副騎士団長、私が悪いです。
裏表のない人、という言葉がある。二面性がないとか、どんな人に対しても平等に接するとか。
基本的に長所として用いられるその単語だが、私、レイピア・パ二シアにとっては、長所として機能しない。万人に対して冷酷、人の心がない、鉄仮面──と言われているからだ。
自覚はある。
元々仕事は騎士団所属の法務官という、騎士団内部の書類まわりに法律的不備がないか確認したり、騎士団が王命により国内外に派遣、活動する時の諸々の監査、全体的に不正がないかを取り締まる仕事をしている。騎士団内部で規律に反した行いを誰かがした場合の密告先にもなっているので、愛想よく仲良し、とは無縁だ。
正直、法律さえ守り、守ってもらえればいいので、人格は必要ない。
が、政略結婚が決まり事情が変わった。
相手は副騎士団長だ。私より幾分年上である。
端的に言えば、戦略に長けた頭脳派。
騎士団長が本能で動く俺様系なので、他の部門……政務官とか国の要人たちが騎士団に何か要請する時の調整役にもなっており、おそらく他人に印象を聞いていけば「穏やか」「優しそう」「静か」「気が利く」「ひかえめ」「地味」になるだろう。
女性関係の話はなく、周囲から女と付き合ったことがないとからかわれているし、実際そういう雰囲気がある。騎士団は基本的にみんな武闘派だが、副騎士団長は剣を持ち戦うよりペンを持って戦う、皆の士気を上げたりみんなが戦いやすいよう場を整理することを得意としていた。
一番好き。
そういう人間。
そういう人間が、一番好き。
騎士団にはそういう人間がほぼいない。
筋肉質で大柄、女性にぐいぐい行く海賊系の男か、細身ながら鍛えている女性の扱いも上手な王子様系の男の二種類だ。
副騎士団長みたいな男はどちらにも該当しないので、ある意味なにもしなくても目立つが私は凝視していた。
だってもう、好みが歩いているから。初めて見たときびっくりした。空飛ぶライオンがいたらいいなぁ、大きさは子供の手のひらくらいで、意思疎通は出来てあらゆる経費処理を可能とし、取引先の不誠実には厳粛に対応してくれる法の裁きを受けないライオンが欲しいなぁと願っていたとする。
そんな架空の化け物ライオンが目の前に飛んで来たら驚くだろう。
化け物ライオンが副騎士団長だった。
控えめで素朴ながらも心に熱いものがある男が好きなので、好みがスタスタ歩いてきて心臓に突き刺さったも同然だった。
ゆえに私は副騎士団長の存在を認識した瞬間、視界から消した。
どえらい依怙贔屓をしてしまうから。
だって私の場合、規則や法律厳守でいるのは気質として真面目だからではなく原則として破るような性格をしているから。法律がなければ気に入らない人間を落とし穴に落としているけど、法律があるので落とさない。
なので勤務中というか政略結婚が決まるまでは、副騎士団長を避けていた。副騎士団長を避けていたところで私はそもそも法務官以外と二行以上喋らないので、バレなかった。完全犯罪だ。
しかし、結婚してからは変わった。
結婚しているんですからねという大義名分のもと、贈り物も出来るし身の回りの世話も出来る。副騎士団長は仕事は真面目にしているが整理整頓が苦手だったり、かなりおおざっぱなところを知れて、新たな一面を目にするたびに想いは強まった。
だってかわいいもん。だらしない人好き。大人になっても部屋の整頓が出来ない人間が好き。なんでこんなことになるんだろうと思いながらも片づけをしたい以外の感情がない。そして私が片づけをする姿を見て「いや、いい」と居心地の悪さを覚えている顔を、私は感じていたい。
ちなみに物に当たって散らかす人間は嫌い。ここに強い線引きがある。こだわりが強いタイプの変態なので、私は。
が、距離は縮まってない。
政略結婚だから。相手は私のことが好きではない。当然だ。政治的に決まったから。相手は「不愉快にさせないよう、淡々とよい夫婦でいられるよう努力はします」という当たり障りないスタンスで生きているし、私もそのスタンスに表面上付き合い、それ以上の欲は出さない。
家の中で見ているだけだ。
お互い兄弟がいたので跡継ぎを……という逼迫した状況でもなく、仕事のこともあるので白い結婚状態だ。向こうからすれば家の中に別部門の部下がいる、みたいな印象だろう。
