浮き上がって『根暗』だの『キモい』って嫌われるものじゃん? なのに広瀬雪穂の場合、ちょっと見た目が可愛いからって『ほっとけない』だの『守ってあげたい』だの周りからチヤホヤされやがって……人生舐めてる小娘に、ちょいと現実の厳しさを教えてやろうと思ってね」

「そんなことで……?」

「そんなコト? そんなコトだぁ!?」

 突如、マスカは逆上して喚きだした。

「性格だけなら似たようなもんなのに、昔の私はクラスの連中から散々ウザがられて、ハブられて――それだけならまだ我慢できたよ。奴ら、そのうち調子こいて私をいじめ始めた。上靴や教科書隠されるくらいなら可愛いもんさ。机ん中にゴキブリやネズミの死体を突っ込まれて、生ゴミを混ぜた弁当食わされて、下着姿でトイレの個室に朝まで閉じ込められて……自殺しようとしたけどしくじって、退院したら『死に損ない』だの『ゾンビ女』だの輪を掛けて笑い物にされた……いったい何なんだよ!? 同じ人間に生まれて、何で私だけがあんな扱いされなきゃならなかったんだよ!? ふざけんなっ!!」

「それで……人間を捨てたのか」

「ちげーよバカ! テメーら人間どもがよってたかって私を追い出したんじゃねーか!?」

 ひとしきり喚いた後、ふっとマスカは薄笑いの表情に戻った。

「……でまあ、今度こそ死のうと思って山の中に入ったら、そこでセルセラ様に逢った。捨てる神あれば拾う悪魔あり、ってね♪ おかげさんで、第2の人生エンジョイさせてもらってるよ。アハハハ!」

「小野崎菜穂子は? 雪穂が彼女を『指名』したのか?」

「ああ、アレ? 実はさー、雪穂と小野崎って……親友通り越して『恋人』同士だったんだよねぇ」

「――!」

「雪穂を捕らえてこの姿に化けてから、あいつの個人情報を失敬しようとスマホやら自宅の机やら覗いてみたら……いや~驚いた。メロメロのラブレターやら、とても人には見せらんねー恥ずい写真やら……さすがの私も目が点になったわー、アレには。で、雪穂本人はこっちの話もろくに聞かずバカみてーに泣きながら『菜穂子ちゃん、菜穂子ちゃん』って繰り返すばかり。セルセラ様からは『さっさと次の道連れを決めさせろ』って急かされる。いい加減めんどくさくなって、もう小野崎を指名したことにしたのさ。キヒヒ、まあ恋人同士仲良く心中できてよかったじゃん?」

「酷いことを……」

「池戸愛央は2人の関係に気付いてたらしいね。小野崎が彼女を指名したのは……まあ口封じだったんじゃね? 自分たちの百合関係をバラされないように。後の連中のことは、もう説明する必要ないよな。そっちでもだいたい調べがついてんだろ?」

「確かに彼らの間には色々あったようだ。だがそれは、本当に殺したい程の恨みだったのか? 人間なら誰しもあり得る……時が経てば、お互い笑い話で済ませられたかもしれないのに」

「その程度の理由だって、いざ自分が死ぬとなりゃー『道連れ』にしたくなる……まぁ人間のサガってやつ? いや~哀れ哀れ。ホント救われない生き物だよねぇ、人間ってさ」

「よせ! いったい何様のつもりだ!?」

 怒りを宿した美凪の眼光がマスカを見据える。

 ヴァニタスの少女は一瞬気圧されたように後ずさるが、すぐ開き直り。

「おっと、怖い怖い。正義のヒーロー復活ってか? なら遠慮せず来いよ。相手になってやるからさ」

「おまえのやったことは人として許せない。……だがゆうべ、公園で言われたことはグサっと胸に堪えたよ。あの短剣以上にな」

「はぁ?」

「私たち撃退士と天魔の戦いはスポーツじゃない。食うか食われるかの殺し合い。おまえに一度殺されて……自分の甘さ、未熟さを思い知らされた。たとえ闇討ち、騙し討ちだろうが、悪いのは策にはまった私の方だ。いまさら卑怯だ、姑息だとおまえを罵ったところでそれは単なる言い訳。私が敗れたことに変わりは無い」

