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月と五芒星  作者: ちまだり
第三話「終焉の門を開く者」
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第7章23 光騎の帰還

23 光騎の帰還


 未明の空から、撃退庁のエンブレムをつけたヘリが病院屋上のヘリポートへ着陸した。

 ローターが止まるのを待ち、光騎はドアを開いて屋上に降り立った。

 久遠ヶ原学園の転移装置はあくまで依頼の出発時専用。いかなる事情があろうと個人的な使用はできない。

 そのため久住に掛け合い、島内に駐機していた撃退庁のヘリを急遽飛ばしてもらったのだ。

「ミツキーっ!!」

 屋上で待っていたラティエルが駆け寄り、光騎の足元にすがりつくなり大声で泣き出した。

 その後ろにはアストラルヴァンガードの青年、龍崎海の姿もある。

 泣きじゃくる堕天の幼女を抱き寄せて何とか落ち着かせた後、光騎は海の方へ顔を上げた。

「――彼女の容態は?」

「危ないところでしたが……ともあれ一命は取り留めました」

「よかった……」

 ひとまず安堵する光騎だが、海から詳しい経緯を聞くうち、その表情は見る間に険しいものとなっていった。


 最初に異変を察知したのはラティエルだった。

 前日の夕方には負傷も完治し退院が決まっていた彼女は、美凪からスマホのメールで「クラスメイトの広瀬雪穂を家まで送っていくから、今夜は少し遅くなる」と連絡を受けていた。

 そのため1人でウィークリーマンションの部屋に戻り、夕飯の支度などして待っていたのだが、夜の10時を回っても美凪は帰ってこない。

 スマホに電話しても、電話の向こうでコール音が響くのみ。一向に出る気配がない。

 胸騒ぎを覚えたラティエルは、自ら天使の翼を広げ、大津見市上空を飛んで美凪を捜し始めた。

 そして夜半過ぎ。市民公園の一角で、血の海の中に倒れた彼女の姿を発見したのだ。


「俺も今まで大勢の撃退士を治療してきたけど……あんな酷いケースは初めてでしたよ」

 眉をひそめて海が述懐する。

 ラティエルからスマホで通報を受け、彼は直ちに病院の救急車で現場に駆けつけた。

 美凪は全身数十カ所を滅多刺しにされ、ほぼ心肺停止状態。

 同行した救命士のAED(除細動器)による心臓への電気ショック、それに海の回復魔法の併用で辛うじて蘇生に成功、そのまま病院のICU(集中治療室)へと担ぎ込まれたのだという。

