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月と五芒星  作者: ちまだり
第三話「終焉の門を開く者」
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第8章28 立ち向かう者たち

28 立ち向かう者たち


 病院に到着後、受付に寄って美凪の病室へ面会を申し込もうとした光騎は、ふと顔を上げて我が目を疑った。

 受付近くにある1階ロビーのソファーに、他ならぬ美凪自身が座っていたのだ。

 既に包帯を外し、真新しい学園儀礼服に着替えている。その隣には同様に儀礼服姿のラティエルもちょこんと座っていた。

「……美凪?」

「何だ、その驚きようは。私の顔に何かついてるか? フフフ」

 長い髪をリボンでまとめ直し、不敵な笑みを浮かべるその顔はいつも通りの彼女。

 ただし首筋や手首、スカートから覗く太腿などは未だに包帯で包まれている。

 要するに頭と顔の包帯だけ外し、そのまま儀礼服に着替えて病室から抜け出してきたらしい。

「……まさか……」

「普段感情を表に出さない者ほど、いざという時に隠せないものだな。さっき玉城さんの名前を出した時、ほんの一瞬だけ目の色が変わったぞ。彼女に何かあったな?」

 あくまで隠し通したつもりだったが、共に死線をかいくぐってきたパートナーの目は誤魔化せなかったようだ。

「……ごめん」

「やっぱり。私に隠して、自分1人だけで行くつもりだったんだろう? 水くさい奴め」

「龍崎さんには?」

「もちろん散々止められた……でも最後には押し切ったよ。目一杯回復魔法もかけてもらったし、もう心配ない!」

 そういうなり立ち上がり、ルインズブレイドの少女はぐっと胸を張った。

 ――嘘だ。

 回復魔法で一時的にしのいでいるとはいえ、本当は身動きするだけで気絶しそうな激痛を覚えているはずなのに。

「勘違いするなよ? 別に死にに行くわけじゃない。でもな、玉城さんの救出はもちろんだが、マスカの奴ともう一度会って落とし前をつけない限り……私はこの先も死人のままだ!」

 体の痛みに耐えているのか、それとも己の激情を抑えつけるためか、美凪はきつく唇を噛みしめ、鋭い眼光で光騎を睨んだ。

「あたし難しいことはわかんない……けどミナギや、コウコウのみんなにひどいことした悪い奴らは、ぜったい許せないもん!」

 ラティエルも跳ね起きるように立ち上がった。

「それにミナギは今まであたしのことずっと守ってくれた。色んなこと教えてくれた……だから、今度はあたしがミナギを守る!」

「分かったよ」

 このうえ2人を説得するのは無理だろうし、正直そんな時間もない。

 光騎も覚悟を決め、芳香が行方不明になったこと、そしてセルセラの居場所と目的について、包み隠さず2人に告げた。

「ゲートを……?」

 これには美凪も驚いた様子。

「セルセラに関する報告書は読んだ。あの部下にしてあの主……とんだイカレ悪魔だとは思っていたが、意外と大胆な真似を企んでいたんだな」

「確かに彼女は異常な性癖の持ち主だが、決して姑息なだけの小悪魔でもない……こんな街中でゲート生成の準備を進めていたなんて、僕らももっと早く気付くべきだったよ」

 ふと思い出し、ポケットから取り出したヒヒイロカネを美凪に手渡した。

「ありがたい。一応ラティエルに予備の刀を届けて貰ってたんだが、やはり一番頼りになるのはこいつだから」

 もはや周囲の人目も気にせず「天火明命アメノホアカリ」を召喚した少女は、柄を握ってわずかに刀身を引き抜くと、離ればなれになっていた恋人と再会するかのような、どこか切なげな目で愛刀の刃を見つめた。

「あのねー、ミツキの儀礼服も持ってきたんだよ♪」

 ラティエルが得意げに、大きなスポーツバッグを持ち上げた。

「それは助かるな。僕も戦場には、久遠ヶ原の生徒として赴きたいからね……ちょっと着替えて来るよ」

 バッグを受け取り、光騎は男子トイレの方へと歩き出す。

「そういえば学園の方に増援は?」

「土御門さんのはからいで緊急依頼を出してもらった。といっても、増援が到着するまでどうしても時間がかかるから……最悪でもそれまで『コア』の起動を食い止めるのが、僕らの役目ということになるね」

 ふいに背後から伸びた美凪の手に、肩をぐっとつかまれた。

「?」

「まさかとは思うが……」

 自分より長身の少女がすぐ背後に身を寄せ、耳元に小声で囁いてくる。

「『捨て石になろう』なんて馬鹿なことを考えていたわけじゃあるまいな?」

「いや、それは」

「はっきりいう。私もラティエルも死ぬつもりはないから……光騎、おまえも死ぬなよ?」

「心外だなあ。僕はそんなに頼りなく見えるかい? 君の方こそ、ケガ人なんだしまず自分の心配を――」

「そういう問題じゃない。もしおまえに万一のことがあったら……」

「あったら?」

 美凪はこころなし頬を赤く染め、照れくさそうに視線を逸らした。

「光代姉さんに会わせる顔がない。というか、もうあの人に会えなくなるじゃないか」

「そっちの方かい」

 指先で頬をかきつつ、光騎は苦笑いした。


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