 刀を握り締める少女の唇に、微かな笑みが浮かんだ。

「――そしておまえは強い。正直、まともに戦っても勝てるかどうか分からない。今こうして向き合っていても、足の震えが止まらないよ」

「あらま? えらく謙虚じゃん。そこまで分かってんなら、なんでわざわざここに来たのさ?」

「一度殺された自分を本当の意味で取り戻すため。おまえという強敵を打ち破り、乗り越える……でなければ私は一生負け犬のまま。撃退士として再び前に歩き出せないからな」

「強敵ねぇ……ま、まんざら悪い気分じゃねーな」

 マスカの全身から禍々しいオーラが立ち上った。

 だがその表情はどこか嬉しげだ。

「生きてる間は周りの人間からゴミ屑扱い。セルセラ様は私を愛して下さるけど、それはあくまで下僕として……思えば生まれて初めてだよ。敵であってもそんな風に対等の扱いをされたのは」

「立ち会ってもらおうか。もう一度」

「かかってきな。今度はこっちも変なお遊びは一切なし、ソッコーであの世へ送ってやるよ!」

 マスカの右手に、今度は短剣ではなく武骨なククリナイフが出現した。

 同時に左手から目映い光弾を撃ち込んでくる。

(ラティエルに使った魔法か!?)

 フェイントと見た美凪はあえてかわさず攻撃を受けた。

(どうせ戦う前からボロボロの体。細かい牽制など一々よけていられるか!)

 案の定、左から回り込んできたマスカが斬りつけてくる。

 身を翻した美凪の日本刀とヴァニタスの山刀の間で、激しい火花が散った。


挿絵(By みてみん)




 玄関の扉を炸裂符で爆破し、洋館の内部に踏み込んだ光騎の目の前に、床以外は壁も天井も分からぬ、宵闇の如く薄暗く広大な空間が広がった。

 もはやここは単なる廃屋の中ではない。セルセラの魔法により、ある種の隔離空間と化しているのだろう。

 まず目に飛び込んだのは、薄暮の空中に浮かび、ぼんやり明滅を繰り返す満月のような正多面体の物体。

(あれは……コア?)

 突然体が重くなり、動きが鈍る。

 戸惑う光騎の視界に空中に捕らわれた芳香、そして床の上から少女を見上げる女悪魔の姿が映る。

「あらぁ? マスカも困った子ねえ。『猫の子一匹通さない』なんて大口叩いておいて」

 舞踏用ドレスの裾を揺らし、セルセラはゆっくり光騎の方へ向き直った。

「……まあいいわ。もう呪文詠唱は終わったし」

(!?)

「後はコアが動き出すのを待つだけ……ちょうどいい暇つぶしが出来そうね」

 その言葉を聞いて、光騎は大体の状況を把握した。

「コア」は既に完成してしまったが、まだ本格的には起動していない。

 そのためゲート生成には至らないものの、洋館内の隔離空間は既に部分的な「ゲート内」に近い状態へと変化しているのだろう。

(厄介だな……撃退士の力は大幅に削られるってわけか)

 ちらっと芳香の方を見上げる。

 苦しげに頭を動かしていることから、まだ生きていることは分かる。

 どうやら頭上のコアに生命エネルギーを吸収されている最中らしい。

(まずい。グズグズしてると玉城さんの魂が……)