結婚式当日に戦があり休止、その後、副騎士団長と交流のある要人が亡くなったため、やめようという話をしたので、式の口づけも無く身体的接触は一切ない。
私に出来るのは、ただ一つ。
夫に好きな人が出来ませんように。それだけである。まぁ、出来たら普通に別れるけど。
ー・ー
「お、副騎士団長様、法務室になんの御用で?」
手洗いを済ませ職場である法務室に戻ろうとすると、同期の声が聞こえてきた。危ないところだ。私はすぐに物陰に隠れ、姿勢を低くし、中の様子をうかがう。
室内は、こちらに背を向ける夫、こちらに顔を向けているのに私に気付かぬ同期で構成されていた。
要するに入り口にいる私、入り口傍にいる夫、室内にいる同期複数名、これだ。最悪。
私はしゃがみ、夫に気付かれないように法務室内に突入し、すぐそばの机の中に入った。だって嫌だから。
妻は夫のうしろを歩くものというけれど、私たちの場合付き纏いみたいだから嫌。しかも私は夫に対して特定の願望がある。
後ろから、ギュってしたい。
ちなみに後ろから抱き着きたい、とかではない。
そういう可愛い感じじゃない。
座ってる夫を後ろから抱きしめていい感じに後頭部に胸とかあてて戸惑う姿を見てみたいという、そういう凶悪犯罪の思想がある。
夫婦間でも同意がないと絶対に駄目なものだし嫌われたくないので、私がまず一回後ろから抱きしめてもいいですか、と合意を得てからやりたい。そして「えぇ」と少し戸惑う姿を観察したい。そして「まぁ」と許され、抱きしめたい。そして後頭部に胸当てて完全に戸惑う姿を見たい。
夫を見るまで、そういうことに一切興味なかった。
夫を見ていると、そういうことにしか興味が出ないので視界に入れないようにしていた。凶悪犯罪の思想なので。
「あの一昨日までの締め切りの書類、どうなってますか……」
「それ今、監査に引っかかってて……今欲しいですか?」
「で、出来れば」
「あーじゃあちょっと待っててください」
同期の一人がガサガサと書類の束をあさりはじめる。すると別の同期が「良ければ座ってくださいよ、丁度色々聞きたかったんで」と夫に着席を促した。偉い。法務官のちょっと待っててなんてちょっとじゃないから。座らせてあげてほしい。
というかいい匂いがする。夫の匂いだ。半径3メートルくらいに入ってくると分かる。香水つけてるんだ、印象と違うなと前から思っていたけど、先日何気ない会話から夫は人生で一度も香水をつけたことがないことが分かった。
ようするに私の余罪が増えた。
「聞きたいことって」
法務室の来客用いすに座った夫が同期たちに訊ねる。うっかり間違えて私の机に座ってくれないかなと思ったけど駄目だった。
「あーっと、ああもう旧姓家名変わってるから……名前で呼ぶのもな……あの、奥様のことです」
「ああ」
嫌な話だ。私の話をしようとしている。同期は「大丈夫ですか?」と、心配そうに夫に声をかけた。
「大丈夫って……」
「やりとりとか、問題生じてないかなって……」
「あぁ……」
夫は「あぁ」しか言わない。言うことがないのかもしれない。そもそも私にあんまり興味ないだろうし。
「普通に、良くしていただいてますよ。全然、こっちが、不甲斐ないことが多くてご迷惑をおかけして」
「いやぁご迷惑なんてないでしょう。ははは」
「いやいや……」
「じゃあ何したんですか?」
同期は夫に馴れ馴れしく話す。私の個人の感想だ。夫への対応はずっと同期たちがしていたので、同期と夫は交流がある。私とだけなかった。
「待ち合わせ、遅刻したりとか……かなり待たせてしまって」
夫は申し訳なさそうに肩を落とす。
前に食事に行こうという話になった時、夫は仕事のあれこれで一時間遅れたことがあった。走っているところが見れたので良かった。人間の顔なんてどうでもよかったし、正直顔で判断する人間について浅く感じ軽蔑していたけど、夫が走っている顔を見てから、私は顔で判断する人間だと思い知った。
夫の顔好きです。なんでも許しちゃう。
「え、それで、奥様、待ち合わせ場所にいたんですか?」
同期が驚く。嫌な予感がした。
「えっ、ああ……いましたよ」
「なら遅刻してないんじゃないですか?」
「いや、しましたよ。一時間くらい……」
「一時間も……? え」
同期は愕然とする。夫は「本当に……かなり待たせて……心配かけてしまって」と縮こまるが、「それでどうやって生き残ったんですか?」と最悪な質問返しが飛んだ。さらにほかの同期から「何したら一時間待って無事でいられるんですか? 相手本当に奥様ですか⁉」と追い打ちが入った。
