ほのぼの
オレは、何故こんなところにいるのだろうか?
オレは、何もしていないはずなのに……。
夢なら早く覚めてほしい。
勇人は警察官に説明しながら、心の中でそう呟いた。
―――三時間前―――
今日は近所の八神神社で秋祭りがあった。
「お兄ちゃん、早く早く。」
早く祭りに行きたいのだろう。妹の由紀がオレの手を引っ張ぱる。
由紀は、昨日八歳になったばかりで、オレとは十歳離れていた。今日は母が作った朝顔の柄の浴衣を着て祭りに行くため、すごくご機嫌みたいだ。
「ちょっと待てよ。」
父が他界し、母が病床に伏せっている今、オレが由紀の面倒をみてやっているのだ。
「もう、早くしないとお祭り終わっちゃうよ。」
早く行きたいのだろう、バタバタと駆け足している。
実際には祭りが終わるまで、まだ三時間以上はあるのだが……。
「分かったから待てってば。
戸締まりが済んだら行くから。」
玄関の鍵を掛けながら勇人は言った。
戸締まりを済ませ、玄関の外で待っていた由紀の手を引く。
「おまたせ。じゃあ、行こっか。」
「うん♪」
オレは、由紀と手を繋いで八神神社に向けて歩きだした。
カラン♪コロン♪
由紀が歩くたびに、小っちゃなゲタから小気味よい音が聞こえてくる。
「なぁにを買ってもらおっかなぁ〜。りんご飴ぇにぃお人形♪」
祭りで沢山おねだりされるんだろうなぁ……。勇人はこれから起こるおねだりの嵐を想像し、苦笑いを浮かべた。
―――八神神社―――
神社の参道では、夜だというのに昼間のような明かりを放っていた。
「わぁ〜〜っ。いろんなお店がいっぱいだね。」
沢山の出店が軒を連ねている。
由紀は、色々な出店に目移りしているのか、あっち行ったりこっち行ったりとフラフラしている。
「おい、あまり離れると迷子になるぞ。」
勇人は慌てて由紀を追い掛ける。
「こら、迷子になったら大変だから、一人で勝手に行くなよ!」
由紀を捕まえ、勇人が注意を促す。
「ごめんなさい……。」
少しきつく言いすぎたかな?由紀のションボリとした顔を見、勇人は祭りを楽しみにしていた由紀に申し訳ないなと、思った。
「まぁ、なんだ……。祭りはまだ始まったばかりだ。
ゆっくりと見て回ればいいだろ?」
由紀の手をしっかりと握り、由紀の行く方へと付いて歩いた。
「あっ、お兄ちゃん。アレしたい。アレ!!」
由紀がピョンピョン跳ね、勇人を引っ張っていく。
「おいおい……。そんなのをするのか?」
勇人の目に飛び込んできたのは、赤やピンクなど、様々な色に着色されたヒヨコ達の群れであった。
ちらっと由紀の顔を見る。
カラーヒヨコがよっぽど欲しいのだろう。目をキラキラと輝かせている。
「はぁ〜っ。一回だけだぞ?」
「うん♪」
勇人は店の親父さんに五百円を払い、コーンで出来た杓子を受け取る。
「ほら。」
それを由紀に手渡した。
「ありがとう、お兄ちゃん。」
由紀は浴衣の袖を捲り上げ、ヒヨコをじっと見つめる。
周囲を緊張が駆け巡る。
後ろでは、観客達も事の成り行きをじっと見つめている。
「えいっ。」
由紀は上手にヒヨコを掬い上げ、それを手元のお椀に入れる。
と、同時に、ヒヨコの重さに耐えきれなかった杓子がぽっきりと折れた。
それを見ていた観客達から一斉に拍手が沸き起こった。
「ありがとうございます。」
周りの観客にお辞儀をしたあと、由紀はピンクのヒヨコが入ったお椀を親父さんに渡した。
「おめでとう。お嬢ちゃん。可愛がってあげてな。」
親父さんはヒヨコを箱に入れて由紀に渡す。
「うん。」
由紀はにっこりと微笑んだ。
「ピヨピヨピヨ」
「ぴよぴよぴよ」
よほど嬉しいのだろう、ヒヨコがピヨピヨと鳴くと、由紀もそれに併せてぴよぴよと言っては、笑っている。
勇人はその姿を後ろから見、くすりと笑った。
「あっ!勇人じゃない。どうしたの?」
突然名前を呼ばれ、声のした方を振り向く。
「あれ?奈緒こそどうしたんだ?」
彼女は奈緒。
オレの幼なじみで、ボーイッシュな髪型で丸い眼鏡。
いかにも優等生だといわんばかりの女の子だ。
