第2章09 新たな依頼
09 新たな依頼
「やあ、いきなりすまないね波間矢君。依頼帰りで疲れているところを」
2人が応接室に入ると、ソファに座っていたスーツ姿の男・土御門久住が立ち上がって頭を下げた。
「いえお構いなく。僕ら撃退士は24時間いつでも出動できるよう鍛えられていますから」
「おや? そちらのお嬢さんは確か……」
「山神美凪さん。今日の依頼の同行者ですし、今回もお話を聞く権利はあると思いまして」
「結構です。……いや、むしろ好都合かもしれない」
何やら思わせぶりに呟きつつ、久住はブリーフケースから数枚の写真、地図や書類を取り出して卓上に並べた。
写真の方は一目瞭然、今日討伐したばかりのグール事件の現場写真だ。
自らの手でとどめを刺したディアボロの姿を目にして、美凪がやや複雑な面持ちとなる。
「手っ取り早くご報告しましょう。大津見市のビルを襲った例のグール……『素体』となった少女の身元が判明しました」
グールは悪魔が人間を改造してそのままディアボロ化させた怪物。いわばゾンビに近いが、ディアボロ化した時点で分子レベルから「別の生物」に作り替えられてしまうため、通常遺体から「身元」を突き止めるのは極めて困難だ。
何しろ歯形や指紋、血液型やDNA鑑定でさえ意味を為さないのだから。
ただし今回のケースは、グールが正体を現す寸前まで「生前着用していた」と思しき制服で偽装していたため、それが手がかりといえなくもない。
「まずビルの警備カメラに残された『少女』の制服姿……解像度の荒いモノクロ写真ですが、周辺に存在する中学や高校の制服と照合した結果、同市内にある市立大津見高校の女子制服とほぼ一致しました」
「なら個人の特定も簡単ですね。その高校で行方不明になった女子生徒がいるはずですから」
「それが……現地の警察に問い合わせた結果、厄介な事実が分かりましてね、その大津見高校では、ここ2ヶ月ほどの間に、相次いで4名の女生徒が行方不明になっていたのですよ」
「そんな……!」
声を上げたのは美凪だった。
予想を上回る最悪の事態。事件は「これから始まる」のではなく、既に現在進行形で進んでいたのだ。
「当初は学校側もあまり表沙汰にしたくなかったんでしょうなあ。警察へ届けたのは3人目の娘さんが失踪してから。また地元警察も最初は家出や誘拐の線で捜査していたため、撃退庁への連絡は一切ありませんでした」
「そんな……そんなつまらない理由で……っ!」
「落ち着け、美凪」
怒りに身を震わせる少女の肩を軽く叩き、光騎は久住に顔を上げた。
「つまり、あのグールは失踪した女子生徒4名のうちの1人だったと?」
「左様です。制服自体は破られた上にグールの体液が染みついて鑑定不能ですが……所持品の中からこれが発見されました」
そういって差し出した写真は、学生証を大写しにしたものだった。
あちこちどす黒く汚れているため、顔写真もはっきり見えない。
だが辛うじて文面は読み取れた。
『市立大津見高等学校1年○組 小野崎菜穂子』
「おのざき、なほこ……」
自らの手で斬ったグールの「生前の」名前を、美凪は小声で読み上げた。
悪魔が生み出したディアボロ(天使の場合はサーバント)の原材料が「人間」であることは既に撃退士の間では周知の事実である。
とはいえ、依頼の直後にこういう形で「本人の身元」を知らされるケースは希なので、美凪がショックを受けていることは隣に座る光騎にもよく分かった。
「行方不明になった4人ですが……お互い知り合い同士だったのですか?」
「それがよく分かんのですなあ。クラスは別々。一応同じ部活に属していたり、中学時代に同じクラスだった者同士はいるようですが……こればかりは、調べてみないことには」
「調べて……? 警察が捜査してるのではないですか?」
「いえ。グールの正体が小野崎菜穂子と判明した時点でこの事案への対応は撃退庁の管轄に移行しました。県警は全ての資料をこちらに渡して捜査員を引き上げたそうです。……まあ、刑事から天魔の犠牲者を出すわけにもいきませんからねえ」
「ちょっと待て! それじゃあ残り3人の女の子たちはどうなる!? それに他の生徒たちだって――」
美凪がソファから立ち上がり、久住に食ってかかる。
「いや、もちろん撃退庁も手をこまねいているわけではありませんよ? ただ他の3人も悪魔にさらわれたのか、もしそうだとすればなぜ大津見高校の生徒だけが狙われたのか……この事件には何かと不可解な点が多い。そういうわけで、今回はこうして久遠ヶ原学園に協力を依頼するため参上した次第です」
「……つまり、僕らに大津見高校へ潜入しろと?」
「さすがは波間矢君。実に飲み込みが早い」
久住の顔に我が意を得たり――という笑みが浮かぶ。
「学校側からは、なるべく他の生徒に動揺を与えないよう、極秘調査の希望が出されています」
「確かに、学校の生徒同士の関係というのは、外部からは伺い知れないものがありますね。一般人のクラスメイトとして彼らに溶け込めれば調査には有利でしょう。それに万一また他の生徒が狙われても、僕らが現地にいれば対応できる可能性は高くなります」
「仰る通り。よろしければそちらの山神さんもご一緒に……協力して頂けないものでしょうか? 同意して頂ければ、当方が速やかに『転校』の手続きを行いますので。もちろんお二人はあくまで一般人として、別々のクラスに編入されることになりますが」
光騎と美凪は即座に承諾し、依頼参加の契約書にサインを済ませた。
「結構です。ではまた後ほど……」
必要なものだけを残して書類をケースに仕舞い込むと、久住は一礼して応接室を出た。
「……とはいえ、容易じゃないな。いくら地方都市の高校とはいえ、ひとつの学年には何百人もの生徒がいる。なぜこの4人が狙われたのか、その理由さえ分かれば……」
腕組みした光騎が難しい顔で思案する。
その隣では、ソファに座り直した美凪が、死んだ菜穂子を含め、失踪した女子高生4名分の写真が添付された捜査資料を食い入るように見つめていた。
「もう……誰も死なせやしない。残りの3人も、他の生徒たちも……今度こそ守って見せる!」
あまり気負うな――そう声をかけようとした光騎だが、ふと思い直して止めた。
彼女も子供ではない。一晩も経てば落ち着きを取り戻し、いつもの優秀なルインズブレイド、頼れるパートナーとして依頼を遂行してくれるだろう。
代わりに卓上に置かれた大津見高校の入学案内用パンフレットを取り上げ、パラパラとめくった。
「これで、2度目の『転校』か……」
写真で見る限りは、どこにでもありそうな平凡な高校である。
だがそこで何が待ち受けているか、その時の2人には知る由もなかった。




