妹が私の婚約者を寝取ったので、慰謝料代わりに二人の「真実の愛(スキャンダル)」を独占記事にして新聞社に売り飛ばします
王宮の奥深くにある、人目につかないガラス張りの温室。
胡蝶蘭が咲き誇るその場所で、私の婚約者である王太子エドワード殿下と、私の実の妹であるセリアが、熱烈に唇を重ね合わせていた。
「ああ、セリア。君の素直な心こそが、私を癒やしてくれる。冷酷で計算高いヴィクトリアとは大違いだ」
「エドワード様……お姉様には申し訳ないけれど、私、もう自分の気持ちに嘘はつけませんわ」
(……なるほど。そういうことですか)
私は温室の陰に身を潜め、音を立てずに扇を広げた。
普通の令嬢であれば、ここで泣き崩れるか、あるいは激怒して二人の間に割って入るところだろう。
だが、私の心に「悲しみ」や「嫉妬」といった非合理的な感情は一切湧かなかった。
私、ヴィクトリア・アシュワース公爵令嬢には、前世の記憶がある。
前世の私は、現代日本でゴシップ誌の敏腕編集長を務めながら、株式投資で莫大な利益を上げていた冷徹な投資家だった。
私の目には、目の前で抱き合う二人の姿が「悲劇」ではなく、極めて価値の高い「特大スクープ」であり、公爵家にとって有利な「政治的・経済的カード」にしか見えなかった。
王太子が、正式な婚約者である公爵令嬢の妹と不貞を働く。
これは貴族社会において、完全なるルール違反である。
しかし、今ここで慌てて動いて二人を断罪したところで、私が得られるのは「同情」と「わずかな慰謝料」だけだ。
(慌てて動くよりも、まずは足元をきちんと固めて、何がどう積み上がっていたのかを見切ることのほうが大事よね)
私は冷たく口角を上げた。
どうせなら、この「真実の愛」とやらを、最大限にマネタイズして差し上げよう。
***
それからの私のアクションは迅速だった。
まず、私は妹のセリアを泳がせた。
彼女が深夜にこっそり屋敷を抜け出すのを黙認し、王太子からの贈り物(王室の予算から流用されたであろう高価な宝石)を身につけていても、あえて気づかないフリをした。
血縁への情などに流されることは一切ない。
むしろ、「最近、とても綺麗になったわね。きっと素敵な恋をしているのね」と微笑みかけ、彼女の増長と承認欲求を意図的に後押しした。
二人は完全に油断し、逢瀬の頻度と大胆さをエスカレートさせていった。
その間、私は裏で徹底的な「仕込み」を行っていた。
王都で最も発行部数の多い『王都タイムズ』の編集長を秘密裏に呼び出し、超特大のスキャンダル記事の独占配信契約を結んだ。
腕利きの魔法写真師を雇い、二人が密会する生々しい現場の数々を、言い逃れできない高画質の「証拠」として押さえた。
さらに、私は前世の投資家の勘を働かせた。
王太子エドワードは現在、自身の派閥の貴族たちが運営する「王都魔石流通商会」に、王家の公金を違法に注ぎ込んで利益を上げているという黒い噂があった。
彼が廃嫡されれば、この商会の株は大暴落する。
私は自身の個人資産と公爵家の信用をフル活用し、この商会の株を限界まで「空売り(価格が下がるほど利益が出る投資手法)」を仕掛けた。
愛に溺れた愚か者たちが舞台の上で踊っている間、私は舞台袖で「彼らを確実に焼き尽くすための段取り」を完璧に整えていたのである。
***
そして迎えた、王立学園の卒業パーティー。
王国の有力貴族たちが一堂に会する、これ以上ない晴れの舞台だ。
広間の中央で、王太子エドワードは私の妹セリアの手を引き、声高らかに宣言した。
「皆の者、聞いてくれ! 私エドワードは、ここにいるセリアとの間に『真実の愛』を見つけた! よって、冷酷で思いやりのないヴィクトリアとの婚約は、今日この場をもって破棄する!」
広間が騒然となる。
セリアは悲劇のヒロインのように顔を覆い、「お姉様、ごめんなさい……でも、止められなかったの」と涙ぐんで見せた。
周囲の貴族たちは、私に同情の目を向けた。