「私は友達とお祭りに来たの。」
奈緒の横にいる長い髪の女の子が軽く会釈をする。
彼女達はお揃いの花火の柄の浴衣を着ていた。
「もしかして、勇人は一人で来たの?」
どこか哀れむような目で見られ、勇人慌ててそれを否定した。
「違うってオレは由紀と一緒に来てんだよ。
あいつ、前から祭りを楽しみにしていたからな。」
と、そこで由紀の姿が見えないことに気が付いた。
「由紀?由紀!!」
周囲を見回す。が、由紀の姿が見えない。
「ごめん。ちょっと由紀を探してくる。」
そういうと、勇人は人込みの中に入っていった。
「ちょっ……。」
奈緒が呼び止めるが、その声は勇人に届かなかった。
「由紀!どこだ!由紀!」
周りの目なんて気にしている余裕はない。勇人は由紀の名前を呼び、人込みを掻き分けていく。
と、自動販売機の前で泣きじゃくる女の子がいた。
「由紀か?」
その女の子へと近づいていく。
「ひっく。ひっく。お母さ〜ん。」
その女の子も母親とはぐれたのだろう。泣きながら母親をずっと呼んでいる。
(由紀も、オレを探しているだろうな……。)
そう思うと、女の子を放ってはおけなかった。
「迷子になったのかな?よかったら、お兄ちゃんが一緒に探してあげるよ?」
一歩間違えたら人さらいと間違えられそうだが、女の子はこちらをちらっと見ると、こくんと頷いた。
「よし、じゃぁ泣くのはやめて、一緒に探そっか。」
勇人はそう言うと、女の子の手を引いて歩き始めた。
「君、名前は?」
「藤川幸子……。」
話を聞くと、どうやら彼女は由紀と同じ年らしい。
今日はお婆さんの家に遊びに来ていて、そのついでに祭りに寄ったとか。
「ひっく。お母さ〜ん。」
(ん〜……、困ったなぁ。由紀も心配だし……。)
「そうだ。」
勇人は幸子を肩車した。
「ほら、こうするとお母さんがいれば、よく見えるよ。」
「うん。」
女の子はにっこりと微笑んだ。
「藤川幸子ちゃんのお母さん、いませんかぁ?」
「お母さ〜ん。」
十分くらい歩いたところで、幸子のお腹がぐぅ〜っと可愛い音を出す。
「ははは。」
勇人は近くのチョコバナナを売っているお店で、チョコバナナを二本買った。
「幸子ちゃん、お腹すいたんだね。これ、食べる?」
「うん。」
二人は、チョコバナナを食べ、再び歩きはじめた。
PrrrrrPrrrrr
と、勇人の携帯電話が鳴り始めた。
名前を見る。奈緒からだ。
「もしもし。どうした?」
「どうした?じゃないでしょ。由紀ちゃんがいたから、電話してあげてるんじゃない。」
どうやら、奈緒も由紀を探してくれていたのか、由紀を見つけたと電話をくれた。
「神社の境内で待ってるから、すぐ来てよ。」
そう言うと、電話はプツンと切れた。
(神社の境内か……。でも、先にこの子をお母さんに届けてあげないとな。)
「あっ、お母さん!!」
突然、女の子が声を上げ、指を差す。
「幸子!!」
彼女の母親が顔を綻ばせ、こちらへと近付いてきた。
「ありがとうございます。」
女の子の母親はしきりとお礼を言ってくる。
「よかったわね。優しいお兄ちゃんがいて。」
母親が女の子に微笑む。
「うん♪このお兄ちゃんね、幸子の股の間に頭を突っ込んでね、よく見えるよ。っていってね、お兄ちゃんのチョコバナナを食べるかって、幸子にチョコバナナをくれたの。」
『え゛っ?』
それからの母親の行動は素早かった。バッグから携帯電話を取出し、110番。
近くをパトロールしていた警察官と話をする羽目になってしまった。
それまでの行動が早すぎて、勇人は逃げる暇さえなかった……。
「では、君は本当に何もしていないんだね?」
「だから最初っからそう言ってるでしょ。」
勇人と警察官のやりとりが終わった後、早とちりしてしまった女の子の母親はしきりに『すみません』と言ってきた。
(奈緒のやつ、怒ってるだろうな……。)
勇人は、奈緒達の待つ境内へと急いだ。
神社の境内で待っていた奈緒に、
「遅い!!」
と怒られたのは、言うまでもない。