第5章14 悪魔の狙い
14 悪魔の狙い
店を出て芳香たちと別れた後、光騎たちが戻ったのは駅前からやや離れた場所にあるウィークリーマンションだった。
長期に渡る任務が予想されるため、学園側が現地の宿泊所として光騎と美凪にそれぞれ一部屋ずつ借り上げてくれたのだ(ラティエルは美凪と同室)。
この件は大津見高や地元警察、マンションの管理会社も了解済み。表向き、未成年者の2人は「長期出張中の会社員の家族」として滞在している。
いったん自室に帰り、制服からTシャツにジーンズという軽装に着替えた光騎は、やがて別フロアにある美凪の部屋を訪れた。迎え入れた彼女も、既にスウェットスーツの上下に着替えている。
「何だか気が重いな……刑事や探偵でもないのに、他人のプライバシーを嗅ぎ回るなんて」
冷蔵庫から取り出した缶コーヒーの1本を光騎に軽く放り投げると、美凪はシングルベッドに腰掛け自分の缶のプルトップを空けながら、憂鬱そうにため息をもらした。
その気持ちは光騎にもよく分かる。
中学以来の(雪穂の場合は幼なじみらしいが)親友のうち1人を喪い、もう1人も長期欠席中(実は失踪中)。ただでさえ傷つき不安に駆られる少女2人に近づき「新しい友人」のフリをして根掘り葉掘り情報を引き出そうとしているのだから。
「仕方ないよ。これも任務のためさ」
「しかし、これって本当に今回の依頼に役立つのか? それより失踪中の3人の捜索を優先した方が――」
「さっき玉城さんたちの話を聞いて、気付かなかったかい?」
光騎は持参した書類ケースから、死亡した菜穂子を含む4人のリストを取り出した。
1.小野崎菜穂子
2.池戸愛央
3.芝野紗佳
4.倉谷弥里
「……」
おそらくは美凪も薄々感づいているのだろう。
だが彼女は不機嫌そうな顔で押し黙っていた。
「彼女たち4人には確かに面識があった。特に姿を消した順番に注意してくれ」
菜穂子と愛央は以前からの親友同士だが、幼なじみで特に親しかった雪穂が自分と同じバレー部ではなく愛央の剣道部に入ったことに不満を覚えていたかもしれない。
愛央と紗佳は同じ剣道部のライバル同士。しかも最近は方針の違いから対立していたことが雪穂の証言から判明している。
そして紗佳と弥里は同じクラスの男子を巡る三角関係――。
「つまり光騎はこういいたいのか? 悪魔に拉致された女子生徒が、次の犠牲者……いや『地獄の道連れ』として、自分が恨みを抱く相手を指名していると」
「あくまで仮説だけどね。でも打ち合わせのとき怨恨説を唱えたのは君だよ?」
「それは犯人がヴァニタスだった場合の話だ! この4人は被害者だぞ?」
美凪が声を荒げた。
「もし襲われた、もしくは拉致されたとき、悪魔にこう唆されたら?『誰か1人憎い奴を教えれば、そいつを身代わりにして助けてやる』と」
「ありえない! そんなことして、悪魔の側に何の得がある!?」
「天魔の中には好奇心や娯楽のため、その他様々な理由で『ゲーム』と称して人間の心を弄ぶ個体が存在する……特に冥魔の側にはその傾向が強い。実際、過去にも似たケースが幾つも起きてるんだよ」
「もしそれが本当なら……」
缶コーヒーを持つ美凪の片手がぐっと握り締められた。
「許せない……絶対に!」
少女の手の中でスチール缶が紙コップのごとくグシャリと潰れ、中身のコーヒーが吹き出してベッドや床、彼女の衣服にも飛び散った。
怒りに我を忘れ、つい腕力の制御を忘れてしまったのだろう。
「うわっ!?」
「大丈夫かい?」
あいにくウィークリーマンションに備え付きの雑巾はない。
光騎はやむを得ずタオルやティッシュを集めて床にこぼれたコーヒーを掃除してやった。
「す、すまない……」
「別に謝らなくてもいいよ。ただ……あまり熱くなるな? おそらく『奴』にとっては僕ら撃退士が派遣されてくることも織り込み済みだろう。冷静さを失えば、その隙を衝かれて僕らまで『奴』のゲームの駒にされかねない」
「……そうだな」
美凪はコーヒーがかかった自分のスウェットを見やり。
そして妙に気まずそうな顔を光騎に向けた。
「その……悪いがちょっと外してもらえないか? 着替えたいから」
普段の彼女からは想像もつかぬ恥じらいの表情。
「おっと、それもそうか」
光騎はコーヒーを拭き取ったタオルを持って別室のキッチンへと移動、ドアを閉めた。
すらりとした長身に男言葉。久遠ヶ原の剣道クラブでは男子生徒といえども容赦なく叩きのめし、その美貌と年齢以上に大人びたプロポーションでなければ男に間違われてもおかしくない美凪だが、実は男性に対しては同世代の少女たち以上に「奥手」であることを光騎は知っている。
驚いたことに、(徒手格闘の実技訓練などを除けば)未だに他の男子生徒と手ひとつ握ったこともないらしい。
まあそれをいえば、光騎とて他人に知られればもっと恥ずかしい自分の「秘密」を彼女に知られているわけだが。
ドアにはまった磨りガラスの向こうで、少女がスウェットと下着まで脱いで着替える気配。
「……そういえばラティエルが遅いな」
汚れたタオルをキッチンで洗う光騎に、美凪がドア越しに話題を変えてきた。
「言われてみれば……もう7時半か。遅くとも7時には戻る約束なのに」
「困ったやつだ。遅くなるようならスマホに連絡しろといっておいたのにな」
「こちらから電話した方がいいんじゃないか?」
「それもそうか」
ちょうどその時、部屋の中で美凪のスマホが着メロを奏でた。
「おっ。噂をすれば影か」
着替えの手を止め、スマホの通話に出ているらしい。
「もしもし? 遅いぞ、いったいどうし――なにっ!?」
バンッ! と大きな音を立ててドアが開き、下着姿の美凪が姿を現した。
その眉は険しく吊り上がり、自分が着替え途中のことなどすっかり頭から吹き飛んでいるようだ。
「行くぞ光騎! あの子が『敵』を発見した!!」