妹に婚約者を寝取られ、公衆の面前で恥をかかされた哀れな公爵令嬢。
それが、彼らの目に映る私の姿だった。
「ヴィクトリア! 君の醜い嫉妬で、これ以上セリアをいじめることは許さないぞ!」
エドワードが勝ち誇ったように私を指差す。
私は静かに進み出て、優雅にカーテシー(挨拶)をした。
「エドワード殿下。婚約破棄の件、謹んでお受けいたします」
「……なに?」
あまりにもあっさりとした私の同意に、エドワードは拍子抜けした顔をした。
「私への慰謝料などは一切不要です。ただ、お二人の『真実の愛』を祝福するため、私からささやかな贈り物を手配いたしました。ちょうど今、届いたようですわ」
私が扇で合図をすると、広間の大扉が勢いよく開かれた。
現れたのは、『王都タイムズ』の配達員たちだ。
彼らは刷り上がったばかりの「号外」を、広間にいる全貴族に次々と配って歩いた。
「な、なんだこれは……!?」
号外を受け取った貴族たちが、次々と息を呑む。
そこには、一面の特大見出しでこう書かれていた。
『王太子エドワード殿下の不貞行為! 公爵家次女との背徳の密会写真!』
『さらに発覚! 愛人への贈り物は「公金横領」の果てか!? 王都魔石流通商会との黒い癒着!』
紙面には、温室で抱き合う二人や、お忍びで高級宿に通う二人の魔法写真が、これでもかというほど鮮明に掲載されていた。
言い逃れは100パーセント不可能だ。
「き、貴様ぁっ! ヴィクトリア、お前がこれを仕組んだのか!」
エドワードが顔面を蒼白にして叫んだ。
「私を恨むのは筋違いですわ、殿下。私はただ、お二人の隠された愛を、王国民全員に知っていただくお手伝いをしただけです。新聞社への情報提供料として、莫大な対価は頂戴いたしましたけれど」
私は氷のように冷たく微笑んだ。
血縁である妹への情など、一切ない。
公爵家に泥を塗ろうとした愚か者には、それ相応の「経済的損失」で報いるのが私のやり方だ。
「う、嘘よ……こんなの、真実の愛なのに……!」
セリアがその場にへたり込む。
彼女は自分の行いが「美しい悲恋」ではなく、「単なる薄汚いスキャンダル」として世間に消費されることに、ようやく気づいたようだった。
「さあ、殿下。明日からは調査機関と財務監査局の対応で、お忙しくなりますわよ。せいぜい、真実の愛とやらで乗り切ってくださいませ」
私は踵を返し、阿鼻叫喚に包まれる広間を後にした。
***
それから一ヶ月後。
王太子派閥の崩壊は、雪崩のように凄まじいものだった。
公金横領とスキャンダルの責任を問われたエドワードは、王室から正式に廃嫡された。
彼が関わっていた王都魔石流通商会の株価は、ストップ安を連日更新して紙切れ同然となり、派閥の貴族たちは次々と破産に追い込まれた。
一方、空売りを仕掛けていた私は、天文学的な金額の利益を手にした。
慰謝料などというちっぽけな額とは比べ物にならない、国家予算レベルの莫大な富だ。
妹のセリアは、公爵家の顔に泥を塗った罪で実家から勘当され、修道院へと送られた。
元王太子のエドワードも、魔力封じの腕輪をつけられ、国境の警備隊へ一兵卒として左遷されたという。
お金も身分も失った二人の間で、「真実の愛」がどれだけ持続するかは、もはや私の知る由もない。
「ヴィクトリア様。本日の利益確定の報告書です。『王都タイムズ』の発行部数も、あの号外以降、過去最高を記録し続けているとのことです」
公爵邸の私の執務室。
新たに私の専属秘書(兼、ビジネスパートナー)となった、元情報ギルドの長である青年が、分厚いファイルを持って現れた。
「ご苦労様。彼らの愚行のおかげで、公爵家の財政は向こう百年は安泰ね」
私は最高級のダージリンティーを口に運び、満足げに微笑んだ。
感情的な復讐は、何も生み出さない。
冷徹な打算とマキャヴェリズム的な情報操作こそが、この世界で最も確実な「勝利」をもたらすのだ。
私は積まれた書類にサインをしながら、次の投資先へと鋭い視線を向けた。