「その他にも全身複数箇所の骨折、内臓損傷……まあ外傷に関しては俺の回復魔法と撃退士の自己回復能力で、1週間もあれば完治するでしょうけど」

「どういうことです?」

 あまりに不可解な状況に、光騎は驚いて尋ねた。

 美凪ほどの撃退士なら、並のディアボロ相手にそうそう遅れをとるとは考えにくい。

 一度に大群に襲われたのなら周辺地域にも被害が及び、もっと大騒ぎになっているだろう。

 あるいは敵が悪魔や上級ヴァニタスなら1対1で重体や死亡もあり得ることだが、それほど圧倒的な力を持つ相手ならば数回の攻撃を受けた段階で倒れているはずだ。

「詳しい状況は不明ですが……気になるのは彼女のヒヒイロカネが消えていたことです。何らかの手段で魔具と体の自由を奪われ、長時間の拷問を受けたとしか……」

 なぜそんなことになったのかは、美凪本人に聞くしかないという。

「本人と話せますか?」

「一応、意識は回復しているようですが……」

 海としては肉体の負傷より、この悲惨な体験が後々本人の心的外傷トラウマとなることを心配しているようだ。

 光騎は病院の建物に入り、その足でICUへ向かった。


 病室のベッドに横たわり、全身包帯を巻かれた少女が輸血と点滴を受けていた。

 顔にも包帯が巻かれているが、その隙間からわずかに覗いた目元で辛うじて美凪本人と判別できる。

 やや切れ長の瞳が動き、光騎の方を見上げた。

「私は……まだ生きてるのか?」

「ああ。とにかくよかった。龍崎さんのおかげだよ」

「……死んだ方がマシだったのに」

「え?」

「あの子を守れなかった……そのうえ奴らに散々嬲りものにされて……」

 少女の瞳から涙が溢れ出し、きつく噛みしめられた口許の包帯に血が滲んだ。

「現場に広瀬さんの姿はなかった。もし敵にさらわれたとしても、まだ救出の可能性は――」

「違う。『あの雪穂』はヴァニタスが化けた偽物だった……本物の雪穂は、とうに奴らに殺されてたんだ」

「!?」

 嗚咽を漏らしながらも、美凪は事の次第を語った。

 あまりに卑劣な敵のやり口に、さすがの光騎も返す言葉がない。

「始めから騙されてたのさ。とんだピエロだ……こんな生き恥を晒して、私はこの先……」

「あなたを蘇生させたのは俺じゃない。この子ですよ」

 病室の入り口に立つ海の言葉。

 彼の背後に隠れるようにして、涙で顔をくしゃくしゃにしたラティエルが、おどおどこちらを見つめている。

「俺たちが駆けつけた時、この子は泣きながら懸命に山神さんへの心臓マッサージを続けていました。あの適切な応急処置がなければ、あなたは多分助からなかったでしょう」

「ラティ……」

 堪えきれなくなったようにラティエルは病室に駆け込み、美凪の枕元に取りすがった。

「ミナギ、いったよね?『乗り越えてみせろ』って。だからあたし頑張れたんだよ? お願い……ミナギも頑張って! 死んじゃダメだよぉーっ!!」

 シーツに顔を押しつけ、再び声を上げて泣き始めた。

「……ありがとう……」

 美凪の瞳が、微笑むように細められた。

「そうだ、な……私も、乗り越えないとな」

「すまない。肝心な時に、側にいてやれなくて……」

「光騎が謝ることはないさ。それより、久遠ヶ原で何か収穫はあったのか?」

「ああ、それは――」

 裏路地のビルで「伯爵」から得た情報を伝えようとした時。

 病室の入り口に、女性看護師がおずおずと顔を出した。

「あの……波間矢光騎さんは、こちらに?」

「はい。僕ですが?」

「お電話が入ってます。警察の方から……」


 ナースステーションに赴き、光騎は警察からの外線電話を受けた。 

『大津見署の松本だ。憶えてるかい?』

 名前より先に、独特のダミ声で思い出した。

 以前に駅前のビルがディアボロの襲撃を受けた際、警官隊を指揮していたあの警部だ。

 今回の事案は天魔関連と判明した時点で撃退庁の管轄となったが、一応地元警察にも情報は伝わっているのだろう。

『山神さんの件は聞いたぜ。災難だったなぁ』

「いえ。どうもご心配おかけしました」

『実は今朝方、大津見高校の女子生徒がまた行方不明になったらしい。家族から110番に通報があって……一応、そちらにも伝えといた方がいいかと思ってな』

「! どなたですか?」

『1年生の玉城芳香って子だ。何でも今朝方起こしにいったら、寝室がもぬけのからだったそうだ。室内に争った形跡はなし、パジャマはキチンと畳まれて靴もなくなってたから、本人が夜中に自分でこっそり家を抜け出したようだが』

「了解しました。ご協力、感謝します」

 松本に礼を述べて電話を切る。

 次に大津見高関係者のリストから、広瀬雪穂の担任教師へ電話した。

 担任の話によれば、雪穂の家は父子家庭。父親は仕事が忙しく、出張で家を空けることも多いという。

「おそらく今日、彼女は学校に来ないと思いますが……万一姿を見せたら、すぐ僕にご連絡下さい」

 急な要請に戸惑いながらも同意する教師に念を押すと、光騎は受話器を置き、ICUに引き返した。


「また何かあったのか?」

 ベッドの上から美凪が聞いてきた。

「いや、前に会ったあの警部さんから……お見舞いの電話だった」

「ふうん。義理堅い人だな」

 ラティエルは泣き疲れたのか、ベッドに頭を乗せたまますやすや眠り込んでいる。

「この子に諭されるとはな……全く、自分の未熟さを思い知ったよ」

 言葉こそ自嘲気味だが、彼女の瞳からさっきの捨て鉢な色は消え、既にいつもの気丈さを取り戻している。

(……強い人だよ、君は)

 光騎はしみじみ思った。

 自分も彼女のように真っ直ぐな正義を貫いて生きられたら、どんなに良かっただろうかと。

「あと広瀬雪穂の担任と連絡を取った。母親は早く亡くなり、父親も仕事で留守がちだそうだ」

「そうか……奴は偽物だったが、家族の話は本当だったんだな」

「それで狙われたんだろう。たとえ上辺だけ姿形を似せても、急に人格が変わればまず家族に疑われるだろうから」

「雪穂……寂しかったろうに」

 美凪はそう呟いて瞑目したが、やがて瞼を開き。

「それより例のヴァニタス……マスカの動きが気になる。奴ら、何だか妙に焦っていたようだから」

「どういうことだい?」

「なりふり構わず魂を集めようとしていた。『あと1人分』だとか何とか」

(……!)

「彼女と親しい生徒に注意した方がいいぞ。クラスメイトや剣道部員とか」

「ああ。まだ時間は早いけど、これから学校に行くよ。マスカやディアボロが張り込んでるかもしれない」

「あと玉城さん……彼女の身辺も警戒してやってくれ」

「分かってる。任せてくれ」

 極力表情を変えず、光騎は頷いた。

 おそらく芳香は雪穂を装ったマスカに言葉巧みに呼び出され、そのまま拉致されたに違いない。

 だが今それを美凪が知れば、重体を押して病院から飛び出しかねないだろう。

「それじゃあ……くれぐれも安静にね」

 病室の入り口に向かいながら、光騎は振り返った。

「久遠ヶ原で入手した情報は、後でメールにまとめてそっちのスマホに送るよ」

 もっとも情報源である「伯爵」の存在まで明かすことはできないが。

「すまないな、手間をかけさせて……あと一週間は要安静らしいから、必要だったら学園に応援を要請した方がいいぞ? 私に気がねせずに」

「……考えとくよ」


 病院を出た光騎は駐車場で客待ちのタクシーに乗り込んだ。

「どちらへ?」

 自動ドアが閉まり、運転手が尋ねて来る。

「大津見高校へ……あ、いえ」

 わずかに思案した後、行く先を変更した。

「市民公園の入り口までお願いします」

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