第1章01 市街地の混乱
01 市街地の混乱
そしておよそ2時間後。
オフィスビルの周囲は完全装備の機動隊にびっしり包囲され、まるで銀行強盗かテロリストでも立てこもっているかのような騒ぎとなっていた。
ただし通常の強盗事件のようにビルへの突入も、犯人との交渉も行われていない。
出動した機動隊員の任務は犯人逮捕ではなく、民間人の野次馬や報道陣を事件の起きたビルから1mでも遠ざけることだ。
何事かと集まる群衆を大盾で食い止める警官たちの顔は血の気が失せ、時折恐ろしいものを見るかのようにビルの方へ振り返り、慌ててまた視線を戻した。
「生存者は?」
警官隊を指揮する警部が、現場の制服警官に尋ねた。
「はっ。現在テナントの社員やビルの従業員、合わせて52名を保護しましたが、他は……」
「……生死不明、か」
警部は顔をしかめ、小声で呟く。
目の前で一般市民多数の命が喪われているのが分かっていながら、何ひとつ手出しできないもどかしさと無力感。
警察官として採用されて以来何十年とかけて培ってきた彼の経験、柔道三段の腕前や拳銃さえも、「ヤツら」に対しては蟷螂の斧にすらならないのだから。
「撃退庁からまだ返事はないのか?」
「たった今連絡がありました!」
指揮車両の中で無線機を操作していた部下の警官が飛び出してくる。
「久遠ヶ原学園から、撃退士3名を派遣したと……その、転移装置で」
つい20年ほど前まではそれこそ漫画やアニメ、SF小説の中でしか使われなかった単語を、警官はためらいつつも口にした。
かつては空想の産物にすぎなかった装置。だが現在、それは確かに実在する。国内ではただ1カ所だが。
それからおよそ30分。
「遅えな……何でこんなに待たせるんだ?」
何本目かの煙草を携帯灰皿でもみ消しながら、苛立つように警部がぼやく。
「俺は魔法のことはよく分からねぇ。だが転移装置っていうからにゃ何百キロの距離でもあっという間に移動できる便利な機械だろ?」
「現行の装置にはまだ到着地点に半径2、3キロの誤差があるそうで……多分もう近くに来ているのではないかと」
「なら捜せ! 野次馬は強制排除して構わん!『ヤツ』があのビルから外に出たらそれこそ大惨事になるぞ!!」
警部が怒鳴った、その時。
「あーっここだぁ! やっと見っけー!」
「ちょ、ちょっとお嬢ちゃん!?」
「こっちに来ちゃダメだよ!」
舌足らずの大声、そして戸惑うような警官たちのざわめき。
取り押さえようとする警官の手を器用に擦り抜け、白いワンピースドレスをまとった7、8歳の幼女がとっとっと……と警部の足元まで駆け寄ってきた。
「おつとめごくろーさまですっ」
あどけない顔を上げ、ニコニコ笑いながらませた仕草で敬礼する。
「何だおまえ? ……って、まさか!?」
「それは警官に対していう台詞じゃないだろう、ラティエル」
幼女の背後から別の声がたしなめた。
視線を幼女から上げた警部の目に、丈の長いレザーコートを羽織った細身の人影が映った。
こちらは十代の少年だ。
同世代の男子に比べると小柄だが、歳は15、6というところか。
さらっとしたクセのないショートヘア。少女と見紛うように端正な容貌。
物憂げな切れ長の双眸に見つめられ、警部は一瞬、魅入られたかのようにその場で固まった。
「お待たせしました。久遠ヶ原学園高等部1年、波間矢光騎……撃退庁からの依頼を受け本事案への対応を引き継ぎます」