「ようこそ撃退士さん。でも舞踏会が始まるには、まだちょっと早いわよ?」

「できれば無益な戦いは避けたかったのですが……」

「あなた方人間は、自分たちが虫ケラみたいに踏み潰されるのも『戦い』っていうの? 面白いわねぇ」

 掌を口許に当て、クスクスと笑う。

 もはや交渉の余地はない。

 既にコアが完成してしまった以上、セルセラに「この場を去れ」というのは悪魔としてのプライドを全て捨てろと要求するのも同じなのだから。

「――失礼!」

 素早く呪を唱えた光騎の手から次々と霊符が放たれる。

 セルセラが面倒そうに片手を振ると、彼女を中心に球状の魔法障壁が出現。飛んでいった霊符は全て空中で食い止められ、ただの紙切れのごとく床へと舞い落ちた。

「波間矢光騎クン……よねぇ?」

「なぜ僕の名前を?」

「マスカに調べさせたわ。人間のインター……何だか忘れたけど、あの子そういうの得意だから」

「驚きましたね。久遠ヶ原学園の強固なセキュリティを破るとは……彼女は変身能力だけでなく、スーパーハッカーの才能もお持ちでしたか」

「そんな大袈裟なものかは知らないけど。少し昔の○○県退魔師一家惨殺事件……結構有名らしいじゃない」

「……!」

 内心の動揺を顔に出してしまったかもしれない。

 確かに故郷の両親と姉が天魔に殺されたあの事件は当時マスコミでも大きく報道されたし、ネットにアクセスすればかなり詳細な内容を知ることもできるだろう。

 だが悪魔であるセルセラが、なぜ撃退士になる前の自分の過去などに興味を寄せるのか?

「でもそれが何か? それこそあなたにとってみれば、『どこかの天魔に虫ケラが潰された』その程度の問題でしょう」

「まあ何か弱みでも握れれば儲けもの……くらいのつもりだったんだけど。マスカから話を聞いたら、ちょっと思い出したことがあってね」

「何でしょうか?」

「ちょうど同じ時期に、私の知り合いの悪魔が人間を3人ばかり『潰してる』のよ。まあ単なる世間話として聞いたんだけどね。場所も同じだし、間違いないと思って」

「その話……できれば詳しく伺いたいですね」

 光騎は手許に魔具の長弓を召喚した。

 普段の戦闘ではあまりV兵器を使わない彼だが、敵は悪魔、しかもその結界内となれば手段を選んではいられない。

 弦を引き絞り、矢を――正確には矢の形をとったアウルのエネルギー体を――立て続けに射る。

 だがそれらの矢も、セルセラの魔法障壁により無効化され光の粒子となって消滅した。

「そう慌てなくてもいいのよボウヤ? これからゆっくり教えてあげるから」

 何かを企むような女悪魔の笑み。

「退魔師だか陰陽師だか知らないけど、所詮は一般人。夫婦の方は瞬殺したそうだけど、最後に残った娘がどうやらアウル行使者で……よせばいいのに、結構しぶとく抵抗したらしいのよね」

(姉さん……!)

「ホント愚かねえ、おとなしくしてれば両親同様楽に死ねたのに。それで彼……この話をしてくれた悪魔を怒らせちゃって、そこから先が酷いことに――」

 ふいにセルセラは両手を上げ、掌をこちらに向けた。

「!?」

 目も眩む閃光と衝撃。

 堪らず光騎は床に叩き付けられた。

 ほんの一瞬、意識が飛んでしまったようだ。

「……うっ……」

 辛うじて起き上がろうとした時、少年は自らに起こった「異変」に気付いた。

 まず服装が変わっている。

 今まで来ていたはずの儀礼服が消え、まるで違うものにすり替わっていた。

 白衣に緋袴。足元は白足袋に草履。

(……巫女服?)

 戸惑う光騎の肩口に、ふぁさっと濡れ羽色の黒髪がかかる。

 すぐ目の前に、高さ2mばかりの姿見が出現した。

 セルセラが気を利かせたつもりかどうかは知らないが、鏡に映る自分の姿は――紛れもなく死んだ波間矢光代はまや・みつよ

「……」

 怒る前に呆気に取られ、声も出ない。

 確かに寮の自室では度々女装とメイクを施し、自ら口寄せしてまで姉の光代を「再現」している。

(でもセルセラはこのことを知らないはず……なぜ?)