「え……」
「だって、奥様、十分でも遅れようものならそこにいないですよ」
そう。私が待つのは、夫だけだ。それ以外は、10分遅れた時点でもう、やむを得ない事情や事前申請がない限り私の人生にいない人になる。認識として消える。
「っていうか、心配する、感情があるんですか? 奥様に? し、心配ってなに」
同期が私の心配の定義を求めた。夫は「か、感情?」と戸惑っている。どう答えていいのか分からないのか、「結構、感情豊かじゃないですか?」と何故か同期に同意を求めるが、同期たちは「怒りとか?」とさらに聞き返した。
「ああ、結構、気にする感じはあるかもしれないですけど、落ち込みながら怒るみたいな、浮き沈みはちょっとありますよね」
夫は苦笑した。身に覚えがあるので何とも言えない。夫が変な戦略で自己犠牲めいたことをしようとしたときに、怒った。論詰めした。不快だったから。あと夫は自己評価が低く「自分なんか」を結構言うので、そんなことはないという根拠を並べて淡々と詰めていくが、言い過ぎたと感じ死ぬ。
しかし同期たちは「そういうんじゃなく、切断みたいな」ととんでもない暴露を始める。
「せ、切断?」
「こう、ふっと温度下げるというか、見捨てるみたいな怒り方するじゃないですか、そこまで言っても分からないのならさようならみたいな」
「いや、わりと……話そう、って感じですよね彼女……」
そう、夫とはなるべく「分かり合えないところも分かり合えないところもあるだろうけど、それでもあなたを知りたいです」という意思で接している。
第三者に対しては「どうせ分かんねえだろ」と思って接している。たぶん私は夫以外の全人類を、心の中でうっすら見下している。
同期にもしないけど、基本的にそういう前提があるのを同期たちは知っているので、私を恐れている。
「え、じゃあ尻に敷かれてるみたいなことは起きてないんですか⁉」
同期が声を荒げた。夫は「いやいやいや、そんな、怖いことされてないですよ」とすぐに否定する。
全然私は、尻に敷かれたい。私が椅子に座っているので、夫はその上にのってもらいたい。ちゃんと合意の上で。「いや、自分が……?」「絶対嫌です」と戸惑いつつ、「もう……」と座られたい。
そういう、夢を見ている。
「なんか……気を遣っていただいてるんだと思います。多分、政略……ですしね……」
周囲の反応で私の本性をうっすら把握したらしい。夫は言うが同期たちは「いや、気を遣う前に毒使って殺しててもおかしくないですからね」と最悪なフォローを始めた。
「でもほら、あの、副騎士団長ではあるので……彼女としては、やりづらいのかなって」
「関係ないです、あいつ。特技、権力者への嫌がらせなんで。相手が力持ってれば持ってるほど当たり強いっていうか、少しでも上の人間が不誠実だと徹底的に潰しにかかるので。だから絶対、無理に気を遣うなんてありえない」
同期が……誤解を解こうとしているのかトドメを刺そうとしているのか分からない。
「え、なら、なんで……」
「普通に好きなんじゃないですか?」
それまで黙っていた別の同期が口を開いた。
「話聞いてると、普通に特別扱いしてるし」
「何で特別扱い……?」
「恋です。思えば結婚前から副騎士団長だけ関わらないようにしてましたしね」
「それは嫌われてるからでは」
「あいつは嫌いな人間に対しても普通に接しますよ。あいつは誰に対しても平等に冷酷、人の心がない、鉄仮面なんですから。話聞いてたら、もう完全です。恋です」
死のうか悩む。諸々の私に関する情報漏洩もそうだし。これから先「夫に対して態度違うんだ」という同期たちの目も嫌。というかこのまま何も聞かなかったことにして部屋を出ていこう。何も無かった。何も聞いてない。これでいい。
「副騎士団長顔真っ赤なってますよ、あはは」
しかし同期の言葉に私はすぐに机を這い出て立ち上がった。見たい。それはもう死ぬ前に見たい。笑顔も好きだけど、見たことのない顔が見たい。あまりの勢いに椅子を倒してしまった。激しい物音に夫がすぐにこちらを振り返る。同期の言う通り、顔が真っ赤になっていた。
私は思わず、こう告げた。
「いかなる罰も受けます。すべての罪を認めます。私が悪いです」




