第10話 〜選択〜
室内には、まだ余韻が残っていた。
だが、それを最初に断ち切ったのは、エルドウルフだった。
顔から手を下ろし、視線を上げる。
もう揺れはない。
「――王家と聖教徒から、神さまを守る」
言葉は短い。
感情も、装飾も削ぎ落とされている。
「策はあるか」
視線は、エランとゴディエ、二人に向けられていた。
ゴディエが、静かに息を吸う。
立ち上がらない。
跪いたまま、理を並べる者の声だった。
「あります。ただし――」
一呼吸し、
「リスクは大きい」
淡々と、指を折るように言葉を置いていく。
「第一に、王家です。
神さまの存在が露見した場合、
庇護ではなく“管理”に走る可能性が高い」
「第二に、聖教徒。
彼らは守ると言いながら、
神を“象徴”へと押し込める」
「第三に、民衆。
噂は制御できません。
奇跡は歓迎され、同時に消費される」
そこで一度、言葉を切る。
「このまま王都に留め置けば、
いずれ“神さま”は、
エルドウルフの意思とは無関係な場所へ引きずり出されます」
沈黙。
アンリは腕を組んだまま、目を伏せていた。
――来たな、と思っている顔だった。
ルーソルは、フェギスノーラの隣で何も言わない。
だが、距離だけは変えなかった。
エルドウルフは頷かない。
ただ、聞いている。
次に口を開いたのは、エランだった。
「解決策は、単純です」
立ち上がる。
跪かない。
これは神に捧げる言葉ではなく、
主君に示す道筋だった。
「王都を出る」
一言。
「クワルノーへ移る。
名目は、王太子領の視察と再編、それと休養、療養。なんでも構いません。」
「実態は、切り離しです。
王家からも、聖教徒からも、
距離を取る」
エルドウルフは、初めて眉を上げた。
「……クワルノー。名目だけ俺の領地だ。お前たちが代理者として統治している土地だ。」
エランは、少しだけ笑った。
「ええ。あなたの幼少期から、第二王妃殿下の命で進めていました。 表向きは整備事業。
実際には――」
ゴディエが、続きを引き取る。
「あなたが、王家と一線を引く“その日”のための器です」
沈黙が落ちる。
だが今度は、重くない。
アンリは、短く息を吐いた。
「……やっと決めたか、エルドウルフ」
責める声ではない。
待っていた声だった。
ルーソルは、いつもの調子で肩をすくめる。
「どこに行っても、横にはいるよ。
それだけは変わらない」
アストロフとオリビエは、何も言わない。
だが、姿勢がわずかに引き締まる。
守る対象が、定まった。
フェギスノーラは、そのやり取りを不思議そうに見ていた。
そして、あっさりと言う。
「どこでもいいよ」
全員の視線が、向く。
「私は、エルドウルフに会いに来ただけ」
それだけだった。
理由でも、条件でもない。
ただの事実。
エルドウルフは、静かに息を吐いた。
「……十分だ」
決断は、もう済んでいた。
「王都には戻る。凱旋もする」
一瞬、皆が目を向ける。
「だが、それは終わりだ。
本当の拠点は――クワルノーに置く」
エランが、深く頷いた。
「準備は、すでに」
「わかってる」
エルドウルフは、短く言った。
「だから、お前たちを信じてる」
それだけで、十分だった。
しばし、沈黙が続いていた。
誰もが、エルドウルフの次の言葉を待っていた。
だが、彼はまだ何も言わない。
――最も大切なものは、すでに決まっている。
控えめに叩かれた扉が沈黙を破った。
返事を待たず、少しだけ開く。
「――お、揃ってるな」
顔を覗かせたのは、フーガだった。
外套はすでに旅装。腰には軽装の剣。
室内を一瞬見渡し、
跪くゴディエと、立つエラン、
そしてエルドウルフの表情を見て、すぐに理解する。
「……決めたか」
誰も否定しない。
フーガは肩をすくめ、笑った。
「じゃあ、俺は先に行くぞ」
全員の視線が、一斉に向く。
「王都で準備を進める。お前らはゆっくり帰ってこい。」
肩をすくめるように続ける。
「獅子宮の使用人の支度。
クワルノーへ移る連中の整理。
それと――」
一瞬、言葉を切る。
「王太子派の連中、特にロワール閣下に早めに根回しをせにゃならん。
このままじゃ、何一つ動かせない」
アンリが、低く息を吐いた。
――いよいよだな、という顔だった。
ルーソルは何も言わず、
ただエルドウルフの隣に立つ気配を濃くする。
アストロフとオリビエは、変わらず背後に立ったまま、
どんな状況でも守り抜く覚悟を、その背中で示している。
フーガは、もう一度だけエルドウルフを見る。
「派手にやるんだろ?なら、裏は全部任せろ」
エルドウルフは、ようやく顔を上げた。
「頼む」
短い言葉だったが、
それで十分だった。
フーガは軽く手を上げ、
そのまま部屋を出ていった。
扉が閉じる音が、静かに響く。
誰も追わない。
止める者もいない。
その場に残った空気は、
決断の前の張りつめた静けさだった。
フェギスノーラは、
その様子を黙って見ていた。
誰が動き、
誰が残り、
誰が何を背負おうとしているのか。
正確な意味までは、分からない。
けれど――
この場所にいる者たちが、
すでに「選び終えている」ことだけは、わかる。
フェギスノーラは、
そっとエルドウルフを見る。
王太子でも、英雄でもない。
ただ、一人の人間として。
「わたしは、エルドウルフに会いにきただけ」
その言葉は、場違いなほど、柔らかく
誓いでも、命令でも、願いでもなかった。
ただの事実だった。
誰も口を挟まない。
否定もしない。
その沈黙こそが、
この場にいる全員の答えだった。
第一章、ここまでお読みいただきありがとうございました。
次章からは、より静かに、より深く世界を描いていきます。
引き続き見守っていただければ嬉しいです。
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