 変わったのは服装や髪型だけではない。

 ふと気付けば白衣の内側、胸のあたりがずしりと重く、また床に着けた尻の感触がやけに柔らかい。

「……あ……!?」

 戦闘中であることも忘れ、光騎は顔がかっと火照るのを感じた。

 おそらく幻術であろう。だが外見ばかりでなく体まで「女」に変えられた、全く未知の感覚が少年を戸惑わせる。

「どういう……つもりですか?」

「だからお望み通り教えてあげるわよ、あなたのお姉さんの最期がどんなだったか。ただ、レディの口からはちょっと説明しにくいから……自分で体験してね?」

 周辺の床数カ所が音を立てて破れ、緑色の紐のような物体が数本、絡みついてきた。

 蔦状の植物型ディアボロ。しかもその表面にはイバラのような鋭いとげがびっしり生えている。

「ぐっ……ああぁーっ!?」

 女体化した光騎の全身に茨の棘が容赦なく食い込み、そのまま床上3mくらいの高さまで持ち上げられた。

 巫女服が破れ、体中から流れ出した血がボタボタと床に滴り落ちる。

 万力のような力で両手両足が引っ張られ、悲鳴を上げるのも構わず不自然な方向へねじ曲げられていく。

「アハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 堪えきれなくなったように、セルセラが腹を抱えて笑い出した。

「ああ、面白い。これよ、これ!『彼』に話を聞いてから、自分でもいっぺんやってみたかったのよぉ~! でもホラ、人間って脆いからすぐ死んじゃうでしょ?」

「~~~~!!」

「だから、ずっと待ってたのよ。こうして丈夫な玩具おもちゃが手に入るのを!」

 ふと光騎はセルセラ以外の視線を感じた。

 同じように魔法で空中に吊り上げられた芳香が、目を丸くしてこちらを見つめている。

「波間矢……くん? 何で……」

 自らの苦痛も一瞬忘れたように、芳香の口から驚きの声がもれた。

(玉城さん!? み、見ないで……)

 必死に叫ぼうとしても、喉からは掠れた声しか吐き出せない。

 そのさなか、光騎の体はそれまでの棘の痛みとはまた異質な感触を覚えた。

 辛うじて視線を下げると、茨ディアボロの体、いや茎の部分を這い上るように、青く半透明のゲル状物質がこちらに近づいて来る。

(スライム……?)

「実際は、ひと晩がかりでじっくりいたぶったそうだけど……まあそんなに暇でもないから、手っ取り早く行くわよ?」

 セルセラの声に合わせるように、光騎の両足から腰へと、ヒヤリと冷たくねっとりした感触が包み込んでくる。

「や、やめ……ろ……」

「い・や・よ♪」

 おどけるような女悪魔の言葉と同時に。

 男なら一生体験するはずのない「痛み」が光騎を襲った。

「……!?」

「分かった? こいつはねえ、人間の体内に潜り込んで、そこで猛毒を吐き出して内側から腐らせる。相手が一般人なら魂が奪えないから意味ないんだけど、撃退士で遊ぶのにはうってつけだから『彼』に分けてもらったのよ」

「やめて! やめて!」

 芳香が泣きながら叫んだ。

「あたしの魂が欲しいんでしょ? 上げるよぉ! だから波間矢君は許してあげて!!」

「あら、まだそんな元気が残ってたの?」

 セルセラはやや意外そうな顔で芳香を見上げた。

「そうそう、すっかり忘れてたわ。あなた『道連れ』は決まった?」

「え?」

「もう誰でもいいわよ。まだまだ『ゲーム』も続けたいし……決めてくれれば、このボウヤは見逃してあげてもいいわ」

 芳香の顔が強ばった。

(答えちゃ駄目だっ!)

 体内に異物が侵入するおぞましい感覚と激痛に耐えながら、光騎は必死にかぶりを振る。

 そんな2人を交互に見比べていたセルセラが、不意にポンと掌を打った。

「あ、そうだ。あんた今『波間矢君』って言ったわよね? それは指名したってことでいいのかしら?」

「ちょ!? ち、ちが――」

 実に強引だが、セルセラとしてはともかく『ゲーム』さえ続けられれば、細かいことはどうでもいいのだろう。

「というわけで、波間矢光騎。次はあなたの番よ?」

 女悪魔は翼を広げて浮き上がり、茨とスライムに捕らえられた光騎に視線を合わせてきた。

「さあ『道連れ』を指名して? 憎い奴。恨みを抱いてる奴。一緒につれて行きたい奴……誰でもいいの。でなけりゃ、スライムに命じてお腹の中に毒液の分泌を始めさせるわよぉ。少しずつ、ジワジワとね」

 唇から鋭い犬歯を剥き、セルセラがニタァ~と笑う。

「その苦しみは……こんなモノじゃ済まないわよ?」


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