表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月と五芒星  作者: ちまだり
第二話「怨鎖の魔女と仮面のヴァニタス」
13/34

第4章12 大津見高等学校

12 大津見高等学校


「今日からこのクラスに転校してきた、新しいお友だちをご紹介します」

 朝のHRホームルーム

 まだ二十代の若い女性教師が、黒板に大きく名前を書くと、廊下で待っていた光騎を教室に招き入れた。

「さあ自己紹介して。元気よく、ね」

 しかし口でいうほど、教師の声には張りがない。

 クラス内の雰囲気もそうだ。

「転校生」といえばそのクラスにとってはちょっとしたイベントであるにもかかわらず、席についた生徒たちはまるで通夜のごとく静まり返っている。

 一部の女子生徒には、ハンカチを顔に当てすすり泣いている者さえいた。

(まあ無理もないか)

 光騎が教室に入るすぐ直前、担任教師の口から行方不明(表向きはインフルエンザで長期欠席)となっていた小野崎菜穂子の死亡を告げられたのだ。

 駅前のオフィスビルがディアボロに襲われた際、巻き込まれて不慮の死――それが警察の発表だった。

 菜穂子自身がディアボロ化した事実を知っているのは、遺族を含めごく僅かな人間のみ。

 彼女が怪物に変えられたのは悪魔の仕業であり、彼女自身に何らの罪もない。

 天魔について詳しい知識を持つ者なら誰でも分かることだが、世間の一部にはどうしても偏見や悪意を抱く者も存在する。

 また撃退士がディアボロやサーバントを退治しても、その創造主である悪魔や天使までを殲滅できたケースは極めて少ないだけに(元凶たる上位天魔は不明のまま終わる場合が多い)、被害者のやり場のない怒りが「ディアボロやサーバントの素体にされた人間」やその遺族に向けられる怖れもあることから、素体となった人間に関する個人情報は撃退庁により厳重に秘匿されるのが慣例となっていた。

 ただし「長期病欠中」だったはずの菜穂子がなぜ駅前の、しかも何の関係もないオフィスビル内にいたかまでは、さすがに担任も説明できず曖昧に誤魔化すより他なかったが。

「波間矢光騎です。どうぞよろしくお願いします」

 父親の仕事の都合で東京から越してきたこと、趣味は読書とクラシック音楽の鑑賞であることなど簡単な自己紹介を済ませた後、光騎は教壇を降りて自分に用意された席へと向かった。

 実は、これらは全て光騎が久住を通して大津見高校側へ要請したこと。

 一般人を装っての潜入調査である以上、「転校生」として必要以上の注目を浴びることは好ましくない。そのため、朝のHRで小野崎菜穂子の死亡発表の直後に自分を紹介してもらうよう段取りを整えてもらったのだ。

 故人を利用するようで少々気が引けたが、新たな犠牲者を増やさないためにはこれもやむを得ない。

(何とか上手くいいったか?)

 席に着くなり、複数方向からちらちらと送られる視線を感じた。

 クラスメイトの突然の死にショックを受けつつも、やはり多感な十代の若者たちにとって「東京から来た」という転校生への好奇心は隠せないものらしい。

 特に女子からの無駄に熱い視線が多いように感じるのは気のせいだろうか?

(一応カモフラージュしたはず、だけど……)

 黒縁の伊達眼鏡をかけ、髪型を変え、久しぶりに着る詰め襟の制服も適度に着崩し。

「東京者の割にはいまいち冴えない男子生徒」を演じているつもりである。

 光騎的には。


『ダメだな。おまえの容姿じゃどうしたって目立ち過ぎる。いっそ女子生徒に変装した方が違和感ないんじゃないか?』


 出発前、美凪にいわれた言葉が脳裏に甦る。

 その時は「馬鹿いうなよ」と笑い飛ばしたものだが、いざその場に挑んでみると。

(……やっぱり女装した方が自然に見えるんだろうか、僕は?)

「いや、そんなはずはない!」

 思わず声に出し、拳でドンと机を叩いていた。

 幸いHRが終わり、周囲の生徒達は菜穂子の死をさっそく他のクラスで現在「長期欠席中」の3名と結びつけてあれこれ憶測を語り合い始めていたため、殆ど気付かれずに済んだものの。

 すぐ隣に座った女子生徒が、不思議そうにこちらを見つめていた。

「えと……どうかしたの?」

 ショートカットの愛嬌ある顔立ち。しかしそのくりっと大きな瞳は涙に濡れて充血し、その手にはピンクのハンカチが握られている。

「いえ何でも。僕には独り言のクセがあるのです」

 とっさに言いつくろった……つもりだった。

 だが真面目な顔で答えた光騎の様子がよほどおかしかったらしく、少女の泣き顔が今にも吹き出しそうな複雑な表情へと変わった。

「は、波間矢君だっけ? 君っておもひろ……くしゅん!」

 泣いてる最中に鼻水も出ていたのか、いきなりくしゃみ一発。

「あ、よかったらどうぞ」

 光騎はすかさずポケットティッシュを取り出して渡した。

「ありふぁと(ありがと)」

 チン! と鼻をかみ、教室後ろのゴミ箱に捨ててきた後、少女は気を取り直したように挨拶した。

「あたし、玉城芳香たまき・よしか。ご、ごめんね? 転校早々、暗いトコ見せちゃって」

「いえこちらこそ……お友だちにご不幸があったようで、お悔やみ申し上げます」

「やだっ、その言い方おかしーっ」

 涙ぐみながら、またぷっと吹き出しポケティのお世話になる。実に忙しない。

(玉城芳香さん……か)

 既に光騎は彼女の名を知っていた。


 失踪した女子生徒4名のうち、小野崎菜穂子と池戸愛央は中学時代にクラスメイトで親友同士だった。ここまでは久住の説明で聞いている。

 だが渡された資料を詳しく読むと、まだ中学にいた頃、この2人に加えてさらに2名の女子生徒でいわゆる「仲良しグループ」を作り、しかも4人とも同じ大津見高校へ進学している事実が記されていたのだ。

 失踪した菜穂子、愛央を除く2名は別クラスの広瀬雪穂ひろせ・ゆきほ、そしていま光騎の隣席にいる玉城芳香。

 さらに雪穂の方は(愛央と、やはり失踪した芝野紗佳が所属する)剣道部の女子マネージャーを務めているという。

「つまり失踪した4人のうち、小野崎さんと芝野さんは広瀬さんを通して面識があった可能性がある。そしてその芝野さんは倉谷さんの同級生……この4人は僕らが思っていた以上に深い縁で繋がれていたことになるね」

「うーん、それがどこまで今回の事件に関係してるか分からないが……少なくとも仲良しだった広瀬さん、玉城さんを当たれば、小野崎さんと池戸さんについて色々と詳しい話が聞けそうだな」

 光騎と美凪は話し合った結果、それぞれ芳香と雪穂がいるクラスへ「転校」することを決めた。特に美凪の場合は経験を活かして剣道部に入部すれば、雪穂と接触できる時間もそれだけ長く取れる。

 光騎の方は高校側に要請し転校前日に席替えをしてもらい、芳香の隣に座れるようお膳立てを済ませていた。

(昨日転校した美凪も、今頃は広瀬さんと接触しているはず……うまくやってくれていればいいけど)


「亡くなった小野崎さんとは親しかったんですか?」

 休憩時間、光騎はさりげなく隣の芳香に尋ねてみた。

「ウン。中学時代からの付き合いで……あ、でも仲の良さでいえばユキちゃんの方が上かなぁ?」

 ようやく気分が落ち着いたのか、それとも元々話し好きの性格なのか、芳香はハキハキとした声で答える。

「ユキちゃん?」

「広瀬雪穂さん。すっごく可愛い子だけど、内気でおとなしいんだよねー。中学時代にあたしらのグループで遊んでた時も、だいたいナホにくっついて行動してる感じだったし」

 そこまでいってからふと表情を曇らせ、

「だから……ナホのことは、あたしよりダメージ大きいと思う。ユキちゃん、大丈夫かなあ……」

「友だち思いなんですね、玉城さんは」

「そ、そんなコトないよー」

 芳香は赤面して俯いた。

「で、でもね、友だち作るのは好きだよ? やっぱ多い方が楽しいじゃん、友だち」

「そうですね」

「……波間矢君とも……いいお友だちになれたらなー、なんて……あ! もちろんクラスメイトとしてだよ、だよ?」

 といいつつ、なぜか「きゃ!」といって大袈裟に両手で顔を覆う。

 どうやら間近で話しているうち、改めて光騎の美貌に気付いてしまったらしい。

(好意を持ってもらえるのは有り難いけど……)

 あまりに開けっぴろげな芳香を前に、自らの身分を偽り調査のためクラスメイトを「演じている」ことに、光騎は言いしれぬ罪悪感を覚えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
※この作品は出版デビューをかけたコンテスト
『エリュシオンライトノベルコンテスト』の最終選考作品です。
コンテスト詳細、そのほかの候補作品は 公式特設ページをご閲覧ください